02 エンチャラチャラなんとかの製造ライン
どれくらい目を瞑っていただろう。
眩さが無くなったのを感じて、私は瞼を開く。
そこには、見慣れない恰好をした女性と、ギリギリ愛らしくないぬいぐるみがいた。
私はというと、スーツ姿だ。
仕事も無いのにスーツで外に出ていたのだ。
まぁ、服はスーツしか持っていないから当然と言えば当然だが……。
「ようこそデビ! お前はこれからウチで働くデビ!」
なに? どういうことだ?
というかなんだこの喋るぬいぐるみは。
最近のAI技術によるものか? 凄まじいな……。
「あ、あばばば……あばばばばばば」
不思議な恰好の女性は放心状態だ。
心ここにあらずといった様子で、プカプカ浮いている。
「フロート技術まで……いったいどこの企業の……」
「話を聞いているデビか? お前は今日からここで働くんでデビよ?」
は、働く?
私が?
確かに現在無職。
もう来ないでくれと言われた私は、リストラされたも同然だ。
すぐにでも再就職しなければと思っていたが……。
まだ心の整理がつかない。
目の前にある技術は確かにすごいものだが、また人間関係で失敗するんじゃないかと不安で仕方ない。
「返事をしない奴デビね! クダマサ! お前に言ってるんデビよ!」
「わ、私の名前を知っている……!?」
「当然デビ。もう既にいろいろと見せてもらってるデビ」
既に……!?
いつの間に履歴書を提出したんだ私は!?
職場でしか生きられないという想いが、無意識にそうさせたというのか……!
ならば仕方ない。
どうせ私は面接でいつも失敗する。
もう内定は貰っているみたいだし、このチャンスに縋ってみよう。
「失礼しました。品質管理と申します。貴社の社風は存じ上げませんが、誠心誠意業務に勤めさせていただきます。どうぞよろしくお願い致します」
「し、しゃふ? よく分からないけど付いてくるデビ。バエル様は今腰痛で動けないからこのチビデビが案内するデビ」
女性をその場に残し、私はぬいぐるみの後を付いて行く。
このぬいぐるみ。
もしや新人研修用のAIロボットか何かだろうか。
語尾は意味不明だが、受け答えがしっかりできている。凄まじい技術だ。
いや、待て。
遠隔操作で誰かが喋っているのか!?
うむ、そうに違いない。
この小ささで浮いているのだ。恐らくドローンか何かの技術応用だろう。
これだけ受け答えの出来るAIともなればその機器重量は飛べる限界値を超えるはずだ。
それしかない。
危なかった。ぬいぐるみだと思ってつつくとこだった。
先輩だと思って接することにしよう。
「ここデビ!」
「こ、これは……!」
書類、書類、書類。
とにかく大量の書類が山積みになって置かれている。
ちょっと前まで勤めていた会社でも見た事のない膨大な量。
「この書類に書かれた問題を全部解決するデビ! それがお前の仕事デビ!」
な、なんだと!?
いきなりこんな大量の書類を片付けろと!?
「の、納期は!? 納期はいつまででしょうか先輩!」
「先輩? 先輩ってチビデビのことデビ? 納期って期限のことデビ?」
「そ、そうです……」
「うーん、別に決めてないけど、なるべく早く片付けてほしいデビ!」
なるはや……!?
確実な期限があるにも関わらずそこを濁す事で早めに行動させるという例の呪文か……!
しかし正確な期日を言われていないからと後回しにすると後ですんごい怒られるやつ……!
「わ、分かりました……」
「じゃあお願いデビね~」
そう言って先輩は私をひとり部屋の中に置いて去ってしまった。
「ん……?」
OJTも無しだと……!?
一切の教育を行わず業務を丸投げ……!?
とんでもないブラックなのではないか!?
「……ま、まぁ初日だ。内容も見ずに投げ出すようでは、日本のサラリーマンは務まらん……」
私はおもむろに一枚の紙を手に取り、それを確認した。
そしてそこに書かれてあるものを見て驚愕した。
「よ、読めん……!?」
何語だこれは……!
アラビア語か!?
ヘブライ語!?
いや古代ギリシャ文字!?
