【episodeZero】一人称
「あなたとの付き合いも、もう二百年以上になりますか。あなたには感謝していますよ、魔王」
お気になさらず。リンカを生き返らせるためです。
「ええ、そういう契約ですからね。この二百年で、あなたはほとんどの種族を自らの支配下におきました。人間の魔の手が迫っていたエルフ族を助け、竜人族と妖精族も引き入れ、他にもドワーフ族、人魚族、人馬族なども。傘下に入れていないのは吸血鬼族くらいでしょうかね」
………ええ。やっぱり少し、踏ん切りがつかず。
リンカを連れ出し、守ると約束したのに、彼女を死なせてしまった妾に、あの里に戻る資格があるのかと。
「フランや他の幹部に行ってもらうというのは?」
んー………どうせ行くなら、自分が行きたいというか………。
「(めんどくさい………)ま、まあ、気持ちは分からなくもないですよ。まあ、今回お呼び立てしたのには理由があるのですが。………その前に一ついいですか?」
なんでしょうか?
「………なんであなた、一人称が妾になってるんですか?」
言わんでくださいっ………!
※※※
事件は二日ほど前。
フランの企画した飲み会の時に起こった。
「ぶはあーー!あー、やっぱりエルフのお酒が一番だわ!あははは!」
「お前、もう酔ってるのか。弱いくせにパカパカ飲みやがって………」
「まあ、いいんじゃないですか?フランも最近仕事で疲れてたみたいだし、たまには羽目を外しても!まあ、わたしは飲めないんですけどね」
「ディーシェ、なんでお前はそう、フランに甘いんだ。そんなことだから、恋人に浮気を疑われるんだぞ」
「あはは………その節はごめんなさい」
ハイペースで酒をラッパ飲みするフラン。
甲斐甲斐しく全員の世話をするディーシェ。
そして、
「んふふふう………ヴィーちゃん………もう離さにゃいからあ………ふう」
「ちょっと聞きました今の!?もおおう、レティったら可愛すぎるんですからああ!!でへへへえ」
ヴィネルの腕に絡み付いて離れないフルーレティア。
酒のせいか興奮か、顔を真っ赤にして気色悪い声を出しているヴィネル。
最古参の魔王軍幹部のみで開かれた飲み会は、開始二十分でカオス空間と化していた。
だいぶ前から付き合い始めたヴィネルとフルーレティアは、かつて追うものと追われるものの関係だった二人が嘘だったかのようにべったりだ。
………まあそれもそのはず、ヴィネルが精神魔法を改良して作った惚れ魔法に、フルーレティアはまんまとかかっているからな。
果たして、惚れ魔法がかけられたのは付き合う前なのか後なのか。気にならないといえば嘘になるが、恐ろしくて聞けない。
友人が魔法にかけられているというのを見過ごしたくはないが、ヴィネルに『見逃してくれないなら魔王軍やめます』と言われてしまったから手が出せん。
なんだかんだで、ヴィネルは恐ろしく有能だ。正直なところ、こいつがいなければ魔王軍は破綻しかねない。
それも全て考慮しての脅しだろう。『知恵神』の称号は伊達ではないということだ。
「あはははは!あはははは!レティ、すっかり変になっちゃってー!」
「変じゃないわ!わたしは気づいたの、ヴィーちゃんの魅力に………」
「ですって!うへへへへへ」
笑い上戸のフラン、甘え上戸のフルーレティアに、変態のヴィネル(これはいつもか)。
素面はディーシェのみときたもんだ。
もう私も諦めて、酒を飲むことにした。
その三十分後くらいだろうか。
「あはははは!ねーねー、せっかくだからゲームでもしようよー!負けた人がなんでもいうこと聞く罰ゲームで!あははは、なにそれおっかしー!」
「いいですねー!私が勝ったらレティに脱いでもらいましょう!」
「うう………恥ずかしいけど、ヴィーちゃんがやるなら、やる」
「うーん………まあ、わたしもいいよ。魔王様は?」
「おい、決まってるだろそんなの………」
この時、私は忘れていたのだ。
「やるに決まってるだろおお!わははは、お前たちに、この天才美少女魔王フィリスの本気ってやつを見せてやる!かかってこいアホども!!わはははははははははははは!!!」
「ヒューヒュー!フィリス、かっこいー!あははははは!!」
私もまた、酒に弱いことに。
行われたゲームで、私はフランに惨敗し、言うことを聞かされる羽目になった。
提示されたのは、
「じゃあ、今日からフィリス、妾っ娘ね!!契約の魔法で完全に縛ったから、もう一生一人称妾だよー!!あははは、なにそれおもしろーい!あはははは!!」
「くっそー!この妾が負けるとは!覚えておれよ………うお!?本当だ、この口調しかできなくなってる!わははは、だがこれはこれで威厳があるな!わははは!」
※※※
回想終了。
「それで、地上じゃあの口調になっちゃったわけですか。神の領域たるここでは、地上の魔法は無効化されますから、影響はないようですが」
私、私、私………!ああ、ここならちゃんと言えるのに………!
「正確には思っているだけですがね。まあ、フランが作ったばかりの魔法で解き方が存在しないと言うなら、諦めるしかないですね」
そ、そんな………。
あの馬鹿エルフ、絶対に後でぶっ飛ばす………。
「もうぶっ飛ばしていたではないですか。………って、私はこんな話をするためにあなたを呼んだのではありませんでした。今回は真面目な話ですよ」
普段から真面目にしてください。
仮にも女神でしょう、あなたは。
「仮にもってなんですか、私は正式な女神です!邪神とか言われていても、女神なんですよ!神!」
はいはい。
で、真面目な要件とはなんですか?
「こ、このっ………私、あなたのために頑張ったのに!………ゴホン。まあいいでしょう。女神の広い心に免じて、許してあげます」
私のために頑張った?
何をだろうか。
※※※
「魔王フィリス。私があなたに、魔王という重荷を背負わす対価として提示した見返り………覚えてますか?」
勿論ですとも。見返りは二つ。
一つ、全てを終えた暁には、この世にリンカを呼び戻ししてくれること。
もう一つは………リンカと私の情報を混合させ、新たな生命………つまり、私とリンカの子供を授けてくれること。
「ええ。三千年という膨大な時間を戦いに費やしてもらう見返りとしては、安すぎるとすら思ったものです」
そんなことはありません。
私にとって、最も喜ばしい対価です。
「そうですか。………実は、その前払いの方の手続きが完了しました」
………え?
それは、つまり………
「はい。あなたとリンカの子を、私は生み出せます」