とある村の男と悪夢の始まり
「.......なん、だと?」
今、この子はなんと言ったのだ?
「聞こえなかった?じゃあもう一回言うね。.......ボクは父さんと母さんと一緒にもう一度暮らしたいとか、そんなことこれっぽっちも思ってない。そしてそもそもの話、今日この村は滅び、父さん達は死ぬ。だから、ボクと暮らすっていうのは、永遠に叶わないんだよ」
「.......それは、何かの冗談、なんだよな?」
「違うよ?.......まあ、話は長引くと思うし、仲間もちゃんとそれを分かってくれてるから、ゆっくり話そうよ。取り敢えず、母さんを呼んできてくれるとありがたいな」
※※※
「.......●●●?.......あ、貴方.......本当に●●●なの?」
「その名前は覚えてないんだけどね。まあ多分、そうだよ。久しぶりだね、母さん」
訳が分からず、妻を呼んだが.......さっきのはなんなんだ。冗談にしても笑えない。
この村が今日で滅ぶ?俺が死ぬ?
「.......貴方が帰ってきたって.......ミィアは.......私の娘は、帰って来ないのにっ.......!」
「一応、血縁上はボクも娘の筈なんだけどなあ。.......まあいいや、そんなことは」
「.......それで、さっきのは何なのだ?村を滅ぼすなどと.......」
「むかーしむかし.......と言っても十七年ほど前の話。一人の女の子が産まれました」
.......?
「その女の子は、村の厄介者でした。彼女の姉がとても美しかったのに、その子は凡庸だったからです。しかし彼女には、とても凄い、勇者としての才能がありました」
「お、おい待て。一体何を.......」
「しかしその子の将来は閉ざされました。彼女の両親がお金で彼女を売ったからです。彼女は魔族を殺す道具として育てられることになり、酷い、それは酷い仕打ちを受け.......やがて、心を壊されてしまいました」
「.............!」
これは.......この娘の話.......
「しかし、そのまま壊れている筈だった彼女は、一人の女の子によって止められ.......とある御方によって、心を治してもらいました。その後、女の子はその御方の配下として、仇なす敵を斬り伏せました。そしていつしか彼女は、その御方に次ぐ実力を身につけ、そして.......とうとう、憎くて憎くて仕方が無かった、自分を売り飛ばした村の人々を、一人一人、丁寧に.............殺しました」
「――――っ!?!?」
今.......なんと、言った?
「ああ、ごめんね?少しだけ脚色しちゃった。けど、どうせすぐに起こる未来の話だし、別にいいよね?」
「お、お前っ.......!?」
「ねえ、まさかとは思うけどさ。ボクが、両親に売られたことを水に流して、また一緒に暮らそうとか考えて、この村に戻ってきたとでも思ったの?随分とおめでたい頭してるんだね」
「ひっ.......!?」
「だ、だが.......お前はさっき、俺に感謝していると.......!」
「うん、感謝してるよ?それは嘘じゃない。お陰でボクは、素敵な仲間が出来て、やり甲斐のある将来の目標も出来た」
「なら、何故!」
「分からないの?感謝してるとは言ったけどさあ.......だからといって、二人を許したとか、そういう話ではないんだよ」
「なっ.......」
「ボクはお前達二人.......いや、ミィアを入れて三人に対して、怒ってるし、恨んでるし、憎んでる。それはもう、殺してやりたいほどにね」
.......隣で、妻が震えているのが分かる。
この子供は.......俺達の元に、帰ってきた訳では無い。
俺達を.......!
「けど、今まではずっっっと我慢してきた。ボクが生きてるって人間に知られるようなことは、絶対に出来なかったから。この村を滅ぼしちゃったら、その時点で、ボクとの関連性を疑われる可能性があった。だから今まで見逃してたんだよ。分かってくれた?」
「な、なら.......何故.......い、今になって.......」
「明日、新しい勇者の出立日だってことは知ってる?」
.......なんだ、急に話題が変わった?
その話は耳にしているが.......