どれだけ見ても言語体系が見いだせない。
ダメだ。これは無理だ。終わった。
「あ、忘れてたデビ~」
絶望していたら、先輩が戻って来た。
「ほい! デビ!」
チロチロと動く尻尾が目の前で来ると、突然私の両の頬をビンタしてきた。
「完了デビ! それで文字が読めるはずだから頑張ってデビ~」
そう言ってまたすぐにいなくなった。
い、痛い。
なぜビンタされたんだろう。
体育会系なのだろうか。
「痛い……?」
子供の頃、何度か感じたことのある感覚。
そう、痛いという感覚だ。
久しくなかった感覚を、今のビンタで思い出した。
「ま、まさか先輩は……」
俺の無くした感覚を取り戻すために……。
痛みに疎いという俺の体の特徴まで見抜いて……。
文字が読めるようになるなぞ適当な嘘までついてくれたのか……!
「うむ……! 頑張るぞ! 私はここで頑張る!」
――品質管理は人付き合いが苦手なため、解釈が独特だった。
「さて、とは言ったものの……読めぬ資料に目を通しても意味がない……ん?」
ど、どういうことだ。
全て日本語に変わっている。
先ほどまで確かにヘニョヘニョ文字だったのに!
「これも、これも……! これも!」
読める! これなら仕事が出来る!
そ、そうか!
突然の就職で混乱している私の頭を正気に戻すために!
そのためのビンタでもあったんだ……!
先輩……!
――チビデビの評価はうなぎのぼりだった。
「よし! 早速取り掛かろう!」
ん……?
これは……。
◆◆
「先輩」
「ん、どうしたデビ。クダマサ」
私は部屋を出て、先輩の元へと来ていた。
「この資料にある、生産ラインの件なのですが……」
「ああ、それはエンチャント武器の製造ラインデビ。付与する効果を間違える事が多いらしくて、しょっちゅう説明と効果が違うって苦情が来てるデビ。何度注意してもミスが無くならないんデビよ」
エンチャ……なに?
「ミスが無くならない……。そこに案内してはいただけませんか?」
「なんでデビ? お前はそこに対応方法を書けばいいだけデビ」
「いえ、現場の声を聞かなければなりません。解決のためには絶対に必要なことなんです。お願いします!」
「行ってどうするデビ?」
「製造ラインを任されている者と、実際にそのミスをしたという者から話を聞いて、原因の究明を行います」
「ん~? 尋問デビか~? いいデビね~楽しそうデビ! じゃあ行こうデビ!」
面倒臭そうな態度だった先輩は、最後には快く承諾してくれた。
もしやこれは、回答をしっかり持っているか試されたのか……?
侮れないぞ……!
「ほい、じゃあこの尻尾をちゃんと掴んでるデビよ」
「え? はい……」
言われた通りに尻尾を掴んだ瞬間、景色が一変した。
「はい着いたデビ。ついでに時間も勿体ないから当事者を全部連れてくるデビ」
は?
は?
え?
何がどうなったのだ!?
まさかワームホール技術……!?
いったいどれだけの技術を持っているんだこの会社は……!?
「はい、もっかい移動するデビよ」
移動した先は四角いテーブルと6つの椅子が並んだ会議室のような場所だった。
うむ、おあつらえ向きだ。
さすがは先輩だ。何をするか分かっているんだろう。
ワームホール技術があるのだと分かれば、今の移動もそう驚く事もない。
――品質管理は、他者との接触によって身に着けるべき一般的な常識が欠如していたため、色々なことを飲み込む速度が異常に早かった。
「あ、あの……チビデビ様……我々は何故呼ばれたのでしょうか……」
とんでもなく顔の黒い男性が口を開いた。
黒すぎる。
日サロというやつか。外部との接触がない職場ならファッションは自由だからな。何も言うまい。
だが頭に付けている角みたいなアクセサリーはどうだろう。
何を作っているのかは分からないが、装飾品は外すべきだ。
新人の私から注意するわけにもいかないから、今は黙っておく。
どうせ後で先輩が叱ってくれるはずだ。新人の目の前で起こるというご無体は働かないだろうしな。
「お前はここの責任者デビ。んでそっちのお前はいつもミスする奴デビ? 今日はそのミスについて、このクダマサが尋問するために来たデビよ」
「じ、尋問……!?」
さっき喋った黒い男と、少し身長の低いこれまた真っ黒な男の子が脅えた声を出す。
まぁ、ミスの事情聴取というのは責められているようで嫌な気持ちになるというのは理解できる。
だが、理由が分かれば怖がる必要などないのだ。
正確には尋問ではなく協力なのだから。
というか黒いな。
この子も日サロか。
「ではクダマサ~始めるデビ~」
「はい。ではまず今回起きた障害の内容を確認します」
「障害ってなんですか……?」
小さな従業員が疑問を口にし、いきなり出鼻をくじかれた。
聞き慣れない言葉なのか?
