【episodeZero】生誕
………二百年。
三千年という長い時の、一割にも満たない短い時間。
たったそれだけの時間でも、私は辛かった。
心の支えだったリンカはいない。フランをはじめとする友人はそばにいてくれたし、それはとても嬉しかったが、やはり一人になると、リンカはいないという現実を思い出し、泣きそうになった。
もう全てを諦めて、リンカの後を追おうかと思ったことも、一度や二度ではない。
「時間がかかってしまい、本当にすみませんでした。神の掟のギリギリを突いて、あなたとリンカの遺伝子を混ぜ合わせ、魂も合わせ、データを初期化し、生命として安定するまで保護………流石に骨が折れましたよ」
そう言うイスズ様の手には、紫色に綺麗に輝く、光の玉が乗っていた。
「これが、あなたとリンカの魂を元に創造した、あなたの子の魂です。性別は女の子。体もすでに、遺伝子を使って作り出してあります。あとはこの魂を体に入れれば、新たな命の誕生です」
私が妊娠する、というわけでは無いのか。
「そうすることも考えたのですが、そうするとあなたは、しばらく武力を行使できなくなってしまいますからね。魔王軍統括にしてダントツ最強のあなたに燻られるのは、正直困るんですよ」
私の現在のステータスは、既に10万を軽く超えている。
私にかろうじて対抗出来るのは、私を除けば魔王軍最強、魔力ステータスのみでいえば私すら上回るフランのみ。
フルーレティアやディーシェすら、今の私には遠く及ばない。
「なので、直接生み出します。………あとは名前ですね。決めていればですが」
それはもう、決めてあるんです。
※※※
『ねーねーフィリスちゃん、私たちに子供ができたら、男の子と女の子、どっちがいい?』
『………なんだその質問は。私たちは女同士なんだから、子供は出来ないぞ』
『そこはほら、魔法でちょちょいっとさ』
『出来るかそんなもん』
『それはともかくさー、どっちがいいの?私は女の子が欲しいんだけど』
『………まあどっちでもいいが、強いて言うなら男かな』
『あれ、なんで男の子なの?』
『そりゃあまあ、強い子になって欲しいからな!』
『フィリスちゃんとフランちゃん、あとはフルーレティアちゃんだって女の子だけど強いよ?』
『………それはともかく、なんでお前は女の子が欲しいんだ』
『私?えーだってー、可愛い服着せたいしー、一緒に買い物とか行きたいしー、それに私とフィリスちゃんの娘なら絶対に美人じゃん!』
『お前、たまに自己評価高いな。可愛いのは認めるが』
『それに、もう名前も決めちゃってるし!』
『早いな!?しかも、私に相談なしか!』
『えー?だってフィリスちゃん、ネーミングセンスないんだもん。この前近所の黒猫に、「漆黒霊獣ダークビースト」とか意味わからない名前つけてたじゃん』
『ど、どこが悪いんだ!かっこいいだろう!?』
『ダサい』
『なんだと!?』
『それはともかく、名前名前!えっとねえー』
『だ、ダサくないし………かっこいいし………天才的ネーミングだし………』
『男の子ならヒューリでー。女の子ならー………』
※※※
………ミネア。
それが、子の名前。
「リンカが考えた名ですか。いい名前だと思います」
まあ、私のネーミングセンスを馬鹿にしたのは、いまだに根に持ってますがね。
「い、いまだにあれがかっこいいと思っているんですか………。まあそれは置いといて。では………体と魂を、地上に下ろします」
そう言ったイスズ様は、手に持っていた玉を床(?)に落とした。
玉はそのまま落下し、やがて床(??)を突き抜け、さらに下へと落ちていった。
「これで完了です」
………ついに。
二百年の時を経て、この時が来た。
「………あなたには、辛い役目を負わせました。まだリンカを生き返らせてあげる事は出来ませんが。これが今の私にできる精一杯です」
