【番外編】セクハラ
ヨミ視点です。
最近、リーンの様子がおかしい。
ここ三日くらいかな。なんというか、イライラしてる感じっていうか。いつもと雰囲気が違う。
ボクの着替えを手伝おうとしないし、お風呂に一緒に入ろうとしないし、ボクのご飯もいつもはおかわりするのにしないし。
まあ、そんな小さなことばかりなんだけど、やっぱり十年近く一緒に暮らしてきた身としては、心配になる。
だからリーンが幹部会議から帰ったあと、こっそり幹部の皆さんをもう一度呼んで、相談に乗ってもらうことにした。
集まってくれたのは、ヴィネルさん、ティアナさん、アロンさん、ゼッドさん、ナツメさん。
「ヨミさんが相談とは珍しいですね。どのようなご用件で?」
「すみません、お疲れのところ………リーンのことなんですけど」
「(………いよいよリーンのセクハラに耐えられなくなったのか?)」
「(いえ、ヨミちゃんはリーンちゃんのセクハラに気づいてなくて、ただのスキンシップのように捉えていたはずですが。セクハラを極めた私が言うのですから間違いありませんよ)」
「(極めんなそんなもん!)」
「ヴィネルさん、アロンさん、どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもねえよ。それより、相談ってのを聞きたいんだが」
なんだか変だけど、まあいいや。
今はリーンの方が大事だ。
「実は、リーンの様子がちょっと変なんです」
「リーンちゃんがー、ちょっと変なのはー、いつものことではー?」
「なかなかに酷いなナツメ殿。………だが一理ある。そこまで気にかけるほどの事かね?」
リーン、幹部の人たちに結構可哀想な評価受けてるなあ。
ボクから見れば、そんな変な子じゃないんだけど。
「まあまあ皆さん、まずは話を聞きましょう。それでヨミさん、具体的にどういうところがおかしいのですか?」
「はい、まあ大した事じゃないんですけど。なんと言うか………スキンシップがなくなったんです」
そう言った瞬間、幹部全員の顔が驚愕と焦燥、そして困惑で満ちた。
「なん………だと?」
「リ、リーンちゃんがセクハラ………もとい、スキンシップを放棄?」
「く、詳しい内容は?」
「え、あ、はい。着替えを手伝おうとして来なくなったし、一緒にお風呂に入ろうって誘っても断られるし、胸に触れてこなくなったし、一緒のベッドで寝なくなっ」
「大事件ではないか!?至急、魔王様にご報告を!」
「言われるまでもありません、今すぐ行ってきます!!」
「魔王軍の危機ですー!」
「こりゃやべえぞおい、他の幹部も呼び戻せ!!」
「た、確かにこれは由々しき事態。私が連絡を!!」
………え?これ、そんなに大事?
ただ、リーンの様子がおかしいってだけで、魔王軍の危機は言い過ぎだと思うんだけど。
「魔王様、大変です!!リーンちゃんが、リーンちゃんがヨミと距離を置くように!!」
「なんじゃとおおおおおお!?!?」
※※※
十分後、会議室にはリーン以外の幹部と四魔神将、全員が集まっていた。
そしてその全員が、かつてないほどの真剣な表情だ。
「これより、臨時の幹部会議を開く!!内容は分かっていると思うが、リーンのヨミに対するセクハ………スキンシップの減少についてじゃ!!」
「う、ううううそですよね!?あ、あの、リーンさんが………ヨミさんと、距離を………置くなんて………!」
「………残念なことに、真実のようじゃ………」
そして会議室には、悲壮感にも似た何かが漂った。
え、なにこれ。なんで皆さん、こんなに深刻そうな表情してるの?
