【episodeZero】最後の別れ
最初だけフラン視点です。
「《穿つ闇》!《楽園の崩壊》!《紅炎熱線》っっ!!」
「ぬうっ………!」
ふふっ、あはははは!!
やーっと見つけたよ、あたしが一番探してたやつ!
百年にわたってあたしたちの邪魔をして、ディーシェを再起不能にした挙句、今も神器の力で生き長らえて、勇者こそ年齢の影響で失職したけど、今でも現役であたしたちの部下を傷つける、あたしが一番嫌いな人間!
「ひっさしぶりだねえ、ルヴェルズ!何十年ぶりかは忘れたけど、今日こそ逃がさないから!!」
「フラン・フォレスター………。よりによって貴様が出てきたか」
「万人単位の仲間とディーシェの仇、今日こそ討ってやる!《凍結大地》!!」
「ちいっ、やはりこいつは厄介だ………!」
くっそお、ちょこまかと!!
こいつがいるって聞いたとき、今日こそはぶっ殺すってフィリスに啖呵切ってきたのに、これじゃあ………!
「………魔法は貴様の専売特許だと思うな。《転移》」
「ああもう、うざったい!転移で後ろに回り込むなんて、魔法ができてから使い古されてんだよ!!」
………ってあれ、いない。
ってことは………
「上!?」
「………死ね」
ルヴェルズの持つ二対一組の短刀神器『双刀イポス』が振り下ろされて………
※※※
妾は一本の知らせを聞き、慌てて医務室へ走っていた。
—————フランが負傷。
魔王軍発足以来、ほとんど重傷など負ったことがなく、負ったとしてもすべて自分で簡単に直せた魔法の天才が、医務室に担ぎ込まれた。
これを異常事態と言わずして何というのか。
「フラン!無事っ………」
「それでさ、あたしは言ってやったんだよ!『そんなちゃちな攻撃、あたしには絶対に通じないぜ………』ってさ!まあこのあたしにしかできない芸当だよ、上に転移してきたあいつをさらに別の場所に転移させるなんてさ!やられた時のあいつの顔といったらなかったよ!」
「………………」
「あれ、フィリス。どったの?」
「いや………元気そうで何よりだ………」
ベッドで、看護婦に自分の武勇伝を語るフランがいた。
こいつを心配した妾がバカだった。
看護婦に席を外させ、とりあえず話を聞くことにした。
「いんやー、実際きつかったよ?あいつ、神器を五個も持ってるんだもん。いくらあたしでも、攻めあぐねてねー………」
「五個だと?そんなにか?」
「うん。『魔剣ディアス』に『双刀イポス』、不老化の神器、それに名前がわからんのが二つ。世界に九十九しか存在してなくて、半分以上がなくなっちゃったこの世界で、神器複数使用なんてチートだよ」
「ルヴェルズもお前にだけはチートなどと言われたくないと思うがな」
「まあ、攻撃かいくぐって、あいつの右腕消し飛ばしてやったけどね!」
「おお、本当か!?」
回復魔法は熟練度次第であらゆる傷を回復できるが、一つだけ例外がある。
四肢を失った場合、体から離れた部位がある程度原型を残していないと、再生ができないのだ。
つまり、右腕を奪われ、それを消されたルヴェルズは、二度と右腕が復活しない。
唯一の例外が回復魔法の異端児《再生》だが、あれはフランが作り出した魔法だ。魔族にしか伝わっていない。
「でかしたぞ、さすがフランだ」
「いやー、我ながら自分の天才っぷりが嫌になるよね。なんていうの。無敵?最強?とにかくあたしってば………」
「調子に乗るな」
まあ、無事なら何よりだ。
こいつがいなくなるのは正直きついからな。
最古参の魔王軍幹部も、今やフランとヴィネルのみ。これ以上、最大戦力を失うのは………
「あ、あとフィリス」
「なんだ?」
「ごめん。あたしはリタイアだわ。幹部、続けられそうにない」
※※※
「………なんだと?」
「いや、マジでごめん。できれば、寿命が来るまで付き合ってあげたかったんだけどさ………」
「そうではない!………何故だ。リタイアってのはなんだ。説明しろ」
「理由は二つかな。一つ目は………ちょっと、この布団めくってくれる?」
言われた通りに、フランを覆っていた布団をめくりあげた。
するとそこには、信じられない光景があった。
「お前っ………足、どうした………!?」
「………………あはは」
「笑い事じゃない!」
フランの足は、存在こそしていたものの、妙なことになっていた。
まるで刺青のようなあざが、先端から付け根まで、彼女の足を覆っていたのだ。
「言ったでしょ?ルヴェルズが持ってたって言った、五つの神器。その一つの効果みたい。このあざの呪いのせいで、あたしの足、全くって言っていいほど動かせないんだよ」
「………………解呪の方法は」
「神器を破壊するか、神器を使って呪いをかけたやつ、つまりルヴェルズが死ぬことだと思う。でも、あたしがこうなっちゃった以上、ルヴェルズに勝てるのはフィリスしかいない。でもフィリスは、ここから動けない。………詰みでしょ?」
「………………グレイとレインなら、あるいは」
「無理だね。確かにあの二人は強いけど、それでもレティ以下。ルヴェルズを仕留め切るのは無理。逆にあたしみたいに呪われて終わりだよ。そんなこと、フィリスだってわかってるでしょ?」
………正論だった。
ルヴェルズは強い。あの二人が同時に相手になっても、善戦どまりだ。殺すことはできない。
「浮遊魔法で浮きながら続けることも考えたんだけどさ、それだと撃ち落された時点で終わりじゃん?だから無理。あたしは続けられない」
「………………………そうか」
確かに、この状態で幹部を続けるのは、かなりきついだろう。
ルヴェルズは右腕と引き換えに、魔王軍最強の動きを封じたというわけだ。
「ま、これは後付けの理由。元々一旦は抜ける予定だったし」
「………………………は?なんだと?」
これですら、後付けの理由?
