【episodeZero】最愛の娘
「総員、ただちに出動せよ!魔王軍を怒らせるとどうなるか、人間どもに思い知らせてやれ!」
「「「「うおおおおおおお!!!」」」」
妾の鼓舞とともに、魔王軍の一軍は出撃した。
われらの同胞たる人魚族や魚人族の海域を汚染し、領地を狭めた人間どもに報復をしに行くのだ。
「あの戦力なら、被害軽微で事が済むでしょ。レインさんもいるし、上一級の兵士もいっぱいだし」
「そうね。まあ、敵側が籠城決め込んだらさすがに厄介………いえ、レインさんの力で秒殺ね」
「加えて、ディーシェも途中で合流の予定ですしねえ」
「『善属性の生物の死体を強制的に自らの支配するアンデッド族に変える』なんてあの力、魔王軍の中でも特異中の特異だよね。人間にしてみりゃ悪夢っしょ。さっきまでミザリー様ミザリー様言ってた仲間が魔族になって自分に襲い掛かる………おお怖い怖い」
「お前ら、もう少し緊張感を持て。人間の中にも、油断ならん力を持つものはいる。気を付けろ」
「わかっちゃいるけどさー、あたし今まで、苦戦って体験したことがないんだもん。フィリス以外に負けたことないし、レティやディーシェもごり押しできるし」
「フ、フランが強すぎるのよ!『大賢神』のあなたに、ただの『結界王』のワタクシがかなうわけっ………ふふふ、だけど今に見てなさい。近いうちに新たな魔法………今までの結界魔法の常識を覆す、最強の魔法が完成するわ。それさえあれば、フランにもきっと………!」
「あたしに魔法で勝とうなんざ、十億年早いと思うけどねー」
「ふふふ………残念ながら、あの魔法………《異界結界》さえ完成すれば、ワタクシはフランにとって天敵にも等しい存在になれるわ。完成を楽しみにしておくことね!」
「私にも見せてくださいねえ、レティ」
「勿論、ヴィーちゃんに一番に見せるから!」
ほう、フルーレティアはそんなにすさまじい魔法を開発していたのか。それはいいことだな、魔王軍の強化につながる。
あと話に出てきたが、なんとフランはこの二百年の間に、『大賢神』へと職業進化を果たしたのだ。
この世界に存在するあらゆる魔法を、一定以上極めた、名実ともに世界最高の魔術師に与えられる称号。
こいつが大『賢』神とか、なんのギャグかと思ったりしたが、もうそれは散々話したので割愛する。
とにかくフランは、今や魔王軍最強の英雄として名をはせている。
エルフ王や次期女王のティアナは心配していたがな。「フランは人の上に立てるタイプじゃない」と口をそろえて言っていた。肉親に幹部であることを純粋に心配されるって相当だよな。
「まあ、あとは各自解散してくれ。妾は帰る」
「ああ、そろそろあの子が起きる時間だもんね。また明日ー」
三人に手を振り返し、即座に転移陣を使って吸血鬼の里に帰ってきた。
最近仕事が多すぎて全然戻れず、帰ってくるのは四日ぶりだ。
里を進み、一軒の小さな家の扉を開けた。
「お、おかえりフィリス。大丈夫か?」
「問題ない。仕事は順調だ」
「おかえりなさい、フィリス。あの子なら二階でまだ寝てるわよ」
「わかった。あとただいま」
この二人は妾の両親だ。二百年もの長い時を留守にしていた罰と称して、二人暮らしを計画していた妾を、娘もろとも実家に引っ張り込んだ。
妾のいない昼間の間、族長と共にわが娘の世話をしてくれている。
里で妾の『魔王』としての仕事を知っていのは、族長を含めてこの三人だけだ。
「ごめん、まかせっきりにしてしまって。もうすぐ、仕事も安定すると思うから………」
「気にしなくていいのよ。昔のあんたと違って、手がかからないおとなしい子で助かるわ」
「悪かったな、手のかかった娘で………」
「『かかった』じゃなくて『かかる』よ。今でも手がかかるもの」
「うっさいわっ………って、こんな下らん会話をしている場合じゃない」
妾にはやらねばならんことがあるのだ。
※※※