「明日ボク達はね、その勇者を殺すんだよ」
「...................は?」
「それで、人間達の希望は終わる。ボクを壊した人間達の守護者たる勇者が死ぬことによって。.......あの御方は、その勇者殺害をもって、ボクの存在を、人間達に大々的に知らしめる予定なのさ。『人間の過ちによって作り出された怪物』であるボクをね」
な、何を言っている?
何を言ってるんだこいつは!?
「あ.......あの御方とは誰だ。誰なんだ!」
「魔王様だよ?」
「.............魔王、だと?」
「そう。魔王フィリス様。それが、今のボクの主だ。ボクを救ってくださった、偉大なる御方だよ!.......かつて、心を壊され、記憶も感情も無く、ただ無心に人を斬っていたボクを、リーンが止めてくれた。そして、魔王様が、ボクに心をくれた。目的をくれた。居場所をくれた!ボクを本当の意味で理解してくれたのは、魔王軍の皆だった!だから、ボクの力は魔王軍のものであり、魔王様のものだ!.......それでねそれでね?その魔王様が、ボクに今日、この村を滅ぼして良いって許可をくださったんだ!勇者殺しの前夜祭としてね!」
ほ、本当に.......本当に、何を言っているんだ!?
「つ、つまり、お前は.......魔王なんぞに、魔族の王に、忠誠を誓っているのか!?」
「.......魔王なんぞって言わないでくれる?ボクの王を貶められるのは不愉快なんだけど」
「お、お前っ.......お前っ、気でも狂ったかああ!」
「そうだよ?ボクは狂ってるんだ。あの日、お前達に売られて、心を壊され始めた日から、ずっと.......少しづつ、少しづつ、狂っていったんだ。言うなれば、ボクという化け物を生み出したのは、お前達なんだよ。父さん、母さん」
「ふざけるな!!ミザリー様がそのような事を許さんぞ!お前には天罰が下る!そう、絶対にだ!」
「あーもー、うるさいなあ.......親子揃って、似たような事を言わないでよ」
「.............なんだと?」
親子揃って?
「あ、貴方.......ミィアに、会ったの.......!?」
「うん。ボクが魔王軍にいるって話を聞いて、似たようなことを言ったよ。背信者だの出来損ないだの、色々とね。全然昔と変わってなかったよ」
「な、なら.......ミィアの死に目も見たの?」
「それは勿論」
「.......じ、じゃあ、なんで止めなかったの!実の姉が殺されるのを、黙って見ていたというの!?」
「.......あのさあ、話聞いてた?ボクは姉さんの事も大っ嫌いだったし、恨んでたの。止める理由なんてないでしょ?それに、別に黙って見ていたわけじゃないよ」
「え.......?」
「だって、ミィアを殺したのはボクだもの」
.............は?
「.............なん、だと?」
「さっきから聞き直しが多いなあ。老化?まあいいけどさ。だから、姉さんを殺したのはボクなんだって。この魔剣でスパッと首を斬り落としたよ。この剣さ、回復効果を阻害する特性を持ってるから、これで殺された人は蘇生魔法が効かなくなるんだよね。だから.......」
「.......うわあああああああああああ!!」
「うわっ.......いきなり何?」
気がつくと妻が、奴に掴みかかっていた!
「お、お前が.......お前が、あの子をぉ!!」
「ああもう、うざったい.......ほいっ」
「げぼっ.......!?」
しかし、直後に妻は蹲ってしまった。
なんだ、何をした!?
「ただ鳩尾に一発入れただけだよ。加減はしたから死にはしないと思うけど。.......母さん達には、もう少しだけ生きていて貰わないと.......ね?」
.......そう言って、無邪気な笑顔を見せる、自分の娘が.......何よりも、恐ろしかった.......
「それに、別に良いじゃん!どうせもうすぐ、この村の連中と一緒に、ミィアの所に行けるんだしさ!.......さあ、そろそろ前夜祭を始めようか!」
ヨミの狂気を顕著に表してみました。
基本的に魔族に対しては普通の女の子なヨミですが、人間に対してはこんな感じです。




