吸血鬼少女と邪神(後編)
本日二話目です。
耳を疑った。
『勇者兵器化計画』?本来は敬われるべき『勇者』を、心を壊して道具みたいに扱う?
「混乱するのも無理はありません。私も、知った時は人類を見限った程ですから。.......既に彼女は、数ヶ月前から『教育』を施されています。心はもうボロボロ、元々活発だった彼女が一言も喋らない人形のようになっています。.......彼女は、あまりにも憐れすぎます」
つまり、唯一救って欲しい人間っていうのは、その勇者だってことですか?
「ご明察。付け加えて言えば、彼女は心を壊されているものの、人間の、というか知的生命体の心というのはそう簡単に消えるものではありません。もし彼女を保護し、心を修復することが出来れば、その時の彼女は貴方と同等以上に人間を恨んでいることでしょう。それは、人間を滅ぼしたいと望む我々にとって、願ってもない状況なんですよ。何せ、貴方すら上回る程のポテンシャルを秘めている少女ですからね、我々の同志となれば大いに活躍してくれることでしょう」
なるほど、むしろそっちが本命の理由かな?
.............人間は、嫌いだ。
嫌いで、嫌いで、嫌いで、1人も残らず蹂躙してやりたい。
.......だけど、私並みに人間を恨んでいる人間.............。
人間でありながら、人間を滅ぼそうとする少女.......
自分達が作った怪物に、自分達が殺されていく人間共.......
.......悪く、ないな。
一つだけ。もしその勇者が、心を修復したとしても人間を守ろうとした場合。その時は、どうするんですか?
「無論、危険分子と判断し、殺します」
.......それならまあ、例外としても、いいかも。
「ありがとうございます。そう言ってくださって助かりました」
勇者.......ね。そんな貴重で大切な存在すら、女神ミザリーの為に利用するか。
どこまでくさっているんだ、人間共。
※※※
それで、根本的な質問をひとつしてもいいですか?
「?はい、どうぞ」
.......なんで私、ここにいるんですか?
「ああ!そういえば説明をしていませんでしたね」
私の記憶は、仲間達の遺体を見て、そこで私を見つけてきた騎士を殺したところで途切れている。
多分、例によって記憶を消してくれたんだろう。
「はい。.......ああ、誤解なさらないように言っておきますが、あなたは死んでいませんよ?致命傷ギリギリの攻撃は受けましたが、吸血鬼は月の加護を受けている間は治癒能力も向上しますから、今こうしている間も、貴方は回復しています」
.....?致命傷ギリギリの攻撃を受けた?
「あの後、貴方が森の中で殺した3人の死体が発見され、貴方を討伐するために、未だ里に残っていた騎士全員、総勢約20人が出動しました。やがて貴方は見つかり、交戦。月の加護.......今回は半月でしたが、数倍にブーストされたステータスをフル活用し、傷を受けながらも、20人中、17人を殺害。残った3人は逃亡しました。しかし、小隊長格の男が最後に放った袈裟斬りを受け、貴方は出血多量による貧血で失神。その意識に、私が干渉して、今に至ります」
うーむ、全然覚えてないね。
「ちなみに、その一連の戦闘の直前、貴方は特殊職業の一つである『復讐者』の取得条件をクリアして、その効果を見て狂喜し、熟考0秒でセットしていましたよ」
うーむ、全然覚えてないちょっと待って欲しい。
.......え?私、職業選択しちゃったの?
確かに、『一定条件を満たしました』って声は聞こえてきた気がするけど.......
「はい、選択しちゃいました。まあ、最善策ではあったのでどうかご理解を。『復讐者』は、基本的には無職の際と変わりありません.......が、『復讐対象』に設定した人物、あるいは種族に対して、高い優位性を与えてくれるという、非常に今のあなた向けの職業です」
.......ちなみにその優位性というのは?
