吸血姫と過去編
第六章、スタートです。久しぶりの本編。
前の話忘れた方は、本当に申し訳ないのですが、五十部くらい前に戻ってください………。
「………そして、妾とイスズ様の思惑通り、主が加入し、ヨミもこちらに引き入れることができた。魔王軍と人間の勢力バランスは崩れ、我々が圧倒的に有利となった。………予定外だったのは、ヨミを皮切りに『勇者の素質』持ちがポコポコと現れたことじゃ。じゃがその件も、圧倒的な力を持つ四魔神将の前では塵芥じゃった。残すは、妾の友人を二人も再起不能に追いやったルヴェルズと、その四肢とも言える聖十二使徒序列上位の四人のみ。すべての魔族のため、そして妾自身のため、人間を亡ぼさねばならぬ。………これが、妾のすべてじゃ」
あまりに濃密で、残酷で、悲しい、魔王様の過去。
数百年の魔王軍の歴史、おそらくそのすべてを、私は知った。
魔王様の過去。私のもう一人のおばあちゃん、リンカさん。
あの日、私を守って死んだ、お母さんの秘密。
最古の魔王軍幹部と魔王様の関係。
「今まで黙ってたこと、本当にすまんかった。妾がミネアを見捨てたと思っても仕方がない。主が妾を許さないと思うなら、どんなことをされても………」
魔王様は、うなだれてしまった。
きっと魔王様は、私が魔王様を憎んでると思っているのだろう。
だけど、私はそんなことを思ってはいなかった。
魔王様の話に関する、私の感想は—————
「………話長くないですか?」
「………………………ここまで聞いて、第一声がそれかっ!?」
いやだって。もう朝方よ?
すっごい長い時間話してたけど、正直、重要なところ以外のリンカさんとののろけ話とかは聞き流しちゃったよ。だって長いんだもん。
重要なところと、ヴィネルさんが最低ってこと以外はほとんど頭に残ってないわ。
人の集中力が持続する時間は三十分までって知ってる?
「も、もっとあるじゃろう!?妾に対する言及とか、責めることとか!ヴィネル、主も何か言ってやれ!」
「い、いえあの………その前に、魔王様の私に関する話以来、リーンちゃんが私をゴミを見るような目で見てくるの、何とかしてもらえると………」
「それは仕方ないじゃろ、当然じゃ」
「しかもヴィネルさん、今はご友人の息子にお熱なんですか。サクラ君、まだ怯えてましたよ。もうオブラートなしでいいますけど、頭は大丈夫ですか?」
「リーンちゃん!?」
聞いた話によると、サクラ君のお母様は随分と過激な人みたいだけど。
大丈夫なのかね、ヴィネルさん?
「心配するな、リーン。こいつのセクハラに関しては、既にサクラの母に通達済みじゃ。近いうちに挨拶に来ると言っていたぞ」
「なんてことを!?足が動かないとはいえ、サクラ君を上回る真の世界最強の魔術師ですよ!?殺されますよ私!?フラン、過保護なとこあるんですから!!」
魔王軍きっての智将………いや恥将ヴィネルさん、終わったな。
あのルヴェルズと互角に殺り合う化け物に目つけられちゃったよ。
「………………って、そんなことはどうでもいい!」
「どうでもよくないですよ!?すごく大事なところですそこは!」
「やかましい!………リーン、いいんじゃぞ、妾を責め立てても。それだけのことを………」
さっきから魔王様、何を言っているのか。
「なんで今の話で、魔王様を責めなきゃならないんですか?」
「む?それは勿論、ミネアを見捨て、みすみす吸血鬼の里を………」
「別に見捨てたわけじゃないでしょう。むしろ、お母さんを守ろうとしてただけじゃないですか。私だって同じ立場ならそうしますし、悪いのは理不尽な理由で襲ってきた人間。それに、最強クラスの種族であるにもかかわらず、平和ボケしすぎて強さを求めることを怠った吸血鬼族そのものにも、多少の責任はあります」
ポカンとする魔王様。
うんうんと頷くヴィネルさん。
「だから、私が責任を取ります。魔王様ほどにはなれませんけど、吸血鬼の力を十全に生かして、強くなって。そして、人間を亡ぼします」
二人に面と向かって、私はそう宣言した。
「………………リーン。お前、いつの間にか大きくなったな。なんというか、あっという間じゃった」
「当り前じゃないですか。まだ十七歳、ここにきてから十二年しかたってないんですよ?長命種にとってはあっという間の時間です。半不老もまだですし」
そして私は、
「だから私は、魔王様を恨んでも憎んでもいませんし、むしろ強くなる機会をくださったことに感謝しています。おばあちゃんだからって尊敬の気持ちは変わりませんから、今までと同じように接しますし、配下として身を粉にして戦います」
自分の思いを、しっかり魔王様に伝えた。
もちろん、嘘偽りない、私の本心だ。
「………そう、か」
………あれ?