「リーンがヨミに触らないなんて………ヴィネルがサクラとか昔のフルーレティアにセクハラしないようなもんじゃない!」
「レイン、流石にそれはリーンに失礼じゃろう」
「………それもそうね、言いすぎたわ」
「私に失礼なんですが?………いえまあ、それはおいといて。これははっきり言って、異常事態ですよ。如何なさいますか、魔王様」
「うーーーむ………まさか、こんな日が来るとは思わなんだ。そこで皆に問いたい、何故、リーンはこうなってしまったと思う?」
幹部全員が、星の命運を賭けた戦いの作戦を考えるような顔で考え始めた。
だから、なんでそんなに真剣なの?リーンのスキンシップが減っただけだよ?
「………具合が悪い、とか?」
「レベル150を超えとるあやつがか?無いじゃろう」
「自分のおかしさに気づいたとか」
「あやつは自分がおかしいことを承知でやっとったぞ」
「まさかとは思うけど………ヨミに、冷めた?」
「「「「「それは無い」」」」」
「そうよね」
その後も会議は白熱し、あーでも無いこーでも無いと話し合いは続いたが、結局答えは分からずじまい。経過観察をするしかないという話になった。
「ぐっ………なんということじゃ………リーンがそんなにもおかしくなっているのを、妾は気づかなかったというのかっ………!」
「魔王様のせいではありません!この私が………参謀たるこの私が気付かないなんて………このヴィネル、一生の不覚です!」
「いえ、あの………皆さん、なんでそんなに深刻になってるんですか?確かにちょっと変ですけど、そんなに悩むようなことじゃ………」
「これだからこのお気楽天然娘は!」
「お気楽天然娘!?」
その後、意味のわからないお説教を三十分くらい受けたけど、なにがそんなに深刻な事態なのかはついぞわからなかった。
※※※
深夜一時、やっと解放されたボクは、家に帰ってきた。
「つ、疲れた………ただいま、リーン。遅くなってごめん」
もうくたくただ。主に精神的な意味で。
早くお風呂入って寝よう。
………あれ?
返事がない。
おかしいな、最近のちょっと変なリーンでも、そういう挨拶はしっかりやってたのに。
寝てる?いや、吸血鬼族のリーンは、今が一番活発に活動してる時間だ。
「リーン、いないの?」
もう一度声をかけてみるけど、やっぱり返事はない。
流石におかしい。いくら夜行性の吸血鬼とはいえ、この時間じゃ閉まってるお店も多いから、基本的にリーンは家にいるはず。
そっと家の中に入る。
中は真っ暗で、《身体強化・暗視》を使わないと見えないほどだった。
部屋にも、脱衣所にも、キッチンにも、リーンの姿はない。あとはリビングだ。
「リーン………って、いるじゃん」
普通にいた。
真っ暗な中に、赤い目を光らせて、こっちを向いていた。
「リーン、いるなら返事してよ。あと、吸血鬼だからって電気つけないのはやめてって、何度も………」
「………………」
「………リーン?」
様子がおかしい。
目は虚で、呼吸は荒い。髪もボサボサだ。
「リーン、どうしたの?何かあっ………」
「グアアアアア!!」
「なっ………なにっ!?」
近づくと、いきなりリーンがボクに襲いかかってきた!
とっさに飛び退いたけど、ギリギリ間に合わず、床に押し倒される。
振り解けない。当然だ、ここは窓の近くで、月光が差している。月の加護の使用可能圏内。
おまけに、今夜は満月の一晩前。リーンのステータスは七倍になっている。力で抑えられたら、脱出は不可能だ。
「リ、リーン!なにするの、離してっ………」
「フー………フー………フー………」
ボクの説得にも耳を貸さず、どう見ても正気を失ってるリーンは、ボクに顔を徐々に近づけて………
「ガプッ」
「ふにゃっ!?」
ボクの首筋に噛み付いた。
「んぷっ………じゅるっ………ぷあっ………あむっ………」
「ふああっ!?リ、リーン、やめっ………」
なにをされてるかは分かった。
血を吸われてる。
吸血鬼に血を吸われた者は、吸血鬼モドキと化す。
ステータスと比例して抵抗力が高いボクならそうはならないはずだし、そもそもリーンがそこまでしないはずだけど………なんかこれ、すごい変な感じ!