よほど教育体勢が整っていないようだが、知らないのならば教える必要がある。
「障害というのは、大雑把に言えばお客様に迷惑を掛けてしまった事象のことを指します。色々と苦情が来ているそうですね?」
「あ、はい……」
「そうだ、先に名前を確認します。ここの責任者がポコルさん。障害製品を作ったのがボボさんで間違いないですね?」
「間違いないデビ~」
先輩が肯定してくれた。
本人たちに聞いたつもりだったのが、まぁいいだろう。
「では、事象を整理します」
1.製造ラインには、作業者がひとりずつ配置されている。ラインは全部で30。
2.製品は、オプションの取りつけ方がそれぞれで違い、都度流れてくる製品に添付されたメモ用紙に書かれた仕様でオプションを付与する。
3.今回発生した障害は、取りつけるオプションの種類が違ったことである。
「簡単にこんな感じですね」
「そ、そんなの、こいつが間違えたのが悪いんですよ! 何度言っても間違えるんですよ! 覚えが悪すぎる!」
「……うう……」
ボボさんがその小さい体を更に小さくさせている。
辛そうだ。
「いいえ、ポコルさんそれは違います。軽く見ただけでもここには問題が山積みです」
「な、なんですか! 何も問題などありませんよ!」
「では思いついた物だけでも言っていきましょう。まず評価工程が存在しない。次に、同一ライン内で完成系が異なるものを作っている。そして添付されている紙の指示が手書きで読み取れない場合がある」
「それがなんだと言うんですか!」
なんだこの男は。
評価工程がないことにすら疑問を抱かないのか?
頭がどうかしている。
「モノづくりにおいて、ミスが発生またはその出所となるのはほとんど手作業なんです。ライン系統の作業場において、手作業を複雑化させるというの愚の骨頂です。愚かとして言えない。つまり、こういった仕組みで運用させているあなたに問題がある」
「なんだと……!」
ポコルさんが怒りの表情をこちらに向けてくる。
あ、やばいな。またやってしまったかも。
少し萎縮した私を見て、先輩がテーブルを軽く叩いた。
ベゴンっと大きな音を立て、テーブルはテーブルではなくなった。
「クダマサ。続けるデビ」
私は大きく頷き、話を続けた。
「手作業におけるミスを減らすために、それが問題ない製品かどうかのチェックを行う評価工程は必要です。ラインの仕組みもすぐに変えるべきですが、まずは評価工程による確認作業を追加してください」
「そ、それだって手作業だろうが! ミスする確率が上がるんじゃないのか!」
「そうですね。理想的なのは自動化ですが、それはすぐに対応することは難しい。評価工程は第3者の目線で製品を見る事に意味がありますので、とりあえずその工程を作ってください。初めから全てを完璧に出来るわけではありません。考え得るチェック方法を試し、ダメであればその作業を改良していく。トライアンドエラーに似た試行錯誤で、品質は上がっていきます」
この説明を理解しているのか分からないが、ポコルさんの顔はずっと険しい。
自らを否定されたと思っているのだろう。
「こっちだって色々考えてやったりもしてるんだ! ボボの作業だって種類を減らしている! 最大8種類のところボボだけ3種類にしているんだ! それでもこいつはミスをするんだぞ! こいつが悪いだろうが!」
先輩がいるというのに、ポコルさんはがなり立ててきた。
「ポコルさん、そのミスの原因は追究しましたか?」
「したさ! なぁボボ! お前言ったよな!? 寝不足でボーっとしていたかもしれないって!」
体をビクつかせ、ボボさんは小さく頷いた。
「見ろ! こいつの怠慢だ! 体調管理が出来ていないんだよこいつは! こいつひとりのせいでうちの評価が下がっていく! いい迷惑だ!」
私は軽くキレそうだったが、なんとか抑え込んだ。
それは、ボボさんが両の瞳を潤ませ始めたのが分かったからだ。
「ポコルさん、寝不足による作業者の怠慢で片付けたのですか?」
「それ以外ないだろうが! 他に何がある!?」
原因究明とは、人のせいにして終わってはいけない。
突き詰めていけば確かにそういう場合もあるだろう。だが、大体の場合、原因は人にはない。
「ボボさん、教えてください。あなたの業務は現在、他の方よりも簡単なものになっている。合っていますか?」
頷く彼に、私は更に質問を続ける。
