01 散々な日々
まだ日の明るい時間。
外部研修の講師として、協力関係にあるIT企業へ向かっていた。
「少し早かったな」
私は品質管理。
某IT企業に勤めるサラリーマン。
毎日まじめに業務に努め、毎日規則正しく生きている。
だが、友人と呼べる人間はひとりもいない。
原因は分かっている。うまく変えられない表情と、無遠慮な物言いがいけないのだ。
なんとか直そうとはしているが、どうにも上手くいかない。
今日の研修では、朗らかに笑う気安い先生として受け入れてもらいたいのだが、やはり難しそうだ。
「気分転換でもしてみよう」
そう思い、私は喫茶店を探して歩きだした。
その時だった。
「きゃあああああ! 暴走トラックよ! 居眠り運転だわー!」
「い、いやあれは転生用トラックだ! 逃げろ! 転生させられるぞ!」
「今時まだトラックなのか!? しんじられねぇ!」
様々な暴言を吐かれたそのトラックは、時速80kmくらいで私に向かって来た。
「おい兄ちゃん! 異世界がこんにちわしてるぞ! 逃げるんだあああ!」
ゴシャっという音と共にトラックは静止する。
一応受け止めはしたが、片手だったせいかトラックの損傷が酷い。
ちゃんと両手を使えばよかった……。
こういうところか。
こういう横着するところを直していかなくてはならない。
決意を新たに、私は喫茶店を探すために再度歩き始めた。
しかし、災難はこれだけではなかった。
今度は周りにあるあらゆる車が宙に浮いてこちらに飛んでくる。
どうしよう。これ壊したら私のせいになるんだろうか。
貯金はまぁまぁあるが、何台も弁償してたらすぐ借金まみれになってしまう。
そんなことを考えていたら、数台の車に押し潰された。
「なんてことだ……」
考え事をしていたせいで車に肘が当たってしまった。
ひしゃげるどころか、車体が半分になっている。
そのほかの車も、ほぼ全てが全損という状態だ。
これは良くない。
逃げよう。
這い出る隙間が無かったので、仕方なく車体を引きちぎりなんとか外に脱出した。
幸い怪我は無かったので、一般人に紛れ込んで事なきを得た。
正直危なかった。
車上荒らしと間違えられでもしたらきっと会社を首になってしまう。
なんとか誤魔化せてよかった。
しかししかし、災難はこれだけでは終わらなかった。
研修場所に着くまでも、着いてからも。
私の周囲ではとにかく色々なことが起きた。
突然巨大な熊が都心に現れたり、不意の落雷に見舞われたり、立ち寄った喫茶店で頼んだ珈琲が緑色だったり。
湯に浸かっていたら風呂場が水で満たされたりもした。
2時間ほど様子を見たが、状況は改善しそうになかったので無理矢理扉を壊して外に出た。
おかげで辺りは水浸し、扉も修理代が発生。
2時間も息を止めていたおかげでちょっと酸欠にもなり掛けた。
そんな散々な日々を過ごしていたら、遂に会社に来るなと言われた。
お前がいると死傷者が出るから本当マジで来ないでって。
ショックだ。
こんなに真面目に生きているというのに。
私が何をしたというのだろう。
軽い自暴自棄になった。
きっと私の性格がよくないのだろう。
上手く笑えないこの顔が憎らしい。
そんなある日、やる事もなく空を見上げていたら、何やらデカい石ころが見えた。
空一面を覆うほどの石ころだ。
珍しいこともあるのだなぁと眺めていると、周りが慌ただしくなっていった。
警報のようなものまで鳴っている。
逃げ惑う人々は、訓練にしてはまとまりがない。
いや、本気なのだろう。
皆本気で、訓練に取り組んでいるんだろう。
本気で何かに取り組む……か。
仕事だけは人一倍しっかり出来ていたと思ったんだがな……。
俯いて地面を見つめていた。
すると、次第に光が遮られ影に覆われていく。
おかしいな、ここに天井などないが。
見上げると、巨大な女性のケツが迫って来ていた。
それは真っ直ぐとこちらに落ちてくる。
「ま、まずい……ッ!」
このままでは、痴漢に間違われてしまうかもしれない。
触れないようにしなくては……!
しかし私はそんなに足が速くない。今からでは退避が間に合わない。
まごついていると、それは降りてきた。
プニっと柔らかい感触が全身に広がっていく。
ああ、これで私も犯罪者か……。
感触を反芻する暇もなく、今度は何かの衝撃が襲い掛かって来る。
そしてすぐ、私を包み込んでいたケツは消え去り、またあの青空が姿を現した。
そしてそして、今度は全身を光に包まれていく。
なんとも暖かい光だった。
心地よいその暖かさに、私はしばし考え事をやめ瞳を閉じることにした。