【episodeZero】勇者
鬱展開を長引かせたくないので、主要なところは今日で終わらせます。
この後、18時、21時に一話ずつ投稿するので、ご了承ください。
その日、私は街の外にいた。
混在街の周辺に、かなりの数の魔獣が目撃されたという情報を聞きつけ、十数人の冒険者仲間と狩りに行っていた。
魔獣は拍子抜けするほど弱く、これは笑い話だなと皆で話し合っている時。
妙な胸騒ぎを感じた。
まるで、誰かが。.......というより、リンカが、助けを求めているような、そんな感覚。
それを伝えて、皆と共に街へ戻ると。
「.......なんだよ、これ」
そこには地獄が拡がっていた。
街の外には、無数の人影が隊列を組み、中からはあちこちから火が出て、住民が逃げ惑っていた。
吸血鬼の視覚が、その中で住民を追い回している者たちと、外で逃げてきた住民を切り捨てている影の正体を捉えた。
「人間.......!?」
間違いない。
特徴がないのが特徴、吸血鬼から赤い目と八重歯を取ったようなその出で立ち。
しかも、あの鎧.......三日前に、ネイルを連れ去った連中と同じものだ。
今思えば、アイツらは先遣隊のようなものだったのかもしれない。
「お、おい.......やべえぞ!街が人間に!!」
「クソっ、中には妻と息子がっ.......」
「仲間を助けなきゃ.......中の戦士も皆応戦してる!わたしたちも行くよ!!」
その声に仲間は沸き立ち、街の正門へと突っ込んで行った。
「外にいた魔族や亜人族共だ!!」
「邪神崇拝者の人間もいるぞ!」
「総員、構え!!ヤツらを、ミザリー様の名のもとに裁くのだ!!」
ふざけた声と同時に、こちらに一斉に魔法が降り掛かってくるが、街の精鋭ともいえるここにいる者たちには通じない。
「リンカ......!」
「フィリス!!お前はなんとかして中に入って、住民を助けてやってくれ!!」
「言われずともそのつもりだ!」
リンカ、無事でいてくれ.......!
※※※
人間の包囲網を掻い潜り、街の中に入ると、そこはほとんど火の海と化していた。
逃げる住民、嬉嬉としてそれを追いかける人間。
近くには、いくつもの死体が転がっていて、その中には人間のものもあった。
街を襲った者共のものも多いが、チラホラと、この街に住む、イスズ様を崇拝するマトモな人間のものもある。
「きゃあああ!」
「死ね、邪神に取り憑かれた愚か者めが!」
「愚か者はお前らだ、このクズ共!」
「げばっ!?」
一切遠慮のない蹴りを食らわせると、住民を追っていた男は吹き飛び、動かなくなった。
「フィリスさん.......ありがとうございます!」
「怪我は無いな?どこかに身を潜めていろ!」
「はい!」
リンカは.......リンカは何処だ!?
自分の家に行ってみたが、いなかった。
というか、私の家は完全に燃え尽き、見る影もない状態になっていた。
「ああ、くそっ.......リンカを保護したら、アイツら全員八つ裂きにしてやるからな!!」
昨日まで平和だった街を、こんなにしやがって.......
―――ドゴオオオオオオオオオン!!!
「今の音は.......街の広場か?」
街の中心の大広場の辺りから、大規模な爆発音がした。
.......街の中心はいざという時の避難場にもなっている。
「まずい.......!?」
リンカももしかしたら、あそこにいるかもしれない。
だとしたら.......!
自分が出せる限りの最大速で街を走り抜け、広場に向かった。
その被害は、私が通ってきた住宅街とは比べ物にならなかった。
中心にあった噴水は完全に吹き飛び、何かが飛来したかのようにクレーター状になっている。
そしてその周辺には、飛来物の衝撃に巻き込まれたのであろう、街の住民たちの無惨な姿が無数に拡がっていた。
「リンカ、何処にいる!?返事をしてくれ!!リンカ!!」
「.......フィリス、さん?」
「誰っ.......ネイル!無事か!?」
「なんとか.......。でも、ディーシェがどこかに.......探しに行かないと.......」
「すまない、私も探してやりたいが、リンカが見つからないんだ.......どこかで見てないか!?」
「と、途中まで一緒でした.......だけど、変なのが上から降ってきて.......その衝撃で、皆バラバラに.......」
「わかった.......お前はディーシェを探してくれ。《中級治癒》!.......すまない、私は回復魔法が苦手で.......これが最上なんだ」
「いえ、十分です.......!すみません、ディーシェと一緒に、リンカさんも探しますから!」
「私もディーシェを見つけたら、お前のところに連れて行く!頼んだぞ!!」
ネイルと別れ、再びリンカの捜索にあたる。
「リンカ!頼む、返事をっ.......」
そう叫んだ直後。
私は、クレーターの近くで動く人影を見た。
だが、土煙で正確には見えない。
「なんだ.......?」
「新たな魔族を発見.......これより排除する」
そんな声が聞こえてきた。
直後、土煙が晴れ、そいつの姿が明らかになった。
人間だ。二十代半ばくらいの容姿の男。
右手には剣を持ち、左手では何かを引きずっている。
その『何か』を目を凝らして見た。
刹那、私は自分でも驚くほどの怒りを抑えきれず、男に飛びかかった。
「貴様っ.......その手を離せえええええ!!!」
「むっ.......!?」
首を狙った私の攻撃はギリギリで躱されたが、男は左手を離した。
それが落ちる前に、私は手を出して、それを受け止めた。
「リンカ!!しっかりしろ.......リンカ!!」
男が掴んでいたのは.......リンカだった。
リンカを揺り動かすが、動く気配がない。
何かされたのかと体を見て.......気づいてしまった。
リンカの体に、穴が空いていることに。
「あ、ああ.......リンカ!リンカっ.......《中級治癒》!!」
魔力に糸目をつけず、強引に効果を引き上げる!
