【episodeZero】許せない者
私は再び、エルフの村にある樹城に転移した。
頭の中はグチャグチャで、これが現実なのかも、よく分からなくなっていた。
「フィリス、どこに行ってた.............どうしたの、その血!?」
「.......全部、返り血だ.............私に傷は無い.............」
「え?.......もしかして、街を襲ったっていう、騎士団を.......」
「皆殺しにした。一匹残らず。.......街の住民は.......まあ、結構な数、助けられたよ」
それでも、生き残ったのは街の人口の一割にも満たない。
死んだ中には.......あの、ディーシェとネイルもいた。
まるで、ネイルがディーシェを庇うように、折り重なって、二人は息絶えていた。
「すまない、フラン.......リンカの所まで、連れて行ってくれないか.............」
「.......分かったよ」
フランは、あの明るい、自由奔放な様子を一切見せずに、私に肩を貸して、リンカの元まで案内してくれた。
リンカは、樹城にある安置室にいた。
そして、その近くには.......
「フィリス君.............」
「フィリス、様.............」
「エルフ王.......それにティアナか。大きくなったな.......」
「いえ.......その、あの.......」
ティアナは、何を言っていいのか分からないようだ。
それはそうだろうな。私も、立場が逆ならそうなるかもしれない。
「リンカ.......ははは.......目を覚まさなくても、綺麗な顔してるな.............」
もう、二度と目を覚まさない、世界で一番愛しい妻の顔を.......私は暫く、見つめ続けた。
※※※
「私とリンカな.......あの後、結婚したんだよ」
「.......え?」
私は、自分でもよく分からずに、フランと分かれてからの事を語った。理由は不明瞭だ。
ただなんとなく、フランには知っていて欲しかった。
「リンカから告白されて.......初めて、自分の気持ちに気づいた。ただの幼なじみだと思っていた、旅についてくるとも思ってなかったリンカは、いつの間にか私にとって、最も大切な存在となっていた。大好きだった。愛してた。.......その時に誓ったんだ。何があってもリンカを守ると」
エルフの王族、その三人は、何も言わずに、私の話を聞いてくれた。
「けど、見てくれ。.......このザマだ。あの日.......リンカが誘拐されたあの日。二度とリンカから離れないと、もうリンカを、怖い目に遭わせないと、心に誓ったのに.......その誓いを忘れて、私はリンカから目を離した。それがこの結果だ」
「フィリス、それは.......!」
「私のせいじゃない、か?.......違うな。これは私のせいだ。自分の力に自惚れていた時から、私は何も変わっていなかった。心のどこかで、自分ならどんな状況でもリンカを守れると.......そう、錯覚していたんだ」
私は、もう動かない、リンカの顔を撫でた。
「ごめん、リンカ。愚かでごめん。約束を守れないどうしようもない私が、伴侶で.......ごめんな.......」
そして私は、
「約束は守れなかったけど.......でも、お前を殺した者への復讐は、ちゃんと最後まで果たすから.......」
右手に力をこめて、
「お前を直接殺した男は始末した。お前の死の原因となった騎士団は皆殺しにした。.......これで最後だ」
「.......フィリス?.............まさかっ!?フィリス、待っ.......」
自分の心臓に、突き刺した。
私の、最後の復讐目標。最も許せない者。
それは。
リンカとの約束を破り、守ることが出来なかった.......自分だ。
※※※
.......ここは、どこだ。
妙な気分だ。浮いているような、どこまでも沈んでいくような。
ここは一体.......
「ここは神の領域です。漸く会えましたね、フィリス」
こちらに歩いてきたのは、人間のように見える.......だが、凄まじい力を感じる、黒髪の美女。
.......神の領域、だと?ということは.......こいつが女神ミザリーか?
「.......私をあんなアバズレ女神と一緒にしないで貰えますかね?故意でなくとも不快なんですが」
.......心を読むか。どうやら、神であることは間違いなさそうだ。
しかし、女神ミザリーじゃないということは、つまり.......
「はい、お察しの通りです。私はイスズ。死と憤怒を司る、魔族の神です」
やはり。
申し訳ない、最悪な間違いをしてしまった。
「構いませんよ。.......いきなり意識に干渉して、さぞ驚いたでしょう。こちらこそ謝罪しなければ」
それこそ謝罪の必要は無いでしょう、私は死んだのだから。
死者の目の前に神が現れるなど、物語では定番ではないですか。
「.......死んだ、ですか」
ええ。
.......イスズ様、一つ、叶うのならば願いを聞いてもらいたい。
「なんでしょうか」
.......どうか一度だけで良いから、リンカに会いたい。
「申し訳ありませんが.......それは出来ません」
.............そうですか。
せめて.......一言だけでも、謝りたかったのに。
「死者と生者の対話は、絶対にさせてはならない。神の掟の一つですから」
.............ん?
いや待って貰いたい。
私たちは、お互いに死んでいるのだから.......別に良いのでは?
「いいえ。.......あなたは、死んでいません」
.............なんだと?
そんなはずは無い。たしかに私は、自分の心臓を.......
「ええ、あなたは自分の心臓を貫きました。.......ですが、あなたの手が完全に心臓を貫通するより一瞬早く、フランがあなたの右手を魔法で切り落としました。おかげであなたは即死せず、一命を取りとめ.......現在、フランがあなたの肉体の修復を行っています」
.......あのバカ娘、余計なことをっ.......!!
「いいえ。フランはファインプレーと言うべきでしょう。あなたが死んだら.......この世界は、崩壊していたかもしれませんから」
.............どういう、ことですか。
「あなたには、それだけの才能があるということです。あなたも知っての通り、現在この世界は、女神ミザリーとその崇拝者たる人間によって、おかしな方向に向かおうとしています。.......ですが、あなたにはその流れを止める力がある」
.......どうでもいい。
そんな才能、必要無い。
私にどんな才能があろうと.......リンカを守れなかった。その結果として、リンカは死んだ。それに変わりはない。
リンカが、私の全てだった。
リンカと平和に暮らして行ければ、それでよかった。
「『しかし、自分は吸血鬼の里には帰らず、混在街に住んだ。それは、まだ私が自分のかつての夢を諦めていなかったからだ。色々な種族を見て、好奇心を満たしたい。.......その自分勝手な気持ちが、リンカを殺した』.......ですか」
.......なんでもお見通しですね。
「神ですから。.......たしかに、あなたはリンカを守れなかった。それは覆しようのない『過去』であり、あなたのこれからにおいて、永遠に付き纏うことになるでしょうね」
ははは.......これからなんてありませんよ。
意識が戻ったら、今度こそちゃんと死にます。
今度は、フランでもどうしようもない方法で。
「話を最後まで聞きなさい。.......永遠に付き合うことになる『過去』。しかし、それを糧とし、『未来』を良くすることは出来ます」
.......何が言いたいのか、結論を言って貰えませんか。
「分かりました。.......フィリス・ブラッドロード。私と取引をしましょう」
ここで、鬱展開は一段落です.......!
明日からは、今まで通り15時に投稿します。