【episodeZero】子育て作戦
「………みっともないところをみせたな」
「………いや、お互い様だ」
ひとしきり笑い、泣き止むと、数分前の自分の姿を冷静になって振り返った我々の間には、奇妙な気まずい空気が流れていた。
「………まあ、なんだ。さっきの光景は、お互い自分の脳内だけにしまっておくこととしよう」
「………そうだな」
八百歳を超えた大男と、二百歳程度の美少女が、赤子を抱き上げながら笑って泣きわめく光景。なかなかにカオスだ。
「んんっ!それで、お前はこれからどうするんだ?」
「どうする、とは?」
「お前は今、イスズ様の眷属として、人間を抑える役目を担っているのだろう?だが、この子………ミネアはどうする。お前が仕事をしながら育てるか?」
「………そうなのだ、それで迷っているのだ………」
ミネアはもちろん大事だ。少なくとも、妾の中のいざという時の優先順位は、自分の命よりもこの子の命が上だ。
だが、だからといって、世界の勢力バランスを保つという魔王としての仕事を放棄するわけにもいかない。リンカの命がかかっているのだ。
そして妾は、魔王軍の戦いにミネアを巻き込む気はない。
故に、この子には極力、魔王軍についての詳細を知らずに、普通の生活を営んでほしいのだ。
「だが、魔王軍の占拠下にある町は、必然的に魔王軍の兵士が多数駐在している。この子は妾の娘だ、興味本位に兵士についていって、妾の仕事を見抜きかねない。かといって、完全に箱入り娘として育てるのも………」
「悩ましい問題だなあ。まあ、ゆっくり考えろ。この里にいる間は、俺も相談に乗ろう。しばらくはいるのだろう?」
「あーいや、いくつか報告を終えたらすぐに戻らなければならない。仕事があるからな」
「なんだ、そうなのか。残念だ………しばらく孫と一緒に暮らせるものかと。しかし、お前が仕事で忙しいとは………他人に触れられず脅かすことしかできないだけ、地縛霊のほうがまだましに思えたあの災害娘が、仕事で忙しい………人とは成長するものだなあ」
「貴様、ミネアに感謝しろよ。その子を抱えていなければ、妾の必殺ボディーブローが炸裂しているところだからな」
この男にもどうやら、妾の恐怖を思い出させてやる必要があるようだ。
※※※
「………話に戻るが。妾の話というのは、リンカについてと妾の今について、それともう一つあってな」
「ほう」
「これはフィリスとしてではなく、魔王としての妾の話だ。………族長、吸血鬼族を魔王軍に加入させる気はないか?」
魔王軍はすでに、吸血鬼族以外のあらゆる種族を傘下に加えている。
吸血鬼が加入してくれれば、コンプリートというだけでなく、魔王軍にとっては戦力増強など、吸血鬼族にとっては豊富な資源の入手など、双方にメリットがる。
だが族長の答えは、
「断る」
「………だろうなあ」
まあ、予想していた答えではある。
吸血鬼族は、全種族でもダントツと言っていいほどの平和主義種族だ。
妾のような例外を除き、ほとんどの者が争いを好まず、一生を里周辺から出ずに過ごす。
魔王軍に加入すれば、吸血鬼族の一部は、戦いに駆り出されることになる。それを嫌がる者は多い………否、里のほぼ全員が望まないだろう。
「我が種族ながら、上昇志向というものがかけらもないな」
「あいにく、我々は今の暮らしに満足してしまっている。兵役を課されてまで、豊かな暮らしは望まないさ。お前が魔王権限で、吸血鬼族だけを例外にしてくれるというなら、話は別だがな」
「馬鹿言うな、出来るか」
一種族をひいきなんかしたら、苦労してまとめ上げた魔王軍に亀裂が入るわ。
「まあ、それはいい。無理に加入を強要する気は元よりない。………それよりも、ミネアをどうするかだ」
「ふーむ………そうだ、俺が預かってやろうか?」
