【episodeZero】光
リンカ視点。
「うあっ.......!」
私が連れ込まれたのは、変な森に隠れた地下室。
竜人族の街からどのくらい遠いのかは分からないけど、転移魔法を使ってたから、きっと凄く遠いところだ。
「しばらくここにいろ」
「.......私をどうする気なの」
こういう時は『舐められたら終わりだ』って、フィリスちゃんが言ってた。
だから気丈に振る舞う。
けど、私の強がりも効かず、目の前の男は、いつの間にか仲間を七人も周りにはべらせて、下卑た笑みを浮かべた。
「まあ、ありきたりな話さ。売るんだよ、お前をな」
「.......吸血鬼族は魔族だよ?人間に売るのは無理じゃないかな」
魔族を敵視して、手当たり次第に殺せって言う人が多い人間に、吸血鬼の需要があるとは思えなかった。
「ああ、普通はそうだ。吸血鬼族なんて汚ねぇ種族、普通は処刑ゲームにくらいしか使えねえ」
凄く腹が立つ言い分だけど、我慢してここは聞いておこう。
「だがな、人間は如何せん数が多くてな。数が多いと、所謂『物好き』ってのが出てくんのさ。例えば、下等な魔族やら亜人族やらを好んで抱きたがる、変態貴族とかな」
背筋がゾッとした。
つまり私はこれから、その貴族に売られるってことなんだろうか。
「元々お前には目をつけてたんだよ。エルフの里で誘拐でもしようかと考えてる時に、お前とあの金髪のガキ吸血鬼を見た時からな。吸血鬼族は珍しい、先方も高値で買い取ってくれるはずだと思ったわけだ」
.......そんな前から。
けど、おかしい。そんな前から私たちを監視してたなら、私はともかく、フィリスちゃんが気づかないわけが無い。
「だが、厄介だったのはあの金髪だ。化け物みたいに強えじゃねえか。おまけにエルフ族最強の魔術師、フラン・フォレスターまで出てきやがった。これでも俺はS級冒険者、多少腕に覚えはあるが、さすがにあの二匹と殺り合うのはゴメンだ。だから、アイツらを別のところに誘き寄せて、その隙にお前を捕まえることにした。お前を部屋に置いていくかは賭けだったが.......いやいや、苦労したぜ」
「.......どうやって、フィリスちゃんに気付かれずに私たちの監視なんてしてたの」
「フィリス?あの金髪か?.......そりゃ簡単だ」
男はニヤニヤしたまま、自分の首筋にかかっているペンダントを私にみせてきた。
綺麗なペンダントだけど、先っちょに付いているのは目玉みたいなフォルムで、少し怖い。
「こいつは『天眼アルス』。あの『神器』の一つさ」
耳を疑った。
神器は、数千年前に栄えていた超文明大国によって作られた、恐るべき性能を持つ九十九のマジックアイテム。
たった一つ手に入れるだけで、一騎当千の力すら得られると言われる、神域の力なのだと、フィリスちゃんが教えてくれたことがあった。
「こいつの効果は、『視覚に対する絶対的なバフ』。その中には、千里眼の力も含まれている。こいつで、お前のツレの感知範囲外からずっと見てたってわけだ」
それで、フィリスちゃんやフランちゃんすら気づかなかったのか。
相手が神器を使ってくるなんて、さすがのフィリスちゃんも予測していなかっただろうな。
「さてさて.......じゃ、おしゃべりは終わりだ。ここからはお楽しみタイムだ」
「.......お楽しみ?」
私を犯そう.......って話じゃないよね。
私は魔族だから、そうしようと考える人間なんてごく少数だと思うし。
「さっき話しにでてきた変態貴族だがな。魔族を抱く趣味っつーか、正確には『ボロボロの魔族を無理やり』ってのがお好みらしくてな。つまり、ボロボロじゃねえとダメなんだわ」
「っ!.......だから、私を拷問したりして、傷物にしようってこと?」
「そういうことだ。その為にこいつらを呼んだんだよ」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、男の周りにいた七人の男が、ジリジリと近寄ってきた。
「.......こ、来ないで.......」
「ぶひゃひゃひゃ!魔族とはいえ、見た目はいいから、痛めつけんのが楽しみだぜ」
「本当にいいんすか?後でやめろってのは無しっすよ?」
「構わねえ。ただし殺すなよ?」
「やめて.......!」
そして、男たちの手が、私に伸びてきた。
汚い。嫌だ。私を好きにしていいのは、世界で一番大切な、『あの人』だけなのに。
フィリスちゃん。
私が好きで、好きで、たまらなく大好きな幼なじみ。
昔から、弱かった私を守ってくれた、大切な女の子。
里の男の子からバカにされた時は守ってくれた。
将来を期待されてたのに、早くにレベルリミッターに至ってしまった時も、ずっと傍にいて慰めてくれた。
自由奔放で、何するか分からない、そんな危ない子だけど.......それでも私は、子供の頃から、ずっとフィリスちゃんを愛してた。
でも、言えなかった。女の子同士なんて、普通じゃないって、分かってるから。
きっと言ったら、フィリスちゃんは離れてしまう。
だからせめて.......ずっとそばにいたいって、思った。
「助けて.......フィリスちゃん.......」
私の願いを踏みにじるように、男の手が私に.......
「っ!?伏せろ!!」
リーダー格、私を攫った男が叫んだ。
直後、地下室の上面が吹き飛んで、轟音と共に太陽の光が入ってきた。
「畜生、なんだ!?」
直後、上が開いた地下室に、誰かが飛び降りてきた。
太陽の光に慣れていない吸血鬼の私は、目が眩んで、影しか見えなかった。
誰か分からない人が飛び込んできたということに、私の心を一抹の不安がよぎった。
けど、それは杞憂だった。
「.......おい、貴様ら」
だって。
「貴様らか。リンカを攫ったのは」
この声を聞いただけで、私はいつだって安心出来たから。
やっぱり.......来てくれた。
「フィリスちゃん.......!」
「リンカ.......無事か」
「うん!」
「そうか。少しだけ待ってくれ、今コイツらを片付ける」
眩んだ目じゃ、今どうなっているのか、よく分からなかった。
けど、フィリスちゃんの声がするだけで、私は凄く満たされた気持ちになる。
「てめえ.......どうやってここを!」
「.......これから死ぬ貴様らに、その話は必要ないだろ」
大好きだよ、フィリスちゃん。
「貴様ら.............私のリンカを奪っておいて.............楽に死ねると思うなよ」
フィリスちゃん、凄く怒ってる。
こんなフィリスちゃんの怖い声、聞いたことがない。
.......けど、『私の』リンカって言ってくれたことに、心が跳ね上がったことは.......今は、私だけの秘密。
幼なじみ百合って、凄く良いですよね(迫真)