本命の理由があるというのか?
「………それはなんだ」
「妊娠」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
おかしいな、どうやら妾の耳が故障したらしい。
ちゃんと直さねばな。ガチャガチャっと。よし直ったはずだ。
「………で、なんだと?」
「だから、妊娠だってば」
まだ耳が直っていないようだ………。
「さっきから耳いじってるけど、別に聞き間違いじゃないと思う」
………聞き間違いじゃない。
じゃあなんだ。
本当のこと。
つまり?
フランが。
妊娠?
妊、娠?
子供ができて………。
「お、お、おおおおおお前ええええ!?!?い、いつおとこなどできていたんだ!?お前に!?男!?そんなバカな、どんな変態だ!?こいつを嫁に迎えるだと!?三日で家が爆発するぞ!?」
「そこまで言わんでも」
大変だ、魔王軍始まって以来の大事件ではないか!!
至急、相手を探し出して、考えを改めさせるべきか!?
ああああいや、でも子供まで作ってしまっているというのに………!!
「ねえ、落ち着いてよ」
「落ち着けるか!!相手は誰だ!?何とか手を打たないと、その男が大変なことに………」
「相手なんていないよ」
「なんだそうか、いないのか。それならよかった………んん?」
今なんと?
「………相手が、いない?アホ言うな、子供というのはその、相手がいないと………」
「うん。だから、あたしを妊娠させた人はいるよ」
「だから、そいつが誰なのか聞いてるんだ!」
「あたし」
「………はあ?」
こいつ、呪いのせいで頭のポンコツ具合にも拍車がかかったのか?
「まあまあ落ち着いてよ。順を追って話すからさ」
意味が分からない話を放っておくのも気持ちが悪いので、妾はとりあえず座って話を聞くことにした。
「まずね、あたしは最近思い始めてたんだよ。今後、あたしと同等の実力を持つ天才は、現れないんじゃないか………って」
「………まあ、お前の魔法は世界一と世界が認めているからな」
『大賢神』になったというのはそういうことだ。
「でも、あたしはあと五、六百年もすれば死ぬ。フィリスはあと二千年以上戦い続けなければならないのに、あたしという超天才魔法美少女を失ってしまう。おお、何たる悲劇………!」
………何故だろう。
言っていることは妾を気遣う言葉なのに、なんだかものすごくイラっとした。
そもそも『美少女』って歳でもないだろ。
「そこであたしは思いついた!ならば、あたしをもう一人作ればいい!」
「はあ?」
「つまり、あたしが子供を作ればいいんだって!」
「ああ、なるほど」
クローンでも作る気かと思ったわ、紛らわしい。
「でも、問題があった。あたしに匹敵する男魔術師が、この世に存在しないこと。このままじゃあ、あたしの血が薄くなってしまう………」
今更だがこの女、なぜこんなにも自信過剰なんだ。
「あたしは考えた。超考えた。朝から昼までめっちゃ熟考して………」
「せめて晩まで考えろよ」
「そして思いついた!」
「ほう」
「なら、あたしが男になればいいんだって!」
「はああ?」
このすっとこどっこいは何をぬかしているんだ?
「つまりだね?まずあたしが性転換の魔法で男になって………」
「いや待て、性転換の魔法ってなんだそもそも」
「あたしが遊びで作った性別を真逆にする魔法。今いいとこなんだから邪魔しないでよー」
こ、こいつ………。
「んで、男バージョンのあたしから子種を取り出して。それを保護して、遺伝子操作。同じ二人の存在から子供作るなんて、どうなるかわからないから、念には念を入れて、あたしの魔法の才能以外のいろんな部分を魔法で改良したの。んで、女に戻ったあたしがそれを中に入れて、妊娠ってわけ」
極めて稀に存在する異性一卵性双生児でもない限りできないことを、こいつは一人でやってのけたと。
しかも、子種の方は改良を加えて。
………開いた口が塞がらないとはこのことだ。
自分と自分の子を成すだと?どういう思考回路をしていたらそんなこと考えつくんだ?
「これで、あたしの力を受け継いだ子供が生まれるわけだ。まあ魔王軍に参加するかはその子の意思によるけど、あたしの子供だし大丈夫でしょ」
「そ、そうか………。その、お前、子育てとかは………」
「ママがティアナをあやすところ見て育ったし、たぶん大丈夫」
そうか、こいつはそういえば子供の扱いはうまかったな。
「と、いうわけで。あたしは引退だわ。この子育てなきゃだし、魔法教えなきゃだし。まあこの子が生まれて暫くして、もし誰かがあたしの呪いを解くことができたら、復帰するから」
「………お、おう。そうか………」
後日、本当にフランは魔王軍から姿を消した。
最古参の魔王軍幹部、魔王軍歴代最強、『暴魔将』フラン・フォレスター。
妹にエルフ族の女王の座を押し付け、今度は魔王軍幹部の後釜の座さえ押し付けた問題児。
だがなんだか、去った後、あの騒がしい声が聞こえないことが、落ち着かなかった。
※※※
後日、フランは本当に子供を産んだ。
フランに似ず、よく泣き、ティアナに似ておとなしそうな顔をした男の子だった。
フランはその子に、子を産むときの苦しみを、窓から見えた綺麗な花を見ることでごまかしたという、こいつに一番似合わないエピソードから、こう名付けた。
サクラ、と。
最初は、里の幼馴染設定の男とくっつける予定だったんです。ですが聞いてください。
フランを男とくっつけるのが苦痛すぎたんです。