【episodeZero】取引
.......取引?
「はい。話だけでも聞いていただけると嬉しいのですが」
.......内容によります。
「では、まずは私の要求から。.......フィリス・ブラッドロード。あなたには、私の眷属として、『魔王』になってもらいたいのです」
魔王?
聞きなれない言葉だ。
「魔王とは、文字通り魔の王。この世界において、その属性が悪属性に偏っている種族、つまり魔族をまとめる王です」
.......はあ?
なんでそんなものに、私がならなきゃならないのですか。
「順を追って話しましょう。元々この世界には、三柱の女神がいました。人間を統括するミザリー、魔族を統括する私、そして人間ではないけど善属性の種族.......俗に言う亜人族を統括する女神も、かつてはいたのです」
.......そんな話、聞いたことがなかった。
私が生きる世界では、神は二柱しか知られていない。
「そうでしょうね、彼女の記憶は全ての生命から消えていますから。亜人族を自らの統治に入れようと目論んだミザリーの姑息な計略に嵌ってしまったその女神は、この世界から追放されてしまっています。まあ、亜人族の統治権は、ミザリーが油断した隙に私が掠めとってやったんですけどね」
.......へえ。
それで?私が魔王とやらにならねばならない理由は?
「ミザリーは、私を計略で潰せないと悟ったのか、強硬手段に出ました。魔族を絶滅させるという方法です。統治する種族が一人もいなくなった神は、その世界からは消滅しますから。ですから、あなたには魔王となり、魔族や亜人族を率いて、それを止めて貰いたいのですよ」
なんで私なのですか。
他にもいくらでも相応しいものはいるでしょう。
「いないからあなたに話しているのではありませんか。『魔王』とは、魔族の中でも数百年に一人持ちうるかどうかというほどに希少な『魔王の素質』が無いとなれません。ですが、あなたはその素質を持っているのですよ」
ああ、なるほど。
誰でもなれるというわけではないのか。
「私がミザリーをこの世界から神のやり方で追放する.......そうですね、年数にして二、三千年でしょうか。その間、あなたには人間の侵攻を食い止め、人間と他種族のバランスを保って欲しいのです。これが私の要求です」
要するに、二、三千年もの間、私に忌々しい戦争を続けろと。
そこまで恐ろしい要求をしてくるなら、当然、それ相応の対価があるのでしょうね?
「無論です。何しろ、恐ろしく難易度が高く、過酷なお願いをしていますからね。前払いと後払いに分けて、きっちり対価はお支払いしますよ」
後払いって.......二千年後なんて、いくら吸血鬼でも死んでいるでしょう。
「ああ、その点はご安心を。取引成立の暁には、あなたには不老の存在となってもらいますから」
そ、そうですか.......。
まあ、取引と言うからには、私が納得するだけの対価が用意されていないと話にならない。
だが、私が金銭で動くことは無いことくらい、イスズ様も分かっているはず。
「前払いと後払い、どっちが先に聞きたいですか?」
.......別にどっちでも良いですよ。
「そうですか?.......んー、じゃあ後払いからいきましょうか」
はあ.............これでくだらない対価だったら、即却下して肉体に戻って自決を.............
「もしあなたが、私がミザリーを追放するまでの時間を稼ぐことが出来たのなら。その時はリンカを生き返らせてあげましょう」
...................................................................は?
※※※
自分の手が震えるのが分かる。
生気を失った自分の心が、一気に活性化する感覚すらした。
聞き間違い.......では、ないよな?
あの、もう一度.......
「ですから、リンカを生き返らせてあげます」
「ほ.......本当に!?本当に、リンカを!?」
「あっと、一応神の領域なので、極力声を出すのは控えてください。マナーです」
慌てて口を噤んだが、体から沸き立つ興奮は抑えられなかった。
リ、リンカが.......生き返る?
「申し訳ないのですが、今すぐには無理です。神の地上に対する過度な干渉は神界で禁じられていますから、今そんなことをしたら、私はその行為をミザリーに勘づかれ、上に報告され、世界追放、ミザリーがこの世界の唯一神になり.......あとは分かりますね?」
考えうる限り最悪の未来だ。
「ですが、ミザリーを消した後であれば、一人甦らせるくらいであればコソッと出来ます。それで、リンカを再びこの世に呼び戻しましょう」
三千年。
たったの三千年耐えるだけで、リンカが戻ってくる。
「これが後払い。あなたへの『成功報酬』です。で、前払いなのですが」
正直.......後払いだけでも、この話を受ける価値はある。
リンカが生き返るというのは、それだけで、私にとって最も価値のあることだ。
「まあ、前払いといっても、こちらも数百年ほどかかってしまうのですが。神の特権の裏技を使います」
神の特権の裏技?
「神の最も大切な仕事とは、生命を生み出し、運営することです。世界を統治するに当たって、一番始めにすることが、新たな命を作り出す作業です。私の場合はまず魔人族を生み出し、それから悪魔族やダークエルフ族、それに吸血鬼族などを生み出しました。この一連の『命を作る』という力が、神の特権の一つです。これを応用します」
話が見えてこない。
その特権が、どう私にとって得になるんです?
「本来、命は無闇に作っていいものではありません。世界を任された際、その序盤でしか、多くの命を作ることは許されていません。しかし、種族が絶滅の危機に瀕した際、その種を残すための緊急措置として、少ない数であれば生み出すことが特例で認められています。『同種族の二人の魂、及び遺伝子の情報を混合させる』という方法でならば」
.......??
ますます分からないぞ。なんで私は、神の世界運営の話を聞いているんだ?
「分かりませんか?『魂を混合させる』というのは、その二人の遺伝子情報を分割し、一人の生き物を生み出すということ。.......その二人の子供と言える存在なのですよ」
――――っ!?
ま、待って欲しい。
それは.......つまり.......
「あなたとリンカの魂情報、遺伝子情報を混合させ、お二人の子供を作り出すことも可能、という話です」
.............なん、だって。
私とリンカは、同性だ。
この世界の魔法でも、同性で子を授かる魔法は存在しない。
だが、それなら.......!
「悪い話ではないはずです。自分とリンカの子孫を授かることが出来て、しかも上手く行けばリンカも取り戻せる。その代わり、私の眷属として『魔王』となり、種族のバランスを三千年もの長い間保つ義務を負う。.......どうでしょうか」
勿論、私の心は決まっている。
三千年?リンカと再び会える可能性があるなら、その程度の年数、余裕だ。
「答えを聞かせて貰えますか?」
私は――――