【episodeZero】制裁
間に合った。
その事に私は、心の底からの深い安堵と、リンカを攫った目の前の人間に対する、深い憎悪、二つの感情に包まれた。
フランが、『転移魔法の痕を見つける』などという、私が示したなんの根拠もない仮説を立証してくれたおかげで、ここまで来ることが出来た。
いや、まさか本当に出来るとは思ってなかったのだが.......。
今はまあ、それはどうでもいい。リンカを救えたのだから、それで良い。
次は.......私から、私のリンカを拐かそうとした不届き者共に、罰を与えてやる番だ。
「あー!いた!ちょっとフィリス、転移した瞬間に走り出すとか、きょーちょーせいってものが.......ああっ、リンカ!」
「ごぶじのようでなによりです!」
「フランちゃん.......フルーレティアちゃん.......ごめんね、迷惑かけて.......」
「何言ってんの、リンカのせいじゃないから!」
そうだ、リンカに夢中で、この二人のことをすっかり忘れていた。
丁度良かった、私の蹂躙に、リンカを巻き込む訳には行かないからな。
「フラン、フルーレティア。リンカを連れて、ここから少し離れてろ。こいつらは私が片付ける」
「えっ!?ちょ、独り占めは良くないと思うんだけど!?あたしだって.............あー、りょーかい。あたしたちは下がってれば良いのね.......分かったから、そんな怖い顔しないで、ね?」
「ひぃ.......こわい.......」
.......そんなに恐ろしい顔をしていたのだろうか。
していたのだろうな。少なくとも、この天才二人が慄く程度には。
「.......いくよ、フルーレティア。リンカも。.......ありゃダメだ、ブチギレてるよ」
「わ、わかりました」
「フィリスちゃん.......気をつけてね」
言われなくても分かってるさ。
気をつけながら.......こいつらをぶっ殺す。
※※※
「.......ちぃ、作戦失敗かよ.......あのガキがいれば、二、三年は遊んで暮らせる金が手に入ったはずなのによ!」
リーダー格の男が吠えるが、私の耳には届かない。
私の心は、今、憤怒で満ちていた。
『目の前の連中を、骨も残さず皆殺しにする』。それ以外は考えられなかった。
「.......フラン・フォレスターと一緒なら勝機なんざゼロだったが.......お前一匹なら、なんとかなるかもな。この際、お前を潰してあの変態に売り飛ばすのも.............っ!?」
男が言い終わる前に、私は飛び蹴りを食らわせた.......のだが、間一髪で避けられた。
.......今のを躱すか。素人ではなさそうだな。
「ちっ、お前ら!お前らもやれ!」
「「「「「「「おう!!」」」」」」」
男の声に反応して、周りの七人も各々に武器を持つ。
だが、それがどうした。
雑魚如きが、私の邪魔をするな。
「《力場斬撃》」
純粋な力を結集した、無属性の斬撃を放つ魔法。
私が唱えたその魔法は、狙い違わず二人の人間を真っ二つにした。
「ぐぎゃっ.......!」
「げぼぁっ.......!?」
.......何気に私は、『人を殺す』という行為をしたのは初めてだった。
魔獣やら獣やらは何体も狩ってきたが、人を狩るということはした事がなかった。
だが、不思議だ。不気味な程に何も感じない。
人を殺した。それも二人も。なのに、なんの罪悪感も、達成感すら感じない。
ああ、そうか。私がこいつらを殺すのは、当然の『義務』だからかもしれない。
私のリンカを、私にとってこの世で最も大切な存在であるリンカを、怖い目に遭わせ、あまつさえあの綺麗な肌を傷つけようとした。
.......全員皆殺し程度では、腹の虫が収まらない。
少なくとも、あのリーダー格の男は、なるべく苦しんで死んでもらわなければ。
「ぐっ、やっぱり、化け物か.......!お前ら、連携をっ.......」
だから、周りの雑魚は邪魔だ。消え失せろ。
「《多重化付与・業火砲》」
一万度近い業火が、周辺全てをを包み込み、リーダー格の男以外の命を、
「ぐぎゃああああ!!」
「熱、あ、熱いよぉぉぉぉ!!!」
容易く奪いさった。
※※※
「ち、畜生.......このまま死んでたまるかあああ!!」
リーダー格の男は、私に背を向けて逃げた。
逃がすわけあるか。
リンカを怖がらせた主犯、絶対に殺す!!
「《氷槍》!」
私が放った魔法は、しかし、
「ふんっ!」
軽く体を捻った男に避けられた。
.......なんだ今のは。あの男、こちらも見ずに躱した。
「フィリスちゃん!そいつ、『天眼アルス』って神器を持ってる!!気をつけて!!」
神器だと?
あの九十九のアイテムか。その一つをこいつが?
「はっ!そういうことだ!!こいつがある限り、てめえは俺に攻撃を当てることなんて出来ねえんだよ!!」
『天眼アルス』.......文献で読んだことがあるな。
千里眼や読心眼、果てには未来視やステータスの盗み見も出来る、恐るべき神器。
なるほど、私の魔法を避けられたのは、未来視の力か。
「.......で、それがどうかしたか?」
「あ?なんだと?」
「未来が見える。心が読める。遠くがわかる。なるほど、凄まじい性能だ。.......だが、その強力な神器に対し、お前は大して強くない。宝の持ち腐れとはこの事だな」
「なんだと、てめえ.......!」
「その程度、こうすればどうにでもなる.......」
「あ?.......っ!?!?ま、待て!!」
未来視で先読みしたか。
だがもう遅い。
「《弾丸の雨》」
魔力の塊を雨のように降らす魔法が、広範囲にばらまかれた。
いくら未来が見えようが、無数の弾丸など、余程の力を持つ戦士でなければ避けられない。
そしてこの男は、その枠には入っていない。
「ぐああああああ!!!」
しばらくは避けていたが、そのうち一発、また一発と当たり.......とうとう足を貫かれ、その場に倒れ、弾丸の餌食となった。
雨が降り終わっても、男はまだ生きていた。
当然だ、生かすように手加減したのだから。
「ぐおあああ.......!て、てめえ.......!許さ.......」
「うるさい」
「ぐぎいいいいい!!」
品のない男だ。
こんなやつが、リンカの柔肌に触れたのかと思うと.......頭が爆発しそうな程に怒りが込み上げてくる。
「.......私は言ったよな。『楽に死ねると思うな』と。リンカを痛めつけようとした報い.......その体で受けろ、クズが」
「ひっ.......ま、待て.......」
「待つか。.......《激痛の波動》」
「ひぎゃあああああああ!!やめ、やめて.......やめてくれええええええ!!!」
.......私が男に死ぬことを許したのは、ここから十分後だった。
※※※
「フィリスちゃん.......!」
「リンカ!.......ああ、無事でよかった.......!悪かった、お前から目を離して!」
「ううん、フィリスちゃんは悪くないの。私が弱いから.......」
「いやいや、私が!」
「ううん、私が.......」
「.......ゆずりあいもよいですが、そろそろもどりませんか?」
フルーレティアのツッコミを受けて、私たちは正気に戻る。
「そ、そうだな。.......リンカ、もう怖い思いはさせない。安心しろ、ずっと私が守ってやる」
「っ.............そういうの、反則.......」
「ん?何か言ったか?」
「......なんでもないよ。帰ろ、みんな」
「そうだな。フラン、頼むぞ」
「もー、人遣い荒すぎだから.......まあいいけどさ。《転移》!」