【episodeZero】定住
過去編で本編より百合百合してるってどーなの。
『混在街ミクス』という街がある。
平たく言えば、『人間を含めたあらゆる種族が住む街』。
勿論、この街の住民は魔族や亜人族に対する偏見を持たない、イスズ様を信仰する平穏な者たちだ。
エルフ、獣人、ドワーフ、魔人、悪魔、おおよそこの世界に存在する種族の、実に八割がこの街には住んでいる。
かつて存在したという神器を生み出した大国は、あらゆる種族が統一された国だったと言うが、この街はまさに、その縮図と言えるだろう。
そして最近.......といっても結構前だが、この街に、一組の新婚が引っ越してきた。
この街には元々いなかった、吸血鬼族。魔族の中でも極めて珍しい種族だ。
.......まあ、私とリンカのことなのだが。
※※※
混在街ミクスの住宅街、そこにポツンと建つ小さな一軒家が、現在の私とリンカの住まいだ。
「ふあ.......おはよう、リンカ.......」
「おはよー、フィリスちゃん。もう八時だよ?大丈夫?」
「問題ない.......今日は、仕事ない.......」
当然だが、八時は『午後』八時だ。吸血鬼だからな。
「夜ご飯食べる?」
「あー.......いや、血だけでいい。体だるいし.......」
「昼間は楽しかったね♡」
「.......言うな.......」
こいつ.......今日はする気無かったのに、人のベッドに蛇みたいに入ってきやがって.......!
あの日.......リンカに告白された日、その日にもう、私とリンカは、その.......結婚した。
まあ、言質取られてそのまま流された感じだったが、別にいいかと思って。
その後、旅を続け、やがてこの街に辿り着き、二人で相談して、ここに定住することにした。
思えば、私が吸血鬼の里を出た理由は、『もっと他の種族を見てみたい』という理由であり、この街ならその大半が叶うのだ。少なくとも、この街の全てを把握するまでは、ここにいてもいいだろう。
「むふふー」
「.......いきなりどうした、変なやつだな」
「だってさー、フィリスちゃんと結婚して、一緒に住むって、子供の頃からの夢だったんだもの!それが叶ってるんだなーって.......」
「.......その話、もう五百回くらい聞いたぞ」
比喩ではなく、本当に。
三日に一度は聞いている。.......ん?この計算だと、私たちが結婚してから、四年くらい経ってることになるのか。
「えー、そんなこと言わないでよー。それだけ愛されてるってことなんだよ?フィリスちゃん.......フー」
「ぴゃあああっ!?み、耳に息を吹きかけるなと、何度言えば分かる!?」
「弱いもんね♡」
「やかましいわ!.......まったく!私はちょっと散歩してくる!」
「あ、これ、携帯用の血ね」
「ありがとう!」
※※※
「まったく、リンカのやつ.......結婚してから、黒い部分を隠さないから困る.......もう少しこう.............美味いなこの血」
どこの誰のものだろうか。
獣のものではないのは確かだが。
後でリンカに聞いてみるか。
.......あれっ、私はなにか怒っていた気がするのだが.......なんだっけ?.......まあいいか。
「ふう.......ごちそうさまでした。さて、ゴミ箱はどこに.......」
「あれ?フィリスじゃん。今日は嫁と一緒じゃないの?」
「ん?.......レインか」
辺りを見渡していると、上から小さな影が降りてきた。
黄緑色の長い髪に、特徴的な蝶の羽。妖精族。
こいつはレイン・フェアリーロード。苗字が示す通り、生まれながらにして妖精族の女王。
こんな見た目だが、天候を自在に操作する能力を持つ最強の妖精。しかも私よりも遥かに歳上だ。
「久しぶりだな。最近はこの街にあまり顔を出してなかっただろう」
「妖精界の方で、ちょいとトラブルがね。エルフに力借りて事なきを得たけどさ」
エルフか。懐かしいな。あのバカ王女は元気だろうか。
「なんか、やたらと強くて血気盛んな王女がいてさ。そいつが一気に解決してくれたんだよね。代わりにうちの妖精が暫くそいつのオモチャにされたけど、まあ安い代償ね」
元気なようだ。
「で、あんたはこんな夜に.......ああ、吸血鬼族だから.......こんな早くからなんでブラブラしてんのよ。ついに嫁に愛想尽かされたの?」
「お前、口に気をつけろよ。この距離なら、お前の天候操作より、私がお前をにぎりつぶす方が早いからな」
「やれるもんならやってみなさいよ、変なことしたら、街のど真ん中でかまいたちみたいな風を起こして、あんたの嫁の服切り刻んでやるからね」
「ジョークに決まってるだろ性悪妖精、謝るからやめてください」
街中で嫁のストリップショーも勘弁だが、それ以上に、原因を作ったのが私とバレた際の説教が怖い。
「でさ。アタシ今日暇なんだけど、あんたの家でご飯食べてっていい?」
「まあ、リンカに聞いてみて、良いと言われたらいいんじゃないか?」
「分かった。.......そういやあんた、仕事は?」
「今日は無い」
