黒歴史ガールは突然に。
第1話です。よろしくお願いします。
世間はどんな時間を過ごしているだろう。俺達はこうだ。
それは突然やってくる。
「ねえねえ、京太さん!」
春の夜、そこは普通の二階建ての一軒家。リビングの中。京太さんと呼ぶ金髪の少女と、京太さんこと杉谷京太 (すぎや きょうた ) は俺の名前。白髪眼鏡。二人きりだ。
「何だよ?自称るりあ」
「もう、そんなこといって……。えい!」
ぷくーっと顔をふくらませると彼女ーー自称、麻琴るりあ (まこと るりあ ) はソファから立って赤いリボンで括られた二つ結びの髪を揺らし、俺に抱きついてきた。身長差で、白いカチューシャが俺の両目のすぐそこに見える。
そして豊満な胸が、ゲフンゲフン。
「おい! 離れろ」
「きゃっ、いいじゃないですか! 何たって私を産み出してくれた人なんですから!」
「うるさいっ、俺は信じねぇからな! お前が昔描いた絵の具現化したやつなんて!」
……第三者からすると、状況がまったく分からないだろう。簡単にいえば、昔の俺の妄想のひとつの現実化ということを主張する女が現れたのだ。つまりキャラクター。『ぼくのりそうの女の子』。数分前に。しかし全然信じられない。
とりあえず、ゆっくりと時間を遡ろう。
世間はどんな時間を過ごしているだろう。俺達はこうだ。
都内品川区。入学式も過ぎ、五月半ばの午前中の休み時間、都立黒葉高等学校 (くろば )の一のB組では、いつものように俺はすっかり黒ずんだクロッキー帳に鉛筆書きをしていた。
「よし、部活で描くポスターのイメージはこれだな」
美術部に所属している俺は今度の防災ポスターコンクールに向けて、原案を練っている。リアル路線で。
「……たく、面白味がないわねー」
と、いきなり机に乗せたクロッキー帳を取り上げ、ムカつく文句をたれる女が一人。
「うるせーな。写実的といえよ。だいたいお前はどうなんだよ、ささら!」
「かわいい災害をモチーフにした、ゆるキャラをデザインしてるのよ」
「ガキくさっ」
「ぶっ飛ばされたいの?」
「滅相もごさりませぬ」
「あんたも幼稚園のときは、夢のある絵を描いてたのに」
女ーー荒井ささら (あらい )は、ため息をつくと、俺の机にどっかりと図々しく座った。おかっぱ頭に妙に古臭いヘアピンを付けている、幼稚園