「それも悪くないんだが………流石に、ずっと会えないのは寂しいんだ………」
「そりゃそうだ」
生まれたばかりの娘から、こんなに早く引き離されるなど、妾の精神がもたない。
「とはいえ、それ以外の選択肢が少ないのも事実なんだ………妾が………妾が我慢さえすれば………!」
「お、おい落ち着け。そんな、世界と恋人のどちらかを迫られたやつみたいな顔して悩まんでも………」
「いい考えがあるよ!」
「「うわああああっ!?」」
突如、上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
間違いない、この声はあいつだ。
天井を見上げると、案の定、重力魔法で天井に張り付いているそいつがいた。
「フラン、お前、何している!家宅不法侵入だぞ!」
「なんだこの娘………エルフ?い、いやそもそも、いつからそこに!?どうやって入った!?」
「フィリスの魔力感じたから、そこに転移しただけだよ。きたのはついさっき。脅かそうと思って天井に張り付こう大作戦、大成功だった!」
「そうかおめでとう、降りてきた時がお前の最後だな」
「いや待て待て、転移魔法の転移座標は大雑把で、里の腕利きでも五メートル程度指定場所とずれることは珍しくないんだぞ?それを、俺たちに気づかれず、重力魔法と併用して、一切ずれなく成功させたのか、この娘!?」
「ん?あーそりゃまあほら、あたしってば天才だし?」
「………こいつの魔法チートは今に始まったことじゃない。いちいち驚いていたら身がもたないぞ、族長」
なんで、フランがここにいるんだ。
あんなに『留守は任せて』と胸を張っていたくせに、あれから一時間もたってないぞ。
もう何かトラブルか?
「あ、ちなみにあたしがここに転移してきたのは、ヴィネルの言ってた案を伝えるためだから。ヴィネルは手が離せないっていうから、あたしが代弁をしにね」
「なぜ、会話の内容をヴィネルが知っている」
「それはほら、あたしが聞いた内容を全部ヴィネルに………」
「それをなんていうか教えてやる、『盗み聞き』もしくは『盗聴』だ!」
長い戦いと余裕のなさの中で忘れてしまっていた。
そういや最古参の幹部共は、どいつもこいつも変なのばかりだと!
「まあ、落ち着きなよ。ヴィネルが名案を思いついたのは本当だから」
「………これで下らん話だったら、お前が大事にしている神器『王杖ハーティ』でGをつぶすからな」
「やめて、まじでやめて。策考えたのはヴィネルだって、気に入らなかったらヴィネルに報復してよ!」
どっちもだ馬鹿。
「それで、その案とはなんだ」
「え、あ、うん。あのね、フィリスがここに住めばいいんじゃないかって」
………なに?
「吸血鬼の夜行性を利用して、日が出てるうちは魔王として仕事して、夜になったらミネアの元に戻ってってのをくりかえせばいいって。その間くらいなら、そこのぞくちょーさんに預けても問題ないはずってさ」
「そ、それは素晴らしい案だな。いやまあ、俺はほら、別に最近暇だし、その、孫の世話をするくらいの時間は………」
こいつ、孫の面倒を見たくて仕方がないんだな。
だがしかし、確かに一考の余地ありの提案だ。
問題点は一つ。
「………それ、妾に昼は仕事、夜は子育ての休みが一切ない生活をしろと言ってるのか?」
「あ、そう言ってきたらヴィネルが『子育てに休みなんてあるわけありません』って言えって」
ちくしょう、正論だ。
だが、女一人で寝る間もなくそのサイクルを続けろというのは、あまりに酷じゃなかろうか。
そう、いくらレベルが高すぎてほとんど睡眠を必要としない体とはいえ………。
………あれっ、いけるな。
多分普通にできるな、その程度なら。
そう思ってしまった自分に、ちょっとイラっとした。




