吸血鬼王と終末
お父さん視点です。
私の半生は、それなりに波乱万丈だったと言えよう。
二十歳にも満たない頃、里を窮屈だと感じて、親の静止も聞かずに里を飛び出し、種族を隠して人間に混じり、冒険者となった。
人族、魔族双方に害を及ぼす存在である『魔獣』の討伐、ダンジョンの探索、要人の護衛など色々とやった。
仲間達と困難を乗り越えていくのは楽しかったし、やり甲斐もあった。
流石に、相互不干渉を貫いている吸血鬼として、人族連合軍と魔王軍の戦いに参戦はしなかったが、戦うことは楽しかった。
いつしか、私は『王級シリーズ』と言われる上級職業である『格闘王』となり、A級冒険者にまで達していた。
しかしそんなに時間は、里を飛び出してから数十年後、突如として終わった。
仲間達が、いつまでも老化しない私を見て、私の正体に勘づいたのだ。
仲間との数十年の信頼関係は一瞬で壊れ、私は冒険者ギルドに通報され、賞金首となった。
言って欲しかった。『種族が違っても俺達は仲間だ』と。
だが、現実は無情であり、そのほぼ全員が『人族至上主義』である人間は、私の存在を許してくれなかった。
そうして私は里へ戻り、その後二度と里を出ることは無かった。
今では、父の後を継いで族長となり、里一番の美人と言われ、神官としての高い才能を持っていたミネアと恋に落ちて結婚。更に、リーンという、世界一可愛い娘すら授かった。
順風満帆な人生だった。――――今日までは。
※※※
「私は吸血鬼王!レイザー・ブラッドロードだ!我が同胞をこれ以上殺したくば、まずは私を殺してみろ!」
私は人間達の注目を集めるため、大きく声を張り上げた。
妻と娘を、絶対に逃がすために。
人間がこの里にまで攻めてくるなど、夢にも思っていなかった。
いや、この言い方は適切ではないな。『想像も出来ない程に平和ボケしていた』、というのが正しいか。
ここ数百年、一切の干渉が無かったから、吸血鬼の事など忘れ去ったのだろうと。心のどこかで、思っていたのかもしれない。
「吸血鬼王!?」
「殺せ!殺せ!ミザリー様を信じない愚者共の親玉だ!」
.......やはり女神ミザリー絡みか。
人間共は、幼少の頃からの洗脳教育によって、国民のほとんどが女神ミザリーを信仰.......否、狂信している。
それ故に、イスズ様を信仰する我々魔族を、許容出来ないそうだ。
女神ミザリーに洗脳された、哀れな人間共。
だが、この状況では、同情心など欠片も湧かない。
私の同胞を殺した罪。同じく命で払ってもらおう。
「殺せ!殺せ!殺.......げはっ!?」
先程からうるさい、小隊長格の男に近づき、鳩尾に貫手を放つ。
鎧を貫通した私の手は、男の心臓を抉り、容易に命を絶った。
「小隊長!?」
「おのれ、吸血鬼の分際で!」
.......ゴミ?ゴミと抜かしたか。
私自身はいい。だが、私の同胞を。家族を。
「.......ゴミと言ったのか、貴様」
「ヒッ.......!?待っ、ごばっ!!」
私はその男の命も遠慮なく奪った。
「こ、こいつ、強い!?」
「どういうことだ!?吸血鬼は平和ボケしていて、絶滅させるのは容易という話ではなかったのか!?」
どうやら、我々の事は筒抜けだったようだ。
しかし、最早どうでもいい。
「どうした?かかってこないのか。俺を殺してみろ」
おっと、昔の口調が出てしまった。
ミネアと結婚した時、族長になる為と矯正したはずなんだが。
「.......!調子に乗るなよ!」
「俺達には、ミザリー様の加護があるのだ!!」
無いだろう、そんなもの。
イスズ様ですら、加護を与える者は選定するのだ。女神ミザリーがそう簡単に自分の力を分け与えたりするわけがない。奴の加護を持つものなど『勇者』くらいのものだろう。
その後も、何度も何度も襲いかかってくる人間共。
そして俺は、その尽くを返り討ちにした。
※※※
――――もうそろそろ、妻と娘が森に差しかかる頃だろうか。
時間は十分に稼いだ.......同胞達も、私が引き付けている間に相当数が逃げ延びたはずだ。
.......正直ここを死地と覚悟していたのだが、予想以上に相手が弱い。
何人が襲いかかってきても、負ける気がしない。
「.......なんだ、このザマは」
戦いの流れが変わったのは、後方からそのような声が聞こえてきた時からだ。
人間共は一斉に退き、それによってその姿が見えた。
純白の鎧、三つ編みの金髪。その女は、一目で超がつくほどの一級品と分かる、長剣を持っていた。
「おお、イーディス様.......!」
「イーディス様だ!」
「《聖十二使徒》が来て下さったぞ!」
《聖十二使徒》?聞いたことがない。
だが、敵の首魁らしいということはわかった。
「.......フン。なるほど、吸血鬼王か。下賎な吸血鬼如きが、私の部下を随分と痛めつけてくれたな」
「これは異な事を。俺とて、数少ない同胞達を何人も殺されたのだ。殺すならば、殺される覚悟は持つべきだろう」
「それは人間、我らミザリー様に寵愛されし種族のみに通じる話だ。貴様らのような下等な魔族は、我らに滅せられ、人間に生まれ変わるチャンスを貰うことを感謝しながら死ぬべきなのだ」
勝手な言い分に、怒りを通り越して感心してしまう程だ。
ああ、ここまでは怒りを堪えていたとも。
――――だが次の言葉で、
「ああ、それとだな。『同胞を何人も殺された』と言ったが、『何人も』じゃない。私がついさっき、全員殺した」
「.............なん、だと?」
「ついでにお前の逃がした.......妻と娘か?アレも、私と同じ《聖十二使徒》の一人、ノイン殿が消し炭に変えていよう」
――――俺の怒りは制御を失った。
「貴っっっっ.......様らあああああああああああああああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
同胞達の仇!
この女だけは、絶対に許さん!
.......そう決意し、怒りのままに放った連撃は。
一度も当たることなく、全て剣で防がれた。
「.......《聖十二使徒》序列第7位、『白剣』のイーディスに殺されることを光栄に思え」
その声を最後に、謎の現象が起きた。
体は倒れていないのに、視線だけが下へと向かっていくのだ。
暫く視線は地面を転がり、やがて止まり.......そしてそこで、俺の体が遠くに見えたところで、俺は漸く、首を切られたのだと悟った。
ミネア、すまない。帰れると思ったのだが、俺はここまでだ。
せめて、お前とリーンだけでも.......生き延びていていてくれ.......
その思考を最後に、俺の意識は完全に暗転した。
次話はお母さん視点です。リーンの物語の前に、もう少しお付き合い下さい。