自分の体から、なんか大切なものが抜けていくような感覚。
そもそも、リーンはボクから………というか、ボクが知る限り、誰かの首筋に歯を立てて血を吸ったことなんか、一回もないはずなのに、なんでこんなことになってんの?
「ちゅる………んむ………けほっ、けほっ………はむっ」
「ひゃああっ!?」
だ、だめだ、変になってなにも考えられない!
血が抜けていくのと同時に、力とか思考力とか、そういうのも全部吸い取られていくような錯覚を覚える。
剣はあるけど、リーンに向けるわけにはいかないし、そもそも体を振り解けないし………。
あ、だめだこれ。意識が………遠のく………。
でもなんだろう………正直、悪い気分では………。
「………ぷはっ!あー生き返った!………あれ、私いつの間に家に?確か今日は、会議を終えて、ずいぶん長いことだるい体を引きずって………ん?なんか下が柔らか………ヨ、ヨミいっ!?どうしたの、しっかりして!誰がこんなことを………状況的に私だなこれっ!?とにかく、回復魔法を………」
※※※
「………ってことがあって」
「最近、妙に体が怠かったり、ヨミの首に無性に噛みつきたくなったり、自分が変だなって気づいて。それで、ヨミから距離置いてたんですよ。そしたら気づいたらなぜかこんなことになってて」
その日の昼間、魔王の間でことのあらましを話すと、
「………なるほど。リーン、主は吸血衝動を起こしていたのじゃ」
「「吸血衝動?」」
魔王様はため息をついてそう言った。
「リーン。主、ここ最近血を飲んでなかったじゃろう」
「あ、はい。いつもはパック届けてくれる業者さんが三日くらい前に事故ったらしくて、まあ三日くらいいいかなって思って、そのまま………」
「それじゃ」
魔王様の話によると。
吸血鬼にとって、血というのは究極の食品らしい。
栄養はこれ以上ないほどに詰まっていて、血液型が希少であれば希少であるほど、血の持ち主が強ければ強いほど、血は美味しい。でも、最下級のものでも、普通に美味しく感じる。
どんな状況下でも、血さえあれば生活出来るし、戦える。
けど、唯一の問題が、吸血衝動。
吸血鬼にとっての血は、ドワーフにとってのお酒みたいなもので、定期的に摂取しないと、禁断症状にも似た衝動が起こるんだって。
末期になると、今日のリーンみたいに、誰彼構わず襲って、血を貪るようになっちゃうとか。
「まあ、普段であれば問題ないのじゃ。吸血鬼は普通、血を一日一回は絶対に飲む。これは本能のようなものじゃからな。故に、吸血鬼の間でもこのことを知る者は少なかった。じゃが、今回のリーンのように摂取を怠ると………」
「暴走しちゃうってわけですか」
「………マジでごめん、ヨミ」
珍しくへこんだリーン。ショボーンってしてて可愛いな。
「別にいいんだよ。リーンになにもなくてよかった」
そう答えると、リーンは顔をパアッと輝かせた。
うん、やっぱりリーンはこうでなくちゃ。
「これからは、血を飲むことを怠るなよ。またこんなことになったら、今度はヨミだけじゃなく、周りにも被害が出かねん。………わかったら行っていいぞ」
「わかりました!ヨミ、帰ろ!」
よかった、すっかり元のリーンだ。
ボクの腕に自分の腕絡ませて胸押し付ける癖も元に戻ったみたい。
「ふふふ………今日からまた、着替えの手伝いしたげるからね!お風呂も一緒に入るし一緒に寝るし胸も揉むから!ちゃんと元に戻るから安心してね!」
「………あやつ、元に戻らない方がよかったのではないか?」