とある村の男と再会
「.......ミィア」
目の前にある人物画を眺めて、自然と我が娘の名が口から出た。
この人物画は、七年前、ミィアが聖十二使徒に抜擢されたことを記念して、神都からわざわざ呼んだ一流の画家に描かせたものだ。
だが、神都一と言われた彼の画力でも、ミィアの美しさを再現することは叶わなかった。だがそれでもよかった。我が娘が、絵になど表せないほどの美しさだということを証明出来たのだから。
自慢の娘だった。.......だが、もういない。
四年前、死んだ。
神都の騎士から、娘の訃報を聞いた時は、何かの間違いかと思った。
冗談だろう。ミィアが、世界一美しい我が娘が、こんな早くに死んで良い筈がない。そう思った。
だが、現実は残酷だった。首を切断されたミィアの遺体を見た瞬間、妻は気絶した。
蘇生魔法を試したそうだが、何故か蘇生出来なかったという。なんでも.......首の切り口が、どうしても繋がらなかったのだと。
だがそんなことはどうでも良い。
ああ、神よ。女神ミザリーよ、何故だ。
何故、我らからミィアを奪ったのだ。
あの一件で、妻も塞ぎ込んでしまい、俺に残されたのはこの大きな屋敷くらいとなった。
この屋敷は、十年以上前に、ミィアの後に生まれた子供を、神都の騎士に売った時に出来た金で建てた。
その子供はミィアのように美しくはなかったが、異常に高いステータスを持つ子供だった。
しかも、後に聞いた話によると、『勇者の素質』を持っていたのだという。
子供を売る時に、俺は騎士に、彼女がどうなるかを聞いた。
―――勇者兵器化計画。
その詳細を聞いた後、生涯遊んで暮らせるほどの金を提示された。
多少迷ったが.......結局、受けた。
国の決定に逆らえばどうなるかわからなかったし、そもそも、ミィアほどに愛情を注いでいなかった。
ミィアほど美しくもなく、ステータスが明らかになる前までは、とりたてた長所もない子供だったから。
だが.......今では、それを後悔している。
あの時、子供を金で売ったから、バチが当たったのか?これは、ミザリー様の罰なのか?
いや、それ以前に、ミィアと同じようにあの子にも愛情を注げていたのならば.......今ほどに、妻がやつれることもなかったかもしれない。
だが、あの子供ももういない。九年前に、魔王軍との戦争で死んだと聞いた。
.......俺は、どうすれば.......
―――コンコン。
「.......客か?」
こんな夜に.......何事だ?
「.......誰だ?」
ドアを開けると、そこにいたのは、フードを目深く被った謎の人影。
「夜分にすみません。実は、一晩、泊めていただきたいんですが」
※※※
「.......この家を宿として貸せということか?悪いが、体を悪くしている妻がいるんだ、泊めることは出来ない」
「そう言わず。勿論、それ相応のお金は差し上げますから」
「そういう問題では.......」
「これくらいで良いでしょうか?」
「っ!?」
渡されたのは、凄まじい量の金貨が入った袋。
.......これだけあれば、なんとかして妻を元に戻す方法が見つかるかもしれない。
「.......分かった。入ってくれ」
「ありがとうございます」
少し迷ったが、結局、その者を家に入れることにした。
声から若い女だとは分かっているが、フードのせいで顔が見えない。
「.......君は.......」
「ミィアの人物画、ですか」
「っ.......ミィアを、知っているのか」
「ええ、勿論。元聖十二使徒ですから。貴方が彼女の父親だということも、ボクは知っていますし」
「.......そうか。君は、ミィアと接点があったのか?」
「はい。と、いうか.......ボクは昔、ミィアに色々とされましたからね」
「?色々、とは?」
「そうですね、ご飯を取り上げられたり、近所の子供をけしかけられたり、川に突き落とされたり。他にも色々。この村からボクが出ていくその日まで、彼女はボクをいじめようと躍起になってましたから」
.......この娘、まさか.......
