【episodeZero】依頼
「お金は有限なんだよ?無駄遣いしちゃ駄目なんだよ?」
「はい」
「それにお酒!飲みすぎは寿命を縮めるんだからね?」
「はい」
「なにより、私の事を忘れたら寂しいよ」
「はい」
「何か言うことは?」
「本当にすみませんでした」
飲み屋に金を払い、宿屋に戻ってきた直後に正座させられ、小一時間ほど説教を受け、今に至る。
今の私は、日頃は無意識に垂れ流している(はずの)威厳や覇気は欠片も無いだろう。
いや、実際私が悪かったと思う。
飯屋を探してきてくれというただのおつかいが、酒を浴びるように飲み、野菜で腹を満たすイベントになるとは、我ながらアホやらかした。
美味すぎたとはいえ、リンカを忘れるとは、天才にあるまじき失態だ。今後はマジで気をつけよう。具体的には、リンカを二度と怒らせないようにしよう。
怒ったリンカ、こっわ。
「まったくもう.......フィリスちゃん、おなかいっぱいだよね?」
「満腹です」
「じゃあ私、お弁当屋さんでご飯買ってくるから、その姿勢で待っててね?」
「承知しました.......え?あの、その姿勢って、正座で?流石に足が限界.......」
「 そ の 姿 勢 で 待 っ て て ね ? 」
「.............ハイ」
ダメだ、逆らえない。この場を切り抜ける方法が私の天才的頭脳を持ってしても思いつかない。
.......もう、天才とか言うの、やめよっかな。リンカに一生勝てる気がしなくなってきた。
※※※
結局、リンカが帰ってくるまでの一時間、正座し続け、もう立てないどころか動くことすら出来ないレベルまで足が痺れ、色々と大事なものを失った気がしたその翌日の夜。
全快した足でリンカと共に歩いていた。
「リンカ、昨日のことは本当に悪かったと思っている。私はリンカという大切な存在を、一時的にとはいえ忘れてしまった。これは、とても酷いことだとは自覚しているし、深く反省している」
「そうなんだー」
「これからは二度とあんなことしないように心がけるし、なるべくリンカと一緒にいるようにしようと思う。そしてそれと同時に、一度リンカを裏切ってしまった私の言葉を、リンカが信用出来ないというのも、分かる」
「そうだねー」
「しかし、だからといって.............これはあんまりじゃないか?」
私は今、リンカと共に歩いている。
リード付きで。
.......いや、正確には繋がっているのは首と手ではなく、手と手なのだが。
無駄に強固な長さ五十センチほどの紐で、私とリンカの互いの手は繋がれている。
「えー?だってこうでもしないと、フィリスちゃん、またどっか行っちゃうでしょ?だからちゃんと、お手手繋いどかないとね」
「お手手繋ぐというのはもうちょっとこう、綺麗な言葉だと思っていたのだが」
少なくとも、互いの手を紐で縛るのを『お手手繋ぐ』とは言わんだろう。
「まあ、この村を出るまで大人しく出来たら外してあげる。ちゃんと良い子にしててね?」
「な、なあ。私はリンカにとってなんなんだ?子供か?子供なのか私は?」
なんとかリードをリンカを怒らせないように外す方法は無いものかと、思考をめぐらせて.......
「あああ!いたいた!おーい、そこの二人ー!」
私の思考を邪魔してきたのは、身長の高いエルフの女性だった。
「いやー、やっと見つけたよ!もうあっちこっち探し回って.......」
「.......フィリスちゃん、何をしたの?怒らないから正直に言いなさい」
「待て、私は何もしてないぞ!昨日は酒飲んだだけで、何も問題はおかしていない!記憶も消えてないから知らず知らずのうちに問題起こしたってことも無い.......なんだその疑惑の目は、リンカ、私をもう少しだけ信用してくれ!泣くぞ!?」
「あの、フィリスちゃんが何かやらかしましたか?」
「私別にしらばっくれてる訳じゃない!他人に聞くな!」
ああ、リンカの目が冷たい.......。
私、本当に何もしてないのに!
「えーっと.......何か勘違いしてるみたいだけど、別に捕まえようとか、そういう為に探してたんじゃなくてさ」
「フィリスちゃん、私は信じてたよ!」
「嘘つき、絶対信用してなかったくせに!」
「あー.......話、続けていいかな?」
「あ、どうぞ」
「実は、吸血鬼族の二人に、お願いがあるんだ。話だけでも聞いてくれないかな?」
.......お願い?
「つまりなんだ。お願いというのは、薬草の採取か?」
「そうなの!吸血鬼族の二人がいてくれると、心強いんだけど.......」
このエルフ.......ラリスと名乗ったこいつによると、私達へのお願いとは、『夜に見つけないと意味が無い薬草の採取』らしい。
昼に採取してもただの雑草だが、夜、それも深夜のうちに引っこ抜くと、上等な薬の元となる、特殊な薬草があって、それを探すのを手伝って欲しいと。
「エルフ族は一応夜目は効くけど、それも別に強力ってわけじゃなくてさ。『人間よりは多少』って程度なんだよね。だから、吸血鬼族の二人ならって思って」
「吸血鬼は、獣人以上の暗視能力を持ってますからねー」
吸血鬼族の夜目は、全種族中ダントツ。昼間よりむしろ夜の方が見えるほど。
加えて、『月の加護』によるステータスブーストで、月夜のうちは恐ろしく強くなれる。
「勿論、報酬は弾むからさ!お願い出来ないかな?吸血鬼族ってすんごく珍しいから、こんな機会じゃないとお願い出来なくて.......!」
「んー、どうする?フィリスちゃん」
「良いのではないか?報酬もくれると言うのだし、私らは今暇だ。断る理由はないだろう」
「そうだねー。.......うん、分かりました。良いですよ」
「うわー、ありがとう!助かるよ!」
※※※
私とリンカは、真っ暗.......といっても吸血鬼にとっては昼間以上に見える空間を疾走していた。
エルフが数人一緒についてきたがってたが、マトモな夜目を持ってないのにどうやって私たちについてくるんだと諭して置いてきた。
あと、ついでに夜の森で紐は流石に危ないと、手のリードも切った。よっしゃ。
「フィリスちゃん、群生地ってまだなのー?」
「もう少しだ。この先に.......おっ、あったぞ」
ほんの僅かに発光している、ニラみたいな薬草。間違いなくこれだな。
「さっさと取って帰るぞ。報酬で色々と買い揃えなきゃな」
「そうだねー。臨時収入が入ってよかったね」
私が昨日、結構な額を使ってしまったからな。
その件については本当に申し訳ございませんでした。
「さて、こんなものか.......」
「早く行こ?急がないと、魔獣が出たりするかも」
「おいおいリンカ、そういうことは言うな。そういうのはフラグって言うんだぞ。まあ、とは言ってもこんな所にいる魔獣、エルフが見逃してないだろう。心配するな」
「えっと、フィリスちゃん。それこそフラグなんじゃ.......」
―――グルァァァアアアア!!!
.......。
「.......おいリンカ、私の後ろに何かいるか?いないよな?」
「えっとね、猪みたいな姿の魔獣ならいるよ」
「.......やっぱり、いるか?」
「いるよ」
仕方が無いので振り返ると、なるほど、巨大な猪の魔獣が居るな。
完全に私のことを狙っているなこれは。
「ど、どうするの、フィリスちゃん」
「落ち着け。私を誰だと思ってる、吸血鬼族最強の天才、フィリスだぞ?こんな魔獣ひとひねりだ」
.......啖呵は切ったが、この魔獣、結構強いぞ。
さて、どうしたもんか.......。