………イスズ様。
ありがとうございます。本当に、本当に感謝しています。
「ええ。………そろそろ時間ですね。子はあなたの目覚めた場所のすぐ近くに転送しておきます。ちゃんと育ててあげてくださいね?」
わかっています。
ちゃんと………リンカの分まで、育てます。
※※※
目が覚めると、部屋のベッドの上。
瞬間、妾は飛び起きた。
「どこにっ………」
どこにいる。
イスズ様は、妾の近くに転送したと言っていた。
ならば十中八九、この部屋の中に………
「あー、あー」
ベッドを見ると、私の隣には、小さな赤子が………。
「あ、ああ………あああああ………!」
「あうー、あうー」
リンカと同じ白い髪に、吸血鬼特有の赤い目、先天的に生えた八重歯。
『珠のような子』とはまさにこの子のようなことを言うのだろう。
感じる。リンカの面影を。私自身の血を。
そっと抱きかかえると、赤子は泣き止み、妾にしがみ付いてきた。
「可愛い………可愛いなあ………!リンカに似たんだ、きっと………!」
「きゃっきゃ!」
気がつくと、私は泣いていた。
この二百年、リンカがいなくなった日以来、一度も泣いたことがなかった私が。
この子を、リンカの分も育てる。
絶対に、この子を守る。
妾は、それをリンカに誓った。
こうして、邪神イスズ様によって生み出された特異な吸血鬼、ミネア・ダークロードは。
魔界にある一室で、ひっそりと産声をあげた。
※※※
「ほーれほーれ、フランお姉さんだぞー!」
「きゃっきゃ!」
「こ、この子が魔王様と、噂に聞くロリ巨乳美少女リンカさんの………!将来が楽しみですねえ………」
「?………??」
「………ヴィネル、貴様ちょっとこっちに来い」
「い、いやですね、ジョークですよ。そんなマジトーンで呼ばないでください、怖いじゃないですか」
「世の中、冗談で済む問題ではないこともあると言うことを教えてやる」
「ちょっ………!?」
この変態は二度とミネアに近づけないようにしよう。
涙の後を消して、ミネアの体調に異常がないかなどを一通り検査した後、妾は最古参の幹部連中の元にミネアを連れて行った。
皆の驚愕っぷりといったらなかったな。
そして逆に驚かされたのは、あのフランが、意外にも子供をあやすのがうまいと言うことだった。
精神年齢が近いせいかと思ったが、そういえばこいつは、十ほど年が離れた妹がいるんだった。
あとはやはり、精神年齢が非常に近いのだろう。
「あー、あー」
「あれ、わたしのところにも来てくれるの………?アンデッドは基本的に、不気味な魔力のせいで子供に嫌われるのに………!魔王様、この子はきっと大物になりますよ!」
「わははは、当たり前だ。妾とリンカの子だぞ?」
「可愛い………私もヴィーちゃんと………」
「なんですかレティ今の発言をもう一度おねがぶはっ!?」
悪影響の塊みたいな変態悪魔が何か言う前に蹴り飛ばし、ミネアを抱きかかえる。
「おいディーシェ、そこの変態を抑えておいてくれ。主に口をな。………さて、お前たちを呼んだのは、ミネアを自慢するためだけではない」
(やっぱり自慢はしたかったのか………)
「実は、お前たちに相談がある」
「相談?」
「相談というか、頼みだな。………少しの間だけ、お前たちに魔王軍の仕事を任せたいのだ」
「それって、フィリスがしばらくここを空けるってこと?どっか行くの?」
「ああ」
これは、何年も前から考えていたことだ。
いざとなると踏ん切りがつかず、『魔王の仕事が忙しい』と、自分を騙し続けてきた。
だが、今は魔王軍の状況も安定しているし、ミネアというきっかけも出来た。
ちょうどいい機会、なのかもしれない。
「妾は一度………吸血鬼の里に戻ろうかと思う」
 




