【episodeZero】自己犠牲
「ぐっ………!」
光属性の魔法がわたしの結界を貫き、わたしに掠る。
それだけでもすさまじい威力で、痛覚が死んでいるはずのわたしの体に、鋭い痛みが走ったような気がした。
「ディーシェ、大丈夫か!?」
「大丈夫………。ネイル、あなたもケガしてるじゃない………《闇の浸食》」
相手を包み込み、徐々に相手を蝕んでいく闇魔法。
だけど、アンデッド族には闇属性攻撃を吸収して回復する特性がある。アンデッドにとって、闇は回復と同義。
「ディーシェ、魔力を無駄遣いしちゃだめだ!あたしの回復はいいから、自分を最優先に!大丈夫、すぐに魔王様が援軍を送ってくださるから!」
「………厳しいかも。あいつ、ものすごく強い。魔王軍でも勝てるのは、レティとフランだけだと思う。でもあの二人は、今は別件だから………」
あの男、何者なのかな?
神殿の修理ももうすぐ終わるって時に、突然現れて、みんなを蹂躙した。
わたしの配下のアンデッドも、イスズ様の信奉者の人間たちも応戦したけど、手も足も出なくて、挙句には魔王様がこっちに送ってくれた、二人の幹部すら切り捨てられた。
強すぎる。レティ………下手したらフランと同格かもしれない。
わたしたちには手に負えない相手。まず勝てない。
足音で、近づいてきているのがわかった。
やがて輪郭が見えて、次第に姿がくっきり見えるように。
二十代前半くらいかな?金髪で美形だけど、どことなく威圧感がある顔だ。
両手には、無骨なダガーを持っている。
「………まだ死なぬか。さすがは最古参の幹部と言っておこう」
「どうもありがとう。そっちこそ、結構すごいと思う」
「………当然だ」
言うことは言ったとばかりに、男はわたしへ切り込んできた。
「やらせる、か!」
ネイルが前に出て、攻撃を受けてくれたけど、
「貴様に用はない」
「がっ………」
動きに対応できず、ネイルは心臓部を貫かれた。
「ネイル!」
「………大丈、夫………」
アンデッドのネイルは、心臓を刺されても首を落とされても、既に死んでいるから戦い続けることができる。
けど、光魔法と回復魔法をかけられたら、体が消滅しちゃう!
「消えろ。《聖光………」
「《暗黒弾》!」
「ぬっ………」
間一髪、わたしの魔法の方が早かった。
男は飛びのき、ネイルはこっちに戻ってきてくれた。
「ネイル、無茶しちゃダメ。距離をとって戦おう」
「………わかった」
※※※
戦闘は、終始相手に圧倒されていた。
二対一なのに、相手はわたしたちをものともしないで、何度も攻撃を仕掛けられて、わたしたちはその対処に精いっぱいだった。
そもそもわたしは後方支援系の神官職で、少人数での戦いは向いてないの。
今は自分とネイルに付与魔法をかけたり、その他いろいろ補助しながら戦ってるけど、わたしの本来のスタイルは、多人数での戦いでひたすら仲間を補助して、死んだ敵をアンデッドに変えていく、リッチとしての力をフル活用したもの。
どんな兵力差があろうと、どんなに味方が少なかろうと、それを乗り越え、差を塗り替え、敵に打ち勝つ。故に『超克将』。
だけど、ここは死体が少なすぎる。いくら死んでしまった人間たちをアンデッドにしても、この男の前では時間稼ぎにすらならないだろうし、浄化されたアンデッドは二度とアンデッド化できない。
魔法も、フランの足元にも及ばないし………。
ネイルも、普通の幹部と同等くらいの実力はあるけど、逆に言えばその程度。この状況をひっくり返すほどの力はない。
今は経験と補助能力、種族特性、それに確率操作の力を持つ神器『定輪デビア』を使って、何とか凌いでいるけど、たぶんすぐにこの均衡は崩れちゃう。
十分。それが限界だった。
わたしの魔力が完全に切れて、付与魔法と結界魔法が効果を成さなくなった。
「………終わりか。最古参の幹部とこのようなところで相まみえるとは思っていなかったが、大したことはなかったな」
「………わたし如き倒したからって、いい気にならない方がいい。確かにあなたは強いけど、それでも………フランとレティには勝てないよ。あの二人は、私みたいな凡人とは違うから」
もう限界のわたしは、そんなことを言うのがせいぜいだった。
ネイルももう、剣を折られて戦闘不能。どう考えても、わたしは助からない。
「………フン。安心しろ、二人まとめて地獄に送ってやる」
男は、わたしたちに手をかざし、
