【episodeZero】教会騎士団
私とリンカがいつものように朝食をとっていると、扉が壊れるかと思うほどの勢いでノックされた。
「な、なんだ?誰だ?」
「フィリスさん、リンカさん、私です!ディーシェです!!」
「ディーシェちゃん?こんな遅くに.......あ、他種族は今くらいに起きるのか」
「そうだな。待て、今開ける」
扉を破壊される前に開くと、焦った様子の栗色の髪の少女がいた。
ディーシェは混在街に住む、十五歳の人間だ。
『メルクリウス聖神国』とかいう、人間の大国の属国の生まれだが、数年前に魔族に命を救われ、それ以来、魔族や亜人族を見下す女神ミザリーの教義に疑問を持ったが、それが親にバレて、なんと実の親に殺されそうになったらしい。
それで、逃げて逃げて、途方に暮れている時、今度は亜人族に拾われて、この街に案内されたそうだ。
だが、人間は目立った種族固有の能力が無い種族。結構ピンチに陥ることが多いため、数年前からよく私は助けてやっいて、それでかなり懐かれている。
「どうした、騒々しい。扉に穴が空くかと思ったぞ」
「すみません、緊急事態だったもので.......!大変なんです!ネイルがっ.......ネイルが、帰ってこないんです!」
「ネイルが?いつからだ」
「昨日の夜、夜にしか効果が出ない薬草を採取するって言って、家を出たきり.......朝起きても、どこにも居なくて.......」
その薬草、フランと初めて会った時に私たちが採取してたやつか?.......いや、それはどうでもいいか。
ネイルはディーシェの同居人で、獣人族の少女だ。
ディーシェをこの街に案内したのもネイルで、二人は昔から仲がいい。
「リンカ、すまない。ちょっと行ってくる。お前は、出来れば街中を探してみてくれないか。実はもう戻っていて、買い物をしていたりするだけかもしれないからな」
「分かったよ。いってらっしゃい、フィリスちゃん」
手を振って見送るリンカ。可愛いな。
いやそうじゃない。
「さて、行くぞ。まずはその薬草のある場所に向かうか」
「は、はい!.......すみません、私一人じゃ不安で.......」
「気にするな、それよりも早く!」
「わかりました!」
※※※
「.......いないな」
「ネイル.......どこ行ったのぉ.......?」
何処を探しても、ネイルは見つからなかった。
いや、正確には匂いは残っているのだが、途中で途切れているのだ。
これは.......
「.......まさか、誰かに連れ去られたか?」
「えっ.......?ネイルが!?」
「ああ。ありそうな話ではある。昨夜は無風だったから、意図的でないと、匂いを絶つことなど出来ないからな」
「そ、そんなあ.......!」
「慌てるな。ここに残っている匂いはかなり強い。遠くには行っていないはずだ」
私は探知魔法を発動して、ネイルの居場所を探った。
「.......ダメだ、探知範囲内にはいない.......どうすれば.......」
「《付与・効果範囲拡大》!」
「うおっ!?ディーシェ、お前付与魔法なんて使えたのか!?」
「はい!付与魔法、結界魔法、回復魔法は多少得意です!」
「ということはお前、もしかして『大神官』か.......?凄いな、その歳でこの域とは.......」
ディーシェ.......こいつも『天才』の部類なのかもな。
「さて、探知.............いたぞ!」
「本当ですか!?」
いた.......が、まずいな。かなり弱っている。
しかも、周りに複数の反応がある。これは.......人間のものだ。
「どうやら、人間に連れ去られかけているようだ!」
「す、すぐに追わないと.......」
「ああ。この距離なら、私の速度なら三分で着く。ディーシェ、掴まれ」
「え?掴まれって.......こうですか?..........きゃあああっ!?」
私はディーシェをおんぶして、一気に走った。
暫くすると、ジャンプした下に、何人かの人間と、縄で縛られた猫の獣人が見えた。
あれだ。
「.......止まってもらおうか」
「なんだ、貴様ら!」
「我々を、メルクリウス聖神国の教会騎士団と知っての狼藉か!?」
聖神国だと?
