吸血鬼少女と絶望(中編)
私は逃げた。逃げ続けた。
お父さんとお母さんを、友達を、仲間を、見殺しにして。
一心不乱に森の奥へ逃げ続けた私は、立ち塞がる獣を時に避け、時に倒し、ただひたすらに走り続けた。
生まれつき高い身体能力にものを言わせ、息を切らしながらも1時間以上走った私は、崖に差し掛かったところでようやく止まった。
「はあ.......はあ.......」
止まった瞬間にどっと疲れが押し寄せ、思わずその場でへたりこんでしまった。
いったい何故、こんなことになったのだろう。今日の朝までは、いつも通りの、平和な日常が続いていたと言うのに。
「.......お父さん.......お母さん.......!」
無事でいて欲しい。どんな形でもいいから、生きていて欲しい。
だが、そんな儚い希望は、直後に私の頭に響いてきた言葉により、一瞬で砕け散った。
《一定条件を満たしました。『吸血鬼王』への種族進化を果たしました。》
「.............ぇ?」
その言葉を理解するのに数秒かかった。
吸血鬼王は1度に2人以上は絶対に現れない。
そして種族『進化』である以上、途中で王を辞め、別の吸血鬼に譲るという行為も出来ない。それは『退化』だからだ。
そして、吸血鬼王は指名制だ。当代の吸血鬼王が、次代の王を予め決めておいて、当代の王が死んだ瞬間、指名された吸血鬼が吸血鬼王への進化を果たす。
そう。『死んだ場合』しか、吸血鬼王はやめられない。
つまり.......この瞬間、お父さんが死んだ事を意味する。
だがそれだけではない。
あのお父さんが、あの親バカが、まだ幼い私を、吸血鬼王に任命しているはずがない。
だとすれば、お父さんが次代と決めていた吸血鬼は誰か?
.......お母さんだ。そうに決まっている。
にもかかわらず、私は吸血鬼王へと種族進化を果たした。これが何を意味するか―――言うまでもないだろう。
つまり、この瞬間、私は確信せざるをえなくなったのだ。最愛の両親を、失ったことを。
「ああ.......ああっ、あああ.......」
.......何故だ。何故、あの二人が死ななきゃならないんだ。
ようやく見つけた私の居場所を。大切な家族を。
何故、奪われなければならない。
「ああっ、ああああ.......お父さん、お母さあん.......!」
涙がとめどなく溢れて来る。昨日まで、明日のことについて話し合っていた両親が死に、私だけが生き残った。
なんなんだこれは、夢なら醒めてくれ。
なんで、なんでなんだ。
前世ではいじめを受け、蔑まれ、最後には神様の勝手な都合の「ついで」で殺された。
だから今回は。今世こそは。幸せに生きて行こうと決めた。
なのに私は、そんなささやかな夢すら、抱くことを許されないのか。
私は怒りと悲しみ、後悔と絶望に苦しめられ、その場で夜まで、涙が枯れるまで泣き続けた。
※※※
涙が出なくなるまで泣き続けた私は、夜になると来た道を戻っていった。
吸血鬼は夜の種族。もし、生き残った吸血鬼がいるならば、今この時に里に戻るはずだ。
夜では、暗視が苦手な人間にとって戦いは不利。
ならば恐らく、夜になる前に里を引き上げているはずだ。
仮にまだいて、見つかったとしても、『吸血鬼王』の力と月の加護によって強化された私なら、何人かは道連れに出来る。
もし私が死ぬとしても、それはお父さんとお母さんを殺したやつを八つ裂きにした後だ。
昼は1時間以上かかった道のりを20分足らずで走りきり、里がある場所が見えてきた。
昼間のような騒乱の音は聞こえない。
吸血鬼が生まれ持つ優れた五感を持ってしても感知できないということは、人間はやっぱり引き上げている可能性が高い。いたとしても小人数だろう。
私は一先ず戦いの準備をして、森の出口へと向かい、そこであることに気づいた。
「あ.....ここ.......」
そこは、お母さんが私を逃がしてくれた場所だった。
だけど、その様相は一変していた。
周囲の木は殆ど吹き飛んでいて、あちこちに焼け焦げた後がある。そして、不自然に焦げてない、円形の地面が、ミステリーサークルみたいになっていた。
そして、そこで。
見つけてしまった。
倒れている、影を。
「.......!お、お母っ.......お母さん!!」
思わず叫んで、私は駆け寄った。
所々が焼け焦げ、髪も燃えていて、もはやあの美しさは面影もない。
けど、私はお母さんだと、理由ない確信を抱いていた。
「お母さん!お母さん!お母さっ.......」
お母さんを抱き抱えて、何度もゆずぶり、.......そして気づいた。
息をしていない。
心臓も止まっている。
.......死ん、でいる。
「ああ.......ああっああああ.......」
覚悟はしていた。
こうなる予感もしていた。
けど、目の当たりにした瞬間.......抑えきれなくなった。
「ああ.......ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁあああああああああああぁぁぁあああ!!!!!!」
なんでだ!なんでお母さんが死ななきゃならない!!!
誰だ!誰がお母さんをこんな目に遭わせた!!!
「あのっ.......あの男!!!」
ああ、分かっている!!あの魔術師!!
《聖十二使徒》とか名乗った、あの男!!!
「.......絶対に.............絶対にっ、殺してやる!!」
※※※
「.......誰かいるのか」
復讐を誓う私に、何者かから声がかかった。
振り向くとそこには、銀色の甲冑を纏い、どこかの国の紋章を胸に着けた騎士らしき3人の男達。
―――村を襲った、人間共だ。
「あん?吸血鬼のガキじゃねえか。生き残ってたのかよ」
「どれどれ?.......おお、本当だ。大声が聞こえてきたから来てみれば.......」
「うわきったね、それ、ノイン様が殺した吸血鬼の死体じゃねーか。何すがりついてんだ気持ちわりーな」
「.............汚い、だと」
私のお母さんを、私を守ってくれた人を。言うに事欠いて『汚い』ときたか。いい度胸だ気に入った。
―――死ね。
私はその場で踏み込んで、お母さんを汚いと言った男に一瞬で近づき、容赦なく首を『ねじ切った』。
「あ゛っ.......?」
男はそれだけ言って倒れ、胴体から血が吹き出す。
『経験値が一定値に達しました』
『レベルが上昇しました』
「なっ.......!?」
「こ、このガキ!?」
男の1人が斬りかかってきたけど、剣を振り下ろされるより前に近づき、胸の部分に容赦なく右ストレートを決めた。
男の鎧は爆ぜ、そのまま男は吹き飛びかける。
だが私はそのまま男を掴み、風穴の空いた部分にもう1発拳を入れた。
男のアバラはバキバキに砕け、衝撃波で男の心臓が潰れた。
「がぺあっ」
マヌケな声を残して、2人目の男は絶命した。
『経験値が一定値に達しました』
『レベルが上昇しました』
「ば、馬鹿な.......!?」
残った男は、完全に逃げ腰だった。だけど、逃がすわけが無い。
私はまた一瞬で距離を詰め、足払いをかけた。
するとどうだろう。全力で放ったそれは、鎧をお構い無しとばかりに破壊し、男の右足の骨を砕いた。
「ぐああああああっ!?」
うるさい。汚い声を出すな。
.......と言いたいところだけど、こいつには聞きたいことがいくつかある。
「おい」
「ひっ.......!?」
「喚くな。質問に答えれば、命だけは助けてやる」
さあ、復讐の始まりだ。