「《聖光柱》!」
光属性の上位、アンデッドであるわたしたちにとっては致命の魔法を放った。
「………終わりだね、ネイル。でも、これで最後まで一緒だね」
「………みたいだね。ごめん。ディーシェだけでも、逃がすべきだったのに」
「何言ってるの。何十年も前に言ったはず。消えるときはネイルと一緒って」
「………そっか。ありがとう。………大好きだよ、ディーシェ」
「うん。………わたしも」
ごめんなさい、魔王様。わたしたちはここでリタイアです。
しかし、悲しまないでください。わたしたちは元々死人。本来なら動くべきではない存在なのですから。
わたしがいなくても、魔王軍は機能します。
どうか、リンカさんを………生き返らせてあげて………
「《暗黒柱》」
完全に体が崩れる………一秒前に。
《聖光柱》と対になる魔法が全く同じ場所に放たれ、光が中和された。
そのおかげで、わたしとネイルは消滅しなかった。
ところどころが浄化されて、闇魔法でも回復できないかもしれないけど………意識は、ある。
ネイルは意識こそ失っているけど、リッチとしての感覚で、消滅していないことはわかる。
魔力を感じた方を向くと、そこには………
※※※
「魔王様………!?」
「なに………?」
何とか、何とかギリギリ………間に合った。
あと一秒魔法が遅かったら、二人は消えていた。
だが、今度は助けられた。リンカの時のように、失わずに済んだ。
妾の胸中には今、二つの感情が渦巻いている。即ち、安堵と怒り。
安堵は言わずもがな。怒りは、ディーシェたちをこんな目に合わせたあの男………にではなく。
「………おい、ディーシェ」
「ま、魔王様。なぜここに!あなたは大切なお方なのですから、戦いには………」
「この………大馬鹿が!!」
「えっ!?」
この、すっとぼけたことぬかしやがった、馬鹿アンデッドにだ!
「お前は!あんなふざけた念話を送ってきておいて、妾が『じゃああいつらは諦めよう』と、そう考えるとでも思っていたのか!?戦いに来るなだと!?お前が呼んだようなものだろうが!なにが『わたしたちはもう帰れません』だ、帰れる帰れないじゃない!帰ってこい!お前は、妾にまた、大切な存在を失う感覚を味わえというのか!?」
「し、しかし………あの男は恐ろしく強くて、わたしたちでは到底………」
「お・ま・え・は!!何百年も妾の下にいて………助けてくださいの一言すら言えないのか!?」
「あっ………」
ようやく、なぜ妾が激怒しているかを察したようだ。
「いつ妾が、自分を犠牲にしてまで敵に一矢報いよなど言った!?そんなくだらないこと考える暇があったら、一秒でも長く生き長らえる方法を考えろ!!………いいか、次に助けを求めず、くだらないこと言い始めたら、その声帯むしり取るからな!!わかったか、この馬鹿が!!」
「は、はい!………ごめんなさい」
よし。
「………待たせたな。ここからは妾が相手だ」
「………貴様が魔王か」
「そうだ。妾が魔王。貴様ら人間にとっての不俱戴天の敵。魔王、フィリス・ダークロードだ。………妾の部下を殺し、片腕ともいうべき幹部とその相棒を殺しかけた罪、贖ってもらうぞ、人間」
この男は強い。感覚的に、フルーレティア以上、フラン以下といったところだ。
だが、月の加護が発動している妾の敵ではない。
それでも、人間にとって最大の敵たる妾を見逃すはずはないと思っていたが………予想に反して男は、
「………やめだ」
ダガーをしまい、戦意を見せなかった。
「俺ではお前に勝てない。戦力差を見極めず、無策に突っ込むほど、俺は愚かではない」
「随分と冷静でドライな性格だな。だが、ここで妾が貴様を見逃すとでも?」
「戦うというのであればやむを得ない。………だが少なくとも、後ろの二人は道連れにさせてもらう」
………なるほど。
確かに、今こいつとこの場で戦えば、二人を巻き添えにする可能性はある。
二人の安全を考えるなら、こいつはこの場では見逃すのが最善か。
冷静でドライで、頭の回る男だ。
「チッ………行け」
「………フン」
男は背中を見せないように、転移の用意を始めた。
「………待て。名乗っていけ」
「………聞いてどうする」
「イラつく男の名前くらい、書き留めておきたくてな」
「………几帳面なことだ」
「で、名は?」
「………………ルヴェルズ。『勇者』ルヴェルズだ」
最後にそう名乗った男は、転移魔法でその場から姿を消した。