妾は、二段飛ばしで階段を駆け上がり、右に曲がって一番目の部屋の扉を静かに開けた。
すでに日は沈み、月光が差し込む部屋の中には、一人の天使のような女の子がいた。
ミネア・ダークロード。今年で三歳になる、目に入れてもいたくない、妾の最愛の娘だ。
枕をギュッと抱きしめて、すうすう寝息を立てるその姿は、まさに天使。
かわいい。かわいすぎる。リンカに顔立ちが似ていることもあって、凄まじい美少女っぷりだ。
将来、かわいさだけで国とか滅ぼしたりしないだろうな?心配だ。
「んにゅう………」
「ミネア、起きたのか?」
「ふああう………まま?」
まだ目が覚め切ってないようだ。目の焦点もまだ合わず、起き上がってもボーっとしている。
目をこすって大きなあくびをして、いくらか頭が働くようになると、
「………ママだ!おかえり!」
「うわっと!?………ただいま、ミネア」
ミネアは飛び起きて抱き着いてきた。
四日も家を空けてしまって、予想以上に寂しい思いをさせてしまったようだ。
「えへへ、ママだ、ママだ。おしごとおつかれさま!」
「ありがとう。一緒にいてあげれなくてごめんな」
「んーん、いいの!」
なんていい子なんだろう。すさまじくかわいい。
将来、この子をめぐって世界規模の戦争とか起きないか心配だ。
まあ世界規模の戦争は妾が現在進行形で仕切っちゃいるが。
「ねーねーママ、きょうはあそべる?ダメ?」
この、子供の何かを訴えかける熱い視線に堪え切れる親がどれだけいるのだろうか。
少なくとも妾には無理だ。
「ああ、遊べるよ。今日の夜はお休みだ」
「ほんと!?」
顔を輝かせるミネアは本当に愛らしい。
リンカの件がなければ、何もかもを忘れてこのこと静かに暮らしたいとすら一瞬思ってしまう。
「でも遊ぶなら、しっかりやることやってからな。顔洗って夜ご飯食べてこい。歯磨きもな」
「わかったー!」
とてとてと部屋を出ていくその姿も、思わずため息が出るほどかわいい。
親バカ?違うぞ、娘を溺愛しているだけだ。
※※※
「『こうして、イスズ様はわたしたちをつくってくれたのです』………どうだ、面白かったか?」
「うん!すごくおもしろかった!」
魔王軍で作られた絵本をいくつか持ってきて読み聞かせたり。
「ほれ、見つけたぞー」
「あはは、見つかっちゃったー!」
かくれんぼして遊んだり。
ミネアとのこの時間は、本当に癒しだ。
戦争ですさんでいく心が、この子の笑顔を見るだけで癒されていく。
神官の才能があるのかもしれないな。
そのうちミネアは、遊び疲れて寝てしまった。
妾の膝の上で幸せそうに寝ている。
まさに至福の時間だ。
「父さん、母さん。妾がいない間に、変わったことなどなかったか?」
「なにもないぞ。ミネアがあまりにも可愛すぎて、遊びに来た族長が倒れたこと以外は」
「なら問題ないな」
あの男がミネアの可愛さに当てられてぶっ倒れるのはいつものことだ。
というか、リンカと妾が子供の時も、リンカがちょっとかわいい素振りを見せるとぶっ倒れてたからな。
「あとは………ミネアもお年頃なのか、いたずらを覚え始めたわね」
「いたずら?」
「お玉を隠されたり、勝手に外に出ようとしたり。まあかわいいものよ」
「そうか。だが、今はその程度でも、成長していたずら娘になるのはまずいかもな。叱るべきだろうか………」
どんな性格でもいいから、ちゃんと人の心を思いやることができる、そんな子に育ってほしいからな。
時には叱ることも重要………
「この里………いいえ、吸血鬼という種が生まれて以来、前代未聞空前絶後のいたずら娘のあなたが、人のいたずらを注意するって、なかなかにパンチのきいたジョークね」
「この里でいまだにお前に対してトラウマ持ってるものは少なくないぞ。そんなお前がいたずらを注意したとかそいつらが聞いたら、どの口が言うんだと家に押しかけてくること間違いなしだ」
うーーーーむ、否定できない。