「君は、この村の出身なのか?」
「.......まだ、気づかないんですね」
「何.......?」
「これでどうですか?」
そこで初めて、彼女はフードを外した。
.......顕になった顔に、俺は驚いた。
その容姿が、非常に美しかったから。
ミィアに迫るほどの美しい容姿。しかも、俺やミィアと同じ銀髪だ。
だが.......なんだ、この謎の既視感は。
「君は、一体.......」
「これでも思い出さない、か。まあそうですよね、ボクがこの村を追い出されたのは、十二年も前のことですし、貴方達はミィアにしか興味を示さなかったから.......ボクのことを覚えていないことを、責めたりはしませんよ。予想はしていましたしね」
十二年前?追い出された?
.......いや、そんな筈はない。あの時の子は、死んだはずなのだ。
「ボクは、この村の厄介者だった。優しくしてくれる人は沢山いたけど、ミィアの下僕だった子供達や、彼女を崇拝していた一部の大人に、ボクは随分といじめられた。.......貴方を含めてね」
「.............!?」
違う、そんな筈はない。
だが、確認せねばならない。
この娘が.......万が一、そうなのだとしたら.......
「そして、ボクは勇者となる為、この村を追い出された。そして.......後のことは、知ってるよね?ボクがどんな仕打ちを受けたか」
「――――っ!?!?」
まっ.......間違い、ない。
この娘は.......!
「まさか、君は.......お前は.............●●●、なのか?」
「.......それが、ボクのかつての名前?知りたくもなかったけどね」
※※※
「お、お前.......どうしてっ.......!?」
「どうして生きているんだって聞きたそうな顔だね、父さん。一応、ただいまって言った方が良いのかな?」
目を疑った。耳を疑った。
だが、現実は変わらなかった。
我が家の次女.......かつて、勇者として売った、あの娘が。死んだと聞かされた、あの娘が.......帰ってきた。
「お、おお.......帰って、帰って来てくれたのか!無事でよかった.......!」
「...................」
「そ、そうだ!お前に謝らなくちゃならんことが.......!いや、その前に妻に.......だが、お前も.......!」
「あはは.......落ち着いてよ、父さん。まずは、謝らなきゃいけないことって何?」
「そ、そうだ!あの日.......俺は、お前を.......」
「神都の騎士に売った、かな?ボクがどんな目にあうか、知った上で」
「っ.......その、通りだ」
やはり、知っていたか。
どんな罵倒も受け入れよう。俺がやった事は、それほどに恐ろしいことなのだから。
.......だが、帰ってきた言葉は、
「今更、別にいいよ、そんなこと」
そんな意外な言葉だった。
「.......許して、くれるのか?」
「許す?.......何言ってるのさ父さん、ボクは感謝しているんだよ。父さんがボクを売ってくれたお陰で、ボクはとっても素敵な仲間に出会えたんだ。今日この村に来たのは、その感謝を父さんと母さんに伝える為なんだよ」
な、なんという事だ。
実の親に売られたにも関わらず、それを恨まず、感謝とは。
俺は、こんな娘を、一度は手放してしまったのかっ.......!
「.......だが、これだけは言わせてくれ。すまなかった.......!あの時の俺は、ミィアにばかり愛情を注いで、お前に.......」
「良いんだってば、そんなことは。ボクは父さんに感謝してるって言ったでしょ?」
「そうか、そうか.......!待ってろ、今母さんを呼んでくる!これからは家族で暮らそう.......時間はかかるかもしれないが、今度こそ、本当の家族に.......!」
嗚呼.......女神ミザリー様。貴方はやはり、俺を見捨てていなかったのですね。
ミィアほどでは無いにしろ、私の可愛い娘を、我が手に返してくれるなんてっ.......
「え?何言ってるの?ボクはもう、ここに戻ってくるつもりなんてないよ?というか.......もう、この村は今日で滅ぶんだし」
少し書き溜め終わったので、今日は0時投稿あります!