人間の中で頭角を現している、ミザリー教の総本山か。
「その真ん中にいる獣人は、この後ろの娘の連れだ。返してもらうぞ」
「ネイル!」
「ディーシェ!?それにフィリスさんまで.......」
私の言葉に、教会騎士団とやらは憤怒の形相を作った。
「おい、後ろの貴様.......人間だな?人間に生まれながら、吸血鬼族などの力を借り、獣人族を助けようというのか?」
「種族とか、関係ない!ネイルは私の友達!返して!」
「.......この娘、邪神崇拝者だ!始末せよ!」
「「「はっ!」」」
あ、私の言葉に怒ったのではなかったのか。
吸血鬼族である私も許せないが、それ以上に、私やネイルと仲良くしているディーシェが許せないんだな。
本当に、人間とは、一部を除いて愚かな種族だ。
「まずはネイルを助けないとな。.......ほっ」
「え?.......へえっ!?」
私の速度なら、この場の誰にも知覚されない速度で動いて、ネイルを助け出せる。
だから、超スピードでネイルを助けて、ディーシェに寄越した。
「ほら。もう捕まるなよ」
「ああ.......ネイル、良かった.......!」
「ありがとうございます、フィリスさん.......ディーシェ、心配かけてごめん」
一方、せっかく捕まえた獣人を奪われた人間は随分と放心した後、怒りの表情を見せた。
「貴様.......吸血鬼如きが!」
「八つ裂きにしてやる!!」
「.......騎士団のセリフでは無いな」
少なくとも、私が見てきたエルフや竜人の騎士団は、この百倍は品があった。
「死ねええ!!」
「遅い」
「ぎゃばあっ!?」
弱すぎたので、なんの手こずりもなく、私は五秒で全員倒した。
※※※
「本当にありがとうございました、フィリスさん。あのままではどうなっていたか.......」
「礼ならディーシェに言え。私に力を借りに来たのも、私の探知魔法を強化してくれたのもそいつだ」
街に戻り、ディーシェとネイルを送った後、私は家に戻った。
「帰ったぞ、リンカ。すまない、遅くなった」
「おかえりぃ.......」
「.......おい、こんな所で寝るな」
「だぁってぇ.......フィリスちゃん、遅くて.......」
まあ、現在は正午。レベル二十五、睡眠耐性も低いリンカには厳しい時間だな。
「悪かったな。ほら、ベッド行くぞ」
「やあん.......フィリスちゃん、積極的ぃ.......」
「そういう意味じゃない。アホなこと抜かしてないで、早く寝ろ。私を待っててくれたのは嬉しいが、ちゃんと体に気をつけろ」
「えへへぇ.......ありがとう、フィリスちゃん.......」
もう半分寝てるな、こいつ。
取り敢えずベッドに連れて行って、布団に入れると、すぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。
「.......リンカ、寝たか?」
「.............」
ぐっすりだな。
「.......好きだぞ、リンカ。お前がいてくれて良かった」
いつもは恥ずかしくて言えない言葉だが、こいつが聞いてないこんな時なら、まあギリギリ言える。
「えへへぇ.......私もだよぉ.......」
「お前起きてるな!?おい、今のは忘れろ!」
「やだぁ、忘れなぁい」
「ああくそ、この腹黒娘め!」
私がとりあえず布団を引き剥がそうと掛け布団に手をかけると、だがリンカは抵抗しなかった。
.......今度はどうやら本当に寝たようだ。
その寝顔を見ていると、なんだか恥ずかしさや怒りも萎んでくる。
「はあ、まったく.......」
布団を直して、私もリンカの隣に潜り込んだ。
まあ、まだあまり眠くはなかったが、リンカの傍にいれば、安心して眠くなるだろう。
「おやすみ、リンカ」
「.............」
暫くして、私は眠りに落ちた。
私の目の前で寝息を立てるリンカに癒され、こんな時が永遠に続いて欲しいと、そう願いながら。
この、僅か三日後だった。
リンカが、死んだのは。
※しばらくぶりの鬱展開があります。
お気をつけて。