「簡単になっただけですか? 他に変わったことは?」
そこで、彼は口を開いた。
「さ、作業量が15倍になりました……」
さすがにビビる。
15倍はありえん。
「当然だろう!? 他の者よりも簡単な仕事をするんだ! 量が増えるのは当たり前だ!」
「ポコルさん。黙っててもらえませんか?」
つい眉間にシワが寄ってしまった。
一瞬脅えた顔をするポコルさんが目を逸らして黙り込んだ。
「ボボさん、その作業が終わるのはいつですか?」
「つ、次の日の朝です……。その日の作業開始3時間くらい前にはなんとか終わらせています……」
「どれくらい前からそんなことに……?」
「に、2か月くらい前です……」
私はその言葉を聞いて抑えられなくなった。
生まれて初めて、思いっきり拳を握っただろう。
その拳をポコルのクソの顔面に叩きつけた。
激しい衝撃と、苛烈な炸裂音が響く。
部屋の壁をぶち抜いてポコルは吹き飛んでいく。
いつぶりか分からないほどの怒り。
吹き飛んだポコルの元に行き、胸倉をつかんで引きずり、元の場所まで戻る。
意識を失っている様子だったので往復ビンタで強制的に目覚めさせた。
「バッ……ハ……ッ!?」
目をパチクリさせるポコルは、何が起きたのか理解できていない様子だったが関係ない。
私は頭を押さえつけて眼前で呪いを吐くように喋る。
「ポコルさん……あなたねぇ。寝不足の原因が完全にあなたのせいじゃないですか……。それも2ヵ月? あなた方の作業には休みの日というのがありませんでしたね? 資料に載っていましたよ? つまり2か月の間3時間の睡眠しか取らず、いえ、食事の時間等も含めればもっと短い。そんな過酷な労働を部下に強いていたのですか? ブチ殺しますよ」
「な、なんで私が殺されなきゃならん! 私は責任者だぞ! 足を引っ張る部下にはそれなりのペナルティがあってしかるべきだろうが!」
減らず口を叩くこいつが本当に憎い。
お前のような馬鹿がいるから日本では過労死などという死因が蔓延するのだ。
いやそれにしたってひど過ぎる。
聞き逃されないように、聞き返されないように。
私はこいつの耳元で囁いた。
「ポコルさん……。どんな現場にもミスは付き物です。そして、ミスの大半はその仕組みが悪いから発生する。悪くなくても、仕組みを変えるだけでそれは劇的に変わる。人的ミスの原因は、遡ってちゃんと分析すれば別の何かにぶち当たるんですよ。初歩の初歩です。知りませんか? 知らないでしょうね? だから平気でこんなクソみたいな対策を取る……」
1度呼吸を整え、再度私は言い放った。
「外部研修を受けてこい。知見も持たずに人の上に立つな。この無能が」
ポコルはワナワナと体を震わせた。
そしてガバっと立ち上がり、叫びながら逃げ出していった。
「うわあああああん! ガイブケンシュウってなんだよおおおおおおおおお!」
そこで私は自分がしたことの過ちに気づく。
な、なんてことだ。
やってしまった。
つい前の会社と同じように罵詈雑言を浴びせてしまった……。
同じ会社に努める人間に……とんでもない暴言を……。
「ギャハハハア! 最高デビ! クダマサの尋問は最高級デビ! 言葉だけであそこまで追い詰めるなんて中々出来ないデビよ!」
わ、笑っている。
以前なら絶対に怒られる場面だというのに、先輩は笑っている……!
言葉どころか殴りましたけど……!?
何故……!?
「あ、あの……」
ボボさんが私のスーツの袖を掴む。
「あ、ありがとうございます。僕のために怒ってくれたんですよね?」
いいや、それは違う。
犠牲になる作業員のためではない。
単純に、あういう手合いが我慢ならないだけだ。
だが、それは口には出さない。
「で、どうするデビ? このままじゃ何も解決しないデビよ?」
上司が無能なのであれば、教育する必要がある。
新人の身で、あいつを外部研修に出せとは流石に言えない。
なら、私がやればいい。
「先輩、私にこの現場を少しの間任せてはもらえないでしょうか。私が全て改善してみせます」
「ん~。分かったデビ。クダマサに任せるデビ」
よし、あそこまで言い放ってしまったのだ。
ボボさんのような従業員を出さないためにも、ここは完璧な状態にしてやる。
ついでにあの無能も叩きなおす。
私は決意を新たに、エンチャラチャラなんとかの製造ラインの仕組み改善に乗り出した。