現在私は、この街で冒険者をしている。
冒険者と聞こえはいいが、まあ、平たくいえば何でも屋だ。
私は強いから、魔獣退治を始めとした荒事に付き合わされることが多く、いつの間にかこの街でもトップの成績を納めているため、やたらと指名依頼が多くててんてこ舞いになるのが常なのだが、今日は珍しくオフだ。
「ふーん。じゃあ、アタシは先にあんたの家行ってるから、用済ませたら帰ってきなさいよ。あんたがいないとリンカがご飯出さないし」
「そうか。リンカに明日までには帰ると言っておいてくれ」
明日までにはとは、人間で言うところの『午後には帰る』だな。
「はいはい。じゃねー」
※※※
「ただいま」
「おかえりー、フィリスちゃん。レインちゃん来てるよ」
「知ってる。.......変なことされなかったか?」
「あんた、アタシをなんだと思ってんのよ」
全員が席につき、深夜ごはん(人間で言うところの昼ごはん)が配膳された。
「んー、美味しい。リンカはさすがね」
「えへへ、ありがとう」
「本当、フィリスにはもったいないくらいだわ。こいつ捨ててアタシのところに来ない?」
「.......おいレイン、それ以上バカなことを口走ったら、あらゆるものを犠牲にしてでも妖精界を焼きに行くからな」
「あんた、なんだかんだ言ってリンカのこと大好きよね」
「えへへぇ.......私も大好きだよ♡」
「う、うるさい!私は別に.......」
「んー?聞こえないなあ?」
「んぐっ.............まあ、嫌いでは.......」
「フィリスちゃん?ハッキリ言わないと、朝ごはんに玉ねぎ入れるよ?」
「うえっ.............分かったよ、好きだよ.......」
「はい、よろしい♪」
「.......アタシ、何を見せられてんのかしら」
食事も終わり、暫く三人で食休みをしていた。
うむ、やはりリンカのごはんは美味い。正直、胃袋をガッツリ掴まれてる感が否めないな。
とか、考えていると、
「ん.......?」
なんだか、体から異変を感じた。
なんだろう.......体が、熱い?
自覚すると症状はドンドン進み、やがて頭もクラクラしてきた。風邪.......ではないな、現在の私のレベルは81、病気に対しては高い耐性がある。時期でもないこの季節に、そう簡単に風邪など引くわけがない。
だとすればなんだ?.............待て、前にもこんなことがあったぞ。確かあれは.......
.......まさかっ!?
「リンカ、お前っ.......!?」
「.......えへへ、気づいちゃったかあ」
「お前っ.......また薬盛ったな.......!?」
「.......てへ♡」
「てへじゃない!」
「ちょっとリンカ、あんた何してんの!?.......しかも今、『また』って言った?前科があるの!?」
レベルが上がっても、毒耐性は上がっても薬剤への耐性は上がらない。
だから、飲みすぎなければ毒ではない、『そういう薬』も私には効くわけで.......
「おいレイン、お前、何とか出来ないか.......!」
「無理.......そもそも妖精族は、状態異常、病気、薬剤、そういうもの全てに完全耐性がある種族だから、そういう対策いらないのよ」
「はあ.......はあ.......はあ.......ぐぅ、この腹黒め.......まだ深夜だというのに.......」
「普通は深夜にヤるものなんだけどね。.......諦めた方が良いと思うわよ。暫くしたら効果も切れるだろうし。.......じゃあリンカ、ごちそうさま」
「うん、またねー、レインちゃん」
「待て!私を見捨てる気か、レイン!?」
「.......ゴメン」
本当に逃げやがった!
あの妖精、いつかシバいてやる!
「ふふふふ.......今日はお仕事ないんだよね.......?だから、良いじゃん.......。何も考えずに、私と遊ぼう?」
「ふー.......ふー.......ふー.......ああっ、クソ.......」
「ああ.......抵抗したいのに出来ない、顔を真っ赤にして悔しそうにしてるフィリスちゃん、可愛い.......!さ、昼間の続きしよ?」
「ま、待てリンカ.......私はあ.......うああ.......」
あー.......ダメだ、頭がいよいよ働かなくなってきた。
ああ、もういいか.......抵抗は無理そうだし.......。
「リンカ.......!」
「ふふふふ.......フィリスちゃんったら、気が早いんだから.......ベッド行こ?」
「うん.......」
※※※
目が覚めると、昼前だった。
あれからどうやら、随分寝てしまっていたようだ。
こんな時間に目が覚めてしまうとは.......。
「んぅ.......フィリスちゃあん.......えへへぇ.......」
横には、私の腕にしがみついて寝てるリンカがいる。
.......体の熱さは消えていた。
この腹黒幼なじみめ。
.......いや、まあ。こいつに魅了された私も、大抵変わり者なんだろうがな。
「.......とりあえず、薬は今のうちに見つけて処分しておこう」