これならっ.......!
「.......傷がふさがらない.......何故だ、何故!!リンカ、目を覚ませ!!」
「.............フィリス、ちゃん.......?」
「リンカ!もう少し持ちこたえてくれ、今から神官のところに.......!」
「フィリス、ちゃん.............ごめん、ね.......?」
「なんで謝るんだ、お前が謝ることなんて何も無い!頼む、少しだけ.......もう少しだけ、持ちこたえて.......」
「ごめんね.......ずっと、一緒にって.......言ったの、に.......」
「何を言ってる、お前はまだ助かる!!そんなことを言うな!!」
くそ、なんで傷がふさがらないんだ!
さっきからずっと、回復魔法をかけ続けているのに.......
「フィリス.......ちゃん.............だいすき.......」
「ああ、私もだ!だから助ける!!絶対に..........................リンカ?」
.......どうした、なんで答えない。
なんで、鼓動の音が聞こえない?なんで、息をしていない?なんで.......脈が無い?
「リンカ.......?おい、リンカ?わ、私をからかってるんだよな?そうだよな?.......いつものイタズラだろ?分かってるぞ。おいおい、これはさすがに笑えないぞ?今なら怒らないから、目を開けろ。.............リンカ、どうした?目を開けてくれ。...................リンカ?」
その後、いくら揺さぶっても.......リンカは目を開けなかった。
※※※
「.......回復魔法など効かぬ。この『魔剣ディアス』は、あらゆる回復効果を阻害するチカラを持つ。それにその吸血鬼はもう死んでいる。いくら揺さぶろうとも無意味だ」
「リンカ.......リンカ.......どうしたんだ、リンカ.............何故だ.......何故.......」
「.......聞こえてもいないか。この程度で動揺するとは、所詮魔族か」
「だな安心しろ。この俺.......『勇者』ヴィランが、その吸血鬼に再び会わせてやる。.......地獄でな!」
『魔剣ディアス』.......おそらく神器が、振り下ろされた。
「.......なに?」
だがその剣が、何かを斬ることは無かった。
リンカを、私から奪った.............この男だけは.............命にかえても.......
「...................コロス」
「.......やってみろ」
※※※
「ぐあああああ!!!」
『勇者』とかいう、聞き覚えのない単語を喚き散らし、リンカを、殺した男。
その男との戦いは.......私が圧倒していた。
「こ、こいつ.......なんて強さ.......!?」
「...................」
正確には、最初の三分は、こいつの方が強かった。
『魔剣ディアス』という剣を巧みに操り、私に迫ってきた。
だが、その劣勢は容易に覆った。
答えは簡単.......日の入りによって、月の加護が発動したからだ。
月の満ち欠けによって身体能力が増す吸血鬼族。しかも今宵は満月だった。
本来、満月の夜の加護には個人差があり、大抵は基礎ステータスが十倍前後に跳ね上がる。
それに対して、私の強化率は―――二十五倍。
加護無しの状態ですら、善戦程度は出来ていた私の力が、二十五倍に引き伸ばされた。
もはや、男に勝機は無い。
「ぐっ.......ここは撤退するしか.......」
ニ ガ サ ナ イ 。
「...................コロス」
「!?いつの間に.............ぐあああああっ!?」
脚部をへし折った。
これで逃げられないはずだ。
転移魔法を使う素振りを見せないから、使えないのだろう。
「くそっ.......せめて、一匹は道連れに.......ごぶぁっ!?」
動けなくなった男を.......私は殴った。
「あぐぁっ.......げぶうぃっ!?.......も、もうやめ.......」
「...................」
殴った。
殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って、殴って。
やがて正気に戻ると.......男は既に、原型を留めていなかった。
次は18時。