「魔王様、泣いてるんですか?」
「なっ………泣いてなどおらんわ!」
「へー、魔王様の涙なんて久しぶりに見ましたねえ。フランが引退した時にこっそりここで泣いてた時以来ですか」
「ええい、うるさいうるさい!リーン、話は終わりじゃ!今日はいよいよ最後の勇者を仕留める日じゃ、さっさと帰って戦意を高めておけ!」
「いや、魔王様がこんなに長く話したんじゃないですか………」
「いいから行けえ!」
「理不尽!」
まあいい。そういうなら早く帰ろう。
きっと家では、ヨミがご飯を作り置きしてくれているはずだ。
それ食べてちょっと寝て、決戦に備えよう。
人類最後の希望にして、儚き希望。
勇者ゼノを殺す時だ。
※※※
リーンが部屋を出て、魔王の間には妾とヴィネルのみになった。
………責められると思っていた。嫌われると思っていた。そして、それも仕方がないと思っていた。
だが、リーンはそれをしなかった。
完全実力主義の魔王軍で、第二位の実力を持ち、冷静な判断力と頭脳、そして人を思いやる心を併せ持つ。
我が血筋とは思えない、できた娘だ。
「いい子ですねえ、リーンちゃんは」
「ああ。妾の血筋とは思えぬ。リンカやミネアに似たんじゃな」
「いえ、魔王様にも似ていると思いますがねえ」
「?どこがじゃ」
「いえ………わからないならいいですよ」
どこか、似ている部分などあっただろうか。
まあ、今はそれはいい。
「………これで、十二年心にため込んできたモヤは晴らした。あとは今日のことに集中じゃ。最後の勇者降し、完璧に遂行せねばな」
「あ、いえ、一つ忘れていませんか魔王様?」
「………?何をじゃ」
「結局、どっちがノインを殺すことになるんです?」
「………ああっ!?」
しまった、話すことに夢中ですっかり忘れていた!
聖十二使徒序列第六位、『魔哭』のノイン。ミネアを殺したあの男に、どちらが復讐するかが話の発端だったではないか!
「あああ………いまからリーンを呼び戻せば………いやしかし、あんな風に追い出した後でまた来いというのは………」
「チキンハートは相変わらずですねえ」
「だれがチキンじゃ!」
『あ、魔王様、聞こえますか?』
「聞こえておるわ!………って、ん?」
今のは《念話》か?
しかも今の声は………リーンだ。
『お、おお。リーンか。ちょうどよかった………』
『はい、私もすっかり忘れてたことがあって。ノインのことなんですけど』
どうやらリーンも気づいたらしい。
さて、どうしたものか………
『私も、痛めつけるくらいはしていいですよね?』
『ん?なんじゃと?』
『私も、魔王様のところに送る前に、死ぬほどつらい目に合わせるくらいはいいですよね?』
『………………まさか、譲ってくれるのか?』
『あんな話聞いて、譲らないわけにいかないじゃありませんか。機を見て転移魔法でそちらに送るんで、一瞬だけ結界解除していただければ』
『も、もちろんじゃ。………すまんな』
『いえ。その代わり、イーディスはもらいますよ』
念話が切れ、再び妾とヴィネルの二人になった。
「………ふ、ふふふ」
リーン。本当にいい娘で、自慢の孫だ。
正直、半分諦めていた。リーンが奴を痛めつけてくれれば、最悪我慢しようと思っていた。
だが、そうか。妾が直々に、あいつを………娘を殺したあの男を、殺せるのか!
「ふはははは!!待っていろよノイン!妾の力のすべてを持って、この世のすべての痛みを結集した苦痛の中でぶち殺してくれるわ!ふははははは!!」
リーンが多少傷物にしてくるだろうが、無限の魔力による回復魔法ですべて癒せる!
絶対に、絶対に、楽には死なせんぞ!!
「………そういうところが、リーンちゃんとそっくりだって言ってるんですよ」