元勇者と前夜祭
ちょい短めです。
今、魔王の間には、四魔神将を含む魔王軍幹部、総勢十三人が集まっていた。
全員が顔を引きしめて、奥にいる魔王様の言葉を待っている。
「.......時は、来た」
「いよいよ、ですね」
「ああ。いよいよ明日、勇者ゼノが出立する。今回の勇者は念には念を入れ、転移魔法を使わず、聖神国の神都からレベルを上げながら戦場に向かってくるらしい」
「なるほど。となると、神都から少し離れたところで.......」
「うむ、四魔神将を全員動員し、勇者とその仲間を殺す。それで、勇者は打ち止めじゃ。妾らの脅威となるものは、今度こそ聖十二使徒上位くらいしかいなくなる」
ボクから始まり、勇者アヴィス、そして勇者ゼノ。
極めて希少なはずの『勇者の素質』を持つ者が、一世代に三人もいた。
『勇者』は、その才能、及び全ステータスが倍化するだけでなく、レベルリミッターが存在しなくなるという、つまり理論上は無限に強くなる、極めて厄介な職業だ。
弱いうちに殺しておかないと、後になって苦しむ事になる。
.......けど、それももうすぐ終わる。
最初の勇者.......つまりボクは魔王軍に寝返り、次の勇者はいとも簡単に殺された。
そして明日、最後の勇者も死ぬ。人間達の希望は終わる。
「総員、気を引き締めよ。明日、確実に勇者を仕留めるのじゃ。その為に四魔神将全員を向かわせるのじゃからな。良いな、お前達」
「.......異論.......無し.......」
「ぼ、僕も.......です」
「私も準備万端です」
「ボクもいつでも大丈夫です」
「そうかそうか。頼もしい限りじゃ。.......さて、明日は勇者を殺す。.......そして今日はその前日じゃ。つまり、言いたいことはわかるな?」
ボクが握る拳に、
「そう、つまり.......」
自然と力が入った。
「.......前夜祭じゃ、ヨミ」
※※※
「では、流れのおさらいをしますよ。まず、ヨミちゃんがフードを被って村に侵入。少し両親とオハナシをしたいというヨミちゃんの意思を尊重し、暫くは待機。我が軍の暗部の者を一人だけヨミちゃんに付けて、ヨミちゃんが合図したら、伝えるように言ってあります。そうしたら、サクラきゅ.......サクラ君の結界で村人を閉じ込める。それで良いですか?」
もう、サクラきゅんって言いかけたことにはつっこまない。
「はい、お手数おかけしてすみません」
「構いませんよ、私達はヨミちゃんの味方ですから」
「そうだよヨミ。本当にサクラ君以外の手伝いは要らないの?」
「うん。.......全員、ちゃんとしっかり。ボクが殺すよ」
それが、ボクなりの両親への愛情だ。
他の人には殺させない。ボクが直々に、この手で殺す。
歪んでる自覚はある。何せ、実の両親を殺すことを、『楽しみ』と思っている自分がいるんだから。
けど.......親とはいえ、十二年前、ボクをお金で売った下衆だ。それに、実姉を既に殺しているのに今更感はあるし。
「ええ.......ヨミを厄介者扱いしてた連中とか、私もぶっ殺したいんだけど.......」
「儂もだ。ヨミの敵は儂らの敵でもあるというのに」
「そうですねー。私ならー、完璧にー、溺死させるのですがー」
「ワシのアンデッド兵も、出番は無いのか?」
「言ってくれれば、雷の一つくらい落とすわよ?」
「私も、周辺を更地にすることくらいは出来るが」
「俺もフルボッコにしてぇ」
「ワレが燃やしてやろう」
「ルーズさん、燃やさなくて良いんです。.......ですが、私も参戦したかったですね」
「私は作戦立てたので満足ですねぇ」
「.......ヨミの.......敵.......横取りは.......ご法度だろう.......」
「は、はい。僕も正直、ムカムカしますけど.......そのぉ、ヨミさんの獲物ですし.......」
リーンをはじめとする幹部級の皆さんが、そんな言葉を次々にかけてくれる。
やっぱり、本当に優しい人達だ。
ちょっと涙ぐみそうになっていると、
「ヨミ」
魔王様がこっちに来て、声をかけてきた。
「主が魔王軍に入ってから、早九年。いよいよ、主の復讐の集大成が迫って来ておる。好きなように暴れるが良い。復讐を果たせ。どうするも主の自由じゃ。.......世界最強の潜在能力を持つ才能の塊に対して、舐めた真似をしたらどうなるか、連中の体に刻み込んでやるが良い」
「..............はい!」
「(魔王様ってなんか、リーンとヨミに対しては親バカ感あるわよね)」
「(それ俺も思ってたわ)」
「(まあ、あの子達は幼い頃からずっと魔王軍で面倒見てきてますし、気持ちはわかるんですけどねぇ)」
「(何と言うかー、甘いですよねー)」
「おいそこ、聞こえておるぞ!妾に喧嘩を売っておるのか、良いじゃろう、かかってこい幹部共!!」
※※※
「ヨミ、忘れ物無い?ハンカチティッシュは?剣は持った?」
「ハンカチティッシュと剣を同列に言うな」
「大丈夫だよリーン。ハンカチティッシュも持ったし、剣もほら、ちゃんと二本あるから」
「いやハンカチティッシュはあんまいらねえだろ」
ボクの腰には今、二本の神器―――『魔剣ディアス』と『終剣アリウス』がある。
この四年間で、二刀流も完璧に極めた。
あの村に、強者はいないはず。一人一人、丁寧に殺してやらなきゃ。
「ヨミさん、そろそろ.......」
「うん。色々とありがとう、サクラ君」
「えっ?.......あ、い、いえ.......大丈夫、です.......」
さて、そろそろ向かおう。
「.......じゃあ、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい。ちゃんと見てるからね、ヨミ」
「うん。.......ありがとう、リーン」
「《転移》!」
一瞬のタイムラグの後、目の前に、月明かりに照らされた村が見えた。
ああ.......なんか、見覚えがある。失ったはずの記憶が、少しずつ蘇ってきてる感じがする。
ボクは、万が一ボクのことを覚えている人に気づかれないよう、しっかりとフードを被り直した。
「サクラ君。じゃあ、行ってくる」
「は、はい.......き、気をつけてください」
「あはは、大丈夫だよ。.......どうせ全員殺すんだから」
さあ、行こう。
ボクが壊されることになったきっかけを作った村。
復讐の始まりだ。