4話:「お前ら俺の事何だと思ってんの?」
「…1つ聞きたい事があるんだが」
「ふぁんふぇひょうふぁ?」
「食いながら喋るな」
「…、食べてる時に話しかけないで下さいよ」
食べ物を飲み込んだシエルにそう指摘され、進は少し唸り声を上げた。
そのまま2本目の大きなフランクフルトを口に運ぼうとした所を進に止められた。
―因みに、このフランクフルトは道すがらの露店で「可愛いから10本あげよう」と言って差し出してくれた、店主の粋な計らいで手に入れた物である。―
「待て、質問したいんだが」
「あ、そうでしたね。何でしょうか?」
(コイツは鳥頭か…?)
先程まで話していた事を忘れているシエルの頭を心配する進だったが、構わず質問を投げかける。
「服装だけじゃなく、なんか髪のツヤも良くなってる気がするんだが」
「はい、お風呂にも入れてもらいましたから」
「は…?」
「店主さんが2階の風呂場に案内してくれて、私たちが入浴している間に服を選んでくれていたんです。青髭が目立って変な喋り方の男の人でしたけど、とても優しい人でしたよ」
「…お前には羞恥心が無いのか?」
「どこかの誰かさんたちと違って相手は大人ですから。そういう事はしないと分かってますよ」
「大人だから危ねぇんだろ…」
見知らぬ大人の言葉を鵜呑みにしないと言うのは常識である。相手が異性ならば尚更の事。そんな常識を持ち合わせないシエルに不安を覚えた進であるが、自分が言ってどうこうなる問題でも無いだろうと、今は後回しにすることにした。
「そういえばリィムにとっては初めてのお風呂だったね。どうだった?」
「…暖か、かった…」
シエルの右腕をしっかり掴んで離れようとしないリィムは、進にきこえるかどうかの音量で呟いた。
「…旅を続ける以上、次に風呂に入れるか分からんからな。体を洗える時はしっかり洗っとけ」
「そうですね。シンも機会があったら入った方がいいと思いますよ?大分臭います」
「誰が食料調達してると思ってやがる…」
進一行が駄弁りながら歩いていると、向こうの方からレイジが手を振って走ってきた。どうやら、気付かぬうちに目的地付近まで到達していたようだ。
「ごめんなさいっス!お金、大丈夫でしたか?!」
レイジがジャラジャラと音がする小さな巾着を進に手渡す。
「大丈夫だ。店主が粋な奴だったらしくてな」
「そうっスか…、なら良かったっス。
それにしても2人とも、随分と可愛くなりましたっスね〜!見間違えたっスよ!」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
レイジに褒められたシエルは照れくさそうにはにかんだ。
「服の感想は後にしろ。
…それで、船はどうだったんだ」
何だか居心地が悪いような気がした進は、話題を切り替えて今後に関わる話を切り出す。
「それなんスが、船が到着するのが2日後、荷物の運搬作業等で1日使うらしいので、オレたちがここを発てるのは3日後しか無いっスね」
「荷物の運搬…。貨物船か?」
「貨物船、というよりは貿易船っスね。本来は関係者以外は乗船出来ないんスけど、そこは騎士団長の権限でどうにか許可を貰いました」
「“元”騎士団長だろ」
「バレなきゃいいんスよ、バレなきゃ」
はぁ、とため息をつく進だが、自分達のために権限まで行使してくれたという点を考えて、軽く礼を述べた。
「まぁ助かるよ、あんがとな」
と進が謝礼を口にすると、他の3人が驚愕したような顔つきで進の方に振り向いた。
「な、なんだよ」
「…シンって、お礼言えたんですね」
「お前ら俺の事何だと思ってんの???」
―――――
時を刻んで4時間後。
適当に取った宿の食堂で夕食を済ませ、各々の自由行動の時間に、進は昼間の洋服店の目の前まで足を運んでいた。
(あまり期待はしていないが…)
シエルの話によると、進が愛用していた漆黒のローブはここの店主が仕立て直してくれている事になっている。「今夜8時に取りに来い」との伝言も聞き及んでいる。
シエルは店主にかなりの信頼を寄せていたが、進は反対に警戒しかしていない。何せ、見ず知らずの年端もいかぬような少女2人を風呂に連れ込むような男だ。何を考えているのか分からない。
きっと、進のローブを預かった理由もろくな事では無いだろう。
(交換条件でも出されたら、その時はどうしてやろうか)
信頼はしていなくとも、シエルとリィムの服の恩はある。
もし上手に出られるような事があれば、その時は出来る限り穏便に済ませるようにしようと心に決めて、進は洋服店のドアベルを鳴らした。
「あらいらっしゃい、待ってたわよ」
入店した進の目に飛び込んできたのは、カウンターで頬杖をつきながら本を読んでいる男の姿だった。
シエルからの伝聞通り青髭が目立ち、ショッキングピンクのソフトモヒカンが特徴的な高身長の男である。
「…ここは本屋だったか?」
「ナニよ、服屋の店長が本読んでたらダメなのかしら?」
「そうとは言わんが」
扉を閉めて店内を見回す進。彩りの服が少し広めの店内に所狭しと並べられているが、その中でも一番目がつくのはやはり、独特な姿をした店主だった。
店主の喋り方を聞いて、進は一つの心当たりに行き着く。
「……もしかして、オネエか?」
「オネエだなんて失礼な子ね。トランスジェンダーと呼びなさい」
「トランスジェンダーなのか?」
「ストレートな子ね。もっと柔らかく呼びなさい」
「なんて呼べばいいんだよ」
答えが無い言葉遊びに翻弄される進の様子を見て、店主は「フフン」と笑って親指で自身を指さしながら高らかに名乗った。
「アタシの名前はアテット・ブルシンフェル!!人はアタシの事をテットなんて呼んだりもするし、或いは……
『12番目の勇者』なんて呼んだりもするわ!」
「……は?」