【番外編】バレンタインデー
リーンとヨミ、その他の皆も忘れないよう、番外編です。
これからもたまにやると思います。
「リーンさん、ヨミ。これをどうぞ」
イスズ様の眷属になって以来、やたらと増えたティータイムを今日も堪能していると、イスズ様が何かを差し出してきた。
「.......?なんですかこれ?」
「チョコです」
「チョコ?何故?」
「いえね。天照ちゃんに聞いたのですが、あの子が管理しているあっちの世界では、今日は『バレンタインデー』と言う特別な日だそうで。なんでも、親しい友人やお世話になっている人、恋人なんかに、チョコレートを渡すという、なかなかに素敵な行事らしいのですよ」
「へー!別の世界には、そんなに楽しそうなイベントがあるんですね!」
.......バレンタイン、か。
貰ったこともあげたこともなかったから、私には殆ど縁のない行事だったなあ。
強いて言えばソシャゲのイベントで限定ガチャとか。
てことは、私はこれが初めてのバレンタインチョコになるのか。まあ、女神にチョコ貰うなんてまたとない経験だろうし、ありがたく頂戴しておこう。
「良いイベントですよねぇ.......本命チョコと言って、告白の印にチョコを渡すこともあるとか。あちらの世界の人間は、ロマンチックですよね」
「あちらの世界の人間って言っても、バレンタインで女の子が男にチョコ渡すなんて風潮があるの、日本だけですからね。それにしたって、お菓子業界が売上出す為に『バレンタインは好きな人にチョコ渡しましょう』って言い出したのが始まりって俗な説が有力ですし」
「ロマンチックを一気に壊さないでくださいよ!?」
「.......ねえリーン、なんでそんなこと知ってるの?」
ここでのヨミの記憶は、イスズ様が適当に改竄してくれるらしいから、前世での話をいくら言っても大丈夫。
「ま、まあ、天照ちゃんは日本の神ですからね。世界に関して詳しくないのは当然です。.......きっと他の国でも、チョコを渡す風潮は無くても、きっと素敵な催しが開催されているのでしょう?」
「.......確か、他の国は男女がデートしたりする国が多かったはずです。イギリスとか。.......あとはアメリカでは、確か日本とは逆で、男が女の子にチョコを渡すとか、そんな話があった気が」
「おや、良いではありませんか!」
「ただ、バレンタインって、その元ネタになってる聖ヴァレンティヌスが拷問の後に処刑された日なんですけどね」
「一気に素敵なイメージ崩れたじゃないですか、言わなくて良いんですよそういう無粋な雑学!」
「ねえねえリーン、話聞いてよ。なんでそんなこと知ってるのさ」
「ちょっとそっちの世界にいたことがあるから」
「ええっ!?」
「その辺は時が来たら話すかもしれないけど、まあ今は置いといて。あとは、『血のバレンタイン』とか有名ですよ」
「名称からして物騒!!」
なんでも、シカゴ・ギャングの帝王だった一味が、ライバルの一味をガトリングガンで皆殺しにしたのが二月十四日だったとか。
「もう.......なんだか、夢見る乙女な心がズタボロじゃないですか」
「一応、名乗ったことは無いとはいえ、邪神扱いされてる神が乙女って。.......まあ、日本の女子たちは、その大半がバレンタインの起源なんて知らないか見なかったことにしてると思いますから、日本覗けばイスズ様が見たがってる光景が見られると思いますよ」
「そ、そうですよね。良かった良かった.......」
「ああ、あと、バレンタインデーって『ふんどしの日』と日にちが被ってて.......」
「もういいですよ!これ以上、夢を壊さないでください!」
※※※
イスズ様の干渉を受けたその日。
目が覚めると、ヨミが台所に籠っていたので、なにか豪勢な手料理でも作ってくれているのかと胸躍らせていると、
「はい、リーン!」
ヨミが何かを差し出してきた。
これは、まさか.......
