【episodeZero】誘拐
「おーー!ベッドふっかふかーー!!」
「.......少し落ち着けフラン」
通された部屋は、なかなかに豪勢な部屋だった。
一応仮にも王族であるフランが、ベッドダイブする程度には良い部屋だ。いや、こいつは元々こういうやつなだけか。
「あ、あはは.......えっと、フルーレティアちゃん。ありがとうね、案内してくれて」
「いえ、これがワタクシのしごとですから。しつれいします」
「あ、待って!.......これ、私が作ったお菓子なんだけど、食べる?」
「!.......い、いえ、しょくむちゅうですので.............うう.......でも.......い、いただきます」
顔を赤らめながらも、香りに勝てなかったのか、リンカが作ったケーキを口にする、フルーレティアという竜人族の天才幼女。
ハムスターみたいに食ってるな。不覚にも少し可愛いとか思ってしまった。
「.......なあ、お前、その歳で騎士団入りしているということは、上位竜人なのか?」
「モグモグ.......そうです、ワタクシは.......モグモグ、じょういモグモグ、りゅうじんぞくなのモグモグ」
「いやいい、食い終わってから喋ってくれ」
「.......ゴクン。そうです、ワタクシはじょういりゅうじんぞくなのです。れきだいさいねんしょうって、いわれました」
「ねーねーフィリス、じょういりゅーじんぞく?って何?」
「上位竜人族は、竜人族の種族進化形態だ。竜人族は、種族進化が比較的簡単に起こる、珍しい種族でな。生まれた時は下位竜人。そこから強くなるにつれ、中位竜人、上位竜人に進化していく」
「へー、つまりその子は、そんなちっちゃいのに一番すごいとこまで進化してるんだ。凄いね!」
正確に言えば、一番ではないんだがな。
上位竜人が寿命を終える時、一定以上の強さを保持したままであれば、極稀に『古竜人』に進化することがあるらしい。
するとその者は全盛期の肉体を取り戻し、数千年の寿命を得るとか。
まあ、竜人族の歴史の中でも、片手で数えられるほどしか、その領域に到達した者はいないそうだが。
「歴代最年少で上位竜人に進化か.......竜人族の九割が中位竜人で生涯を終えると言われているのに、なかなか大したものだな」
「それほどでも。えっと.......ちちうえやははうえ、ほかのみなさんが、わたしのためにじんりょくしてくださったおかげです」
「.......おい、なんか棒読みだったぞ今。言わされてる感があったぞ今。『こう言われたらこう言え』みたいなカンペがあるんだろ」
「.......きのせいです」
「フラン、リンカ、今の聞いてどう思った?」
「え、えーっと.......」
「間違いなく、何か思い出したことをそのまま口に出してる感じだったね!」
フランの言葉に、フルーレティアは顔を真っ赤にした。
.......演技力が無いの、気にしてたのか?
なんだか、からかいがいのありそうな娘だな。
もう少しイジって遊んでやろうかと思っていると、
「失礼します!!た、大変です!フルーレティア様はここにっ.......いや何をなさってるんですか!?」
その前に、一人の竜人族が、慌てたように入ってきた。
※※※
「き、緊急事態ゆえに、お客人の前で失礼致します!.......街の子供が、何者かによって誘拐されたとの情報が!!」
「ゆうかい.......!?」
休息もつかの間、竜人族の男から告げられたのは、下位竜人の子供が数人、連れ去られたという話だった。
「ゆ、誘拐って.......誰が!?」
「それが..............どうやら誘拐犯は、人間のようです」
人間。魔人族のような力も、エルフのような魔力も無く、長命種でもなく、八十年足らずで死ぬ脆弱な種族。だが.......
「.......まあ、竜人族を拐かそうと考える種族など、連中以外にいないだろうな」
「え、どーゆーこと?たまに里に人間は来るけど、結構優しい人が多いよ?」
「それは恐らく少数派.......女神イスズ様を信仰する派閥の人間だ。人間は、その九割以上が、『女神ミザリー』という、生と慈悲を司る女神を信仰している。.......その女神の教義に、『人間とは神が作りし絶対の種族であり、その他の種族は下位の存在である』みたいなのがあってな。ミザリー教の連中は、エルフや竜人といった種族始めとした他種族を見下している。.......特に、属性が悪属性に偏っている、我ら吸血鬼族や魔人族なんかは、魔獣と似たような扱いらしい」
「へー.......あ、だからパパ、『人間には気をつけろ』ってよく言ってたんだ」
エルフのような、善属性に偏りがあるが、人間ではない種族は、人間の間では『亜人族』とか呼ばれているそうだ。人間の亜種とでも言いたいんだろう。
まあ、そんなミザリー教に入らず、イスズ様を信仰し、他種族との共存を望む人間も存在するが.......既に、イスズ様は人間の間で邪神扱いをされていると聞くので、かなり淘汰されているのが現状だな。
「話を戻そう。それで、誘拐がどうとか言うのは?」
「は、はい.......街で遊んでいた五人の子供が、忽然と姿を消したそうです。そして.......付近に、その五人とは別の匂いが紛れていた、と」
「そのにおいが、にんげんのものだったということですか?」
「そうです」
竜人族の嗅覚は、獣人族に次いで世界で二番目に鋭い。情報は確かだろう。
「わかりました。ワタクシがいきます!」
「はい、竜皇様も、そのようにと.......」
「じゃ、あたしたちも行こっか!」
.......このバカエルフ娘は何を言い出すんだ。
「おいフラン、これは竜人族と人間の問題だ。私たちが首突っ込んでも、良いことなどないぞ。.......なあリンカ」
「で、でも.......子供たちは、助けなきゃ!」
お前もか.......。
「.......リンカ、よく考えろ。相手は人間だぞ?基礎ステータスの時点で竜人族に及ばない種族だ。竜人族の騎士団が動くなら事足りるだろ」
「そ、そうかも、しれないけど.......」
「でもさでもさー。子供を誘拐するってことは、ある程度計画は立ててるはずだよね?結束力が強い竜人族の子供をさらったらどうなるかなんて、あたしでも分かるし。あっちはあっちで竜人族の対策してるかもじゃん。.......でも、あたしたちはエルフと吸血鬼だから、その対策があっても抜けられるかもだよ?」
.............たしかに。
「.......フランのくせに、頭を回すとは生意気な」
「ちょっ、どういう意味!?」
「まあ、そういうことなら向かうのもやぶさかではないが.......だが、これは竜人族の問題というのも事実だろう。よそ者の私たちが首を突っ込んで良いものか?」
「そ、そうです!ワタクシたちのもんだいに、おきゃくじんをまきこむわけにはいきません!」
「あ、それは大丈夫です。その.......竜皇様が、『客人が来たがったら手伝ってもらいなさい』と」
「えっ」
「えっ」
.............あの竜皇、この伝令の男に私たちの前で説明させたのはそういう理由か!!
おかしいと思ったんだ、緊急事態とはいえ、客人の前で種族の問題について話すなど!!
こっちには、好奇心旺盛なバカと優しい善人がいるから、誘拐なんて起きたら一緒に行くと言うと予測して.......。
あいつ.......温厚なフリして随分と腹黒いじゃないか、竜皇。
.......リンカが行く気満々じゃ、私も行くしかないんだよ.......!