2話:“魔法”
「…んで。何スかこれ」
「…シン?」
朝日が登ってきた頃、進は2人に睨まれる。
朝食後、進は何故かレイジに正座させられ、シエルにビンタを貰った後にレイジに腹を殴られた。
原因はシエルの横にいる、大きな獣耳を生やした白髪の少女のせいだ。
少女は進の懐で眠りこけており、その清純な体には何も纏っていなかった。
2人が必要以上に進を責め立てるのも、あらぬ勘違いを引き起こしているからだ。
「いや、俺は何も」
「何もしてないわけないじゃないっスか!こんな女の子一体どこから…!」
少女はシエルの袖にしがみつき、怒鳴るレイジに怯えるようにふるふると震えている。
「あんまり怒鳴るな。その子も怖がってるだろ」
進に言われて少女の様子を確認するレイジ。確かに進の言う通り、少女は怯えたようにレイジを見つめていた。
それに気付いたレイジは、一度咳払いをしてから話を仕切り直す。
「…それで、この子は一体誰なんスか。少なくとも、アンタの知り合いじゃないっスよね?」
「いや知らん。気付いたら俺のところで寝てた」
シエルが訝しむような目付きで進を睨む。
「いや本当だぞ!?俺はその子が誰かなんて知らんし、関わった覚えも無い!」
「だったらこの子がシンの布団の中に入ってきたって言うんですか?あんまり女子ウケ良くなさそうな顔つきですけど…」
「お前俺の事そんな目で見てたのかよ…」
女子直々に面と向かって容姿を否定され、進はがくっと肩を落とした。
「今はコイツの冴えない容姿はどうでもいいっス」
「俺もしかしていじめられてる?」
「問題は、この子がどこから来たのかっていうのと、この子の親が捜しているかもしれないという事っス」
レイジがそう言うと、少女がそっと手を挙げて物申す。
「…親…、いない…」
環境音に掻き消されそうなか細い声でそう呟く。レイジは申し訳なさそうに謝った。
「…それは悪い事を思い出させたっスね。
君、出身地はどこっスか?」
「…森」
「森?随分辺鄙な場所にある村なんスね」
その会話に進は違和感を感じる。
表面上は噛み合っているように聞こえるが、2人の会話にはどこかズレがあるように感じた進は、手っ取り早く少女に確認を取る。
「名前は?ファミリーネームも教えろ」
進がそう聞くと少女は。
「…リィム…。『ファミリーネーム』って、何…?」
と呟いた。
「え?…リィム?」
「リィムって、ウチらの狐の名前っスよ?」
少女の名に驚きを隠せないレイジとシエルは、少女をまじまじと見つめる。
進は何が起こったのかを理解し、「つまり」と2人に簡潔に説明した。
「…つまりな、リィムが人型になったって事だろ」
2人の視線がリィムに集まると。
「「―ええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!????」」
広い野原に少年と少女の絶叫が響いた。
―――――
リィム。『リィム・クオン』。それが少女に与えられた、新しいフルネームである。
ひょこひょこと動く獣耳と、日に照らされて眩しく輝く、腰まである長さを持つ白い毛並が大きな特徴である。
「私ファミリーネームないのに…」
進を見つめてシエルはぼやく。
「だったらお前も名乗ればいいじゃないか。そもそも、元の家族の姓はどうした」
「家族と離別したのは私が4歳の頃ですよ?覚えてるわけ無いじゃないですか」
(そういうもんなのか…?)
進は物心つく前から自分の苗字を名乗っていた。いつから名乗っていたかも分からない進は、改めて自分の幼い頃を振り返る。
しかし昔の事はあまり覚えていなかったので、振り返るのをやめた。
4人は朝の食事を摂り終え、旅を進める準備を始めていた。準備とは言っても、使った用具の片付けや焚き火の後始末程度の事だったが。
「…ところで、どうしてリィムは人型になったんでしょう?」
当然の疑問を、何も知らないであろう進に投げ掛ける。
進はそんな無茶ぶりの質問に、前世で培った知識で、憶測であるが答えた。
「おそらくあの時、九尾がリィムに何か施したんだろ。最期に何か意味ありげな事言ってたしな」
リィムの母親にあたる九尾は、進たちに後を託す際にこう言った。
「あなたの『想い』が、力となって具現されるでしょう。だから、想いをつよく持ちなさい」
リィムがそう口にする。
それは、彼女の母親が最期に遺した言葉。彼女の脳裏にはこの言葉が焼き付いて離れなかった。
「言ってましたね。でも、それと何の関係があるんでしょうか」
「…推測に過ぎないが。リィムが人型になったのはおそらく、リィム自身がそう望んだからだろう。
『人になりたい』という強い想いが、リィムを人の姿にした。『想い』が力となって具現する、というのはその事だろう」
「それにしたって、耳を残して人型になるなんて有り得るでしょうか…?」
「この世界には獣人もいる。だったら不思議な事じゃないだろ」
(…そもそも、獣人っていつ生まれたんだ?)
当たり前のように獣人の存在を認知していた進は、今更ながらその存在に疑問を抱いた。
が、今はどうでもいい案件なので頭の隅にでも留めておく事にした。
「…本当に、リィムは『人になりたい』って思ったの?」
リィムの真意を訊ねるシエル。リィムはその問いに小さく頷いた。
「…マスターたち、毎日、楽しそうだった…。
だから、私も、マスターやお姉ちゃんたちみたいに、人になれたら。いっぱい、お話出来る、と、思って…」
上目遣いで見つめるリィムに心を打たれ、シエルはリィムを抱き寄せ、小さな頭を優しく撫でまくった。
「〜〜!リィムは可愛いね!!いい子いい子〜!!」
「…お、お姉ちゃん…。苦しい…」
『お姉ちゃん』と呼ばれたことで、シエルの撫で回しはさらに速度を早める。
その様子を微笑ましく眺めていたレイジが、進の元に寄ってこう呟いた。
「まるで“魔法”みたいっスね」
「…魔法?」
魔法ならシエルたちが毎日使っているだろう、と思っていた進は、そこで“魔法”という単語の意味を初めて知る。
「…あ、そうっスね。シンは“魔法”の意味を知らないんスね。
“魔法”を一言で表すなら、『奇蹟』みたいなもんっス。常識的に考えて絶対有り得ない事が起こったり、見た事もないような現象を目の当たりにした時。この世界の人たちは皆、それらを『まるで“魔法”のようだ』って表したりしますっス」
「魔術と“魔法”は違うのか?」
「魔術はこの世界にある技術の1つっス。当初は生活を便利にする為に使われていたものでしたけど、今となっては戦争の道具なんかに転用される事が多いっス」
(魔術と“魔法”は違うのか…)
なるほど、と1人納得したところで進はリィムを見つめて、
「…だったら、あれは確かに“魔法”なのかもしれないな」
と呟いた。
―こうして、進たちの旅が3人から4人となった。
―――――
それから2週間。
「着いたな」
進たちは、港町『ティミホカ』に辿り着いた。