「チョコ?」
「うん!イスズ様に頂いたチョコレートの味を再現してみたんだけど.......どうかな?」
.......待て待て。
この世界にそもそも、チョコレートという概念は無い。
カカオ豆は存在するけど、『なんか苦い種みたいなやつ』の域を出ない、そんな不遇扱いだ。
この世界にとっての甘いものといえば、もっぱらフルーツや生クリーム。
「.......どうやって、チョコ作ったの!?」
「実はさ、イスズ様に作り方を教えてもらったんだよね。それで色々試して、頑張っちゃった」
うちのヨミすげぇ。
異世界のスイーツを聞いただけで再現とか。
「.......じゃあ、いただきます」
私は差し出されたチョコレートを、口に含んだ。
.......うっま。
超美味い。何これ、某高級店のチョコみたいだわ。
「ヨミ.......これ本当に美味しいよ。世界目指せるレベルで」
「そ、そう?えへへ.......その、えっと.......バレンタイン、だっけ?それが、日頃お世話になってる人とか、友達とかにも渡す日だって聞いたから.......その、リーンに最初に渡したいなって」
.......なんて可愛いんだろう、うちの子。
マジで大好きだわ。一生一緒にいたい。
「あ、ありがと.......そ、それで!なんだかいっぱいあるけど、それはどうするの?魔王軍の皆に配るの?」
「うん。でも流石に全員分は無理だから、いつもお世話になってる魔王様とか幹部の皆さんとかに渡してこようかなって」
「そうだね、それは良い案だと思う。じゃあ、渡してきなよ」
「うん!」
そしてヨミは、チョコを持って玄関に向かい.......
「.......あ、あのさ。やっぱり恥ずかしいから、ついてきてくれない.......?」
そんな、天使みたいなことを言った。
※※※
「.......チョコじゃと?あの、イスズ様がよく出してくるあれか?」
「それです」
魔王城には魔王様とヴィネルさん、それにサクラ君が残っていて、ヨミのチョコを手渡せた。
「ふむ、では.......うっっま!?」
「お、美味しい、です.......!」
「な、なんですかこれ!?」
うんうん、うちのヨミは凄いだろう。
「気に入って頂けたら幸いなんですけど.......」
「いや、ヨミ.......主、こんな才能もあったのか。定期的に差し入れて欲しいレベルじゃ」
「そうですねぇ.......これがあれば、長ったらしい会議も和やかになること請け合いです」
「は、はい!ぼ、僕も.......そう、思います.......」
よかったよかった。バレンタイン企画は成功だな。
チョコが魔王軍の街に並ぶ日も、遠くないのかもしれない。
※※※
「しかし、美味いなこれ.......おいサクラ。主、これを母にも差し入れてやったらどうじゃ。あやつなら喜ぶじゃろ」
「お、お母さんに!?.......で、でも.......確かに.......喜ぶ、かも.......しれません.......」
サクラ君のお母さん?
「確か.......ティアナさんのお姉さん、なんですよね?」
「そうじゃな。エルフ族の女王の座を蹴って、自由奔放の身じゃが」
「名前はフラン。サクラきゅ.......君以上の魔法の天才でした」
.......サクラ君より上!?
「そして、私やレティと同じ、最古の魔王軍幹部の一人でもあります」
.......マジで!?
「最古の魔王軍幹部、『暴魔将』フラン・フォレスター。魔王軍の長い歴史の中で、最も多くの戦果を上げた英傑じゃ。『王杖ハーティ』の前任者でもあり、全盛期の実力は、今のサクラすら凌駕するレベルじゃったな」
魔王軍最強の魔術師、神才とまで言われたサクラ君を上回るとか、どんだけのバケモンよ。
「その辺の話、ゆっくり聞きたいですよね。どうやって魔王様が魔王軍を作ったのかとか」
「.......まあ、その時が来れば、話すことになるじゃろ」
そう言って、何かを誤魔化すように、魔王様はチョコを口に含んだ。
ちなみにこの後、あまりにも美味しすぎるヨミの料理の虜になった幹部の皆の要望で、定期的に我が家でヨミの晩御飯が振る舞われる会が催されることになったことを付け加えておこう。
多分、サクラ君のお母さん=フランだって気付いてた人沢山いますよね?