「対象と相対した際のステータス倍化、殺した際の経験値増加、魔法威力の向上、などですね」
うん、それは選ぶわ。
「そして、今回の騎士殺し。復讐者を選んだことによる人間を殺した際の経験値増加によって、貴方はレベル10まで一気に上昇しました」
それは嬉しい。強いにこしたことは無いからね。
※※※
じゃあ、もう一ついいですか?
「なんでしょうか?」
.......お父さんとお母さんと、私の友達を殺した連中について、知っている事があれば教えてください。
「.......ええ、勿論です。まず、名前は聞いているでしょう。貴方の両親を殺害したのは、イーディスという女と、ノインという男。どちらも《聖十二使徒》です」
.......《聖十二使徒》とは?
「数多ある人間の国。その中で最大の国.......『メルクリウス聖神国』。そこで、限定的ながらも『女神の加護』を与えられた、人類の精鋭です」
女神ミザリーは、勇者以外には加護を与えないってことで有名だって、お父さんに聞いたことがあるけれど。
「はい。ですので、あくまで『限定的』です。勇者には遠く及ばない程度の力ですし、効果も多少の状態異常耐性と、ステータスブースト程度です。しかし、本人達が、元々高い実力を持っているため、それだけでも相当な脅威。実際彼らは、一人一人が魔王軍の10人の幹部に匹敵する実力を持っています」
.......元々人間よりハイスペックな魔族の、さらに精鋭であるはずの魔王軍幹部と互角、か。
思ったよりめんどくさそうだな。
「.............それと、もう一つ。貴方の里にいた吸血鬼達。その大半を.......貴方のお友達をも殺したのは、イーディスです」
.............へぇ?
イーディス、ね。よし覚えた。絶対に見つけ出して、産まれてきたことを後悔するほどに痛めつけてから、殺してやる。
「おお怖い。.......それで、貴方の今後についてなのですが。自由を約束しておいて、貴方に色々と指図をするのは、とても気が引けるのですが.......」
ああ、大丈夫ですよ。もう、平和とかは望んでませんから。
人間をぶっ殺せるなら、なんでもやりますよ。
「.......そうですか。では、率直に。.......貴方には、魔王軍に加入して貰いたいのです」
.......そう来たか。
魔王軍。侵攻してくる人間共を抑えるために、イスズ様が力を与えた存在、『魔王』を首領として動いている魔族の連合軍。
イスズ様を信仰している者が多いけど、人間のような狂信的な人は少なく、魔族なのに人間なんかよりずっと人格者が多いと聞いている。
「既に私が人間を滅ぼすつもりであるということは.......というか、今日貴方に話した内容の大体は、『魔王』に話してあります。同時に、貴方の事も」
魔王軍か.......でも確か、吸血鬼って一度は魔王軍への参戦を断ってるんじゃ?受け入れてくれますかね?
「そんなことで貴方を拒むほど、私が選んだ魔王の器は小さくありませんよ。.......正直に言うならば、貴方はまだ弱いのです。今のままでは、人間を滅ぼし尽くすなど到底出来ません。ですから、貴方には自分を強化出来る場と、志を同じくする仲間が必要です」
.......一理ある。
冷静に考えれば、自分一人で人間を滅ぼすなど、土台無理な話だ。
少なくとも、イスズ様の統治している魔族ならば、敵対することは無いはずだ。平和な種族が多いらしいし、こちらとしても願ったり叶ったりだ。
という訳で、私は魔王軍への参入を決めた。
「貴方が理知的な人で非常に助かります。数日後に、吸血鬼の里に迎えを寄越すように魔王に言っておくので、貴方はしばらく.......そうですね、仲間の供養をして差しあげたらいかがでしょうか」
.......ずっと思ってたんですけど、やっぱりイスズ様って凄くいい神様ですよね。
「恐縮です」
.......じゃあ、恐縮ついでに、もう一つ、お願いしてもいいですか?
「.......?なんでしょうか?」
.......私の種族、今は『吸血鬼王』になってますよね。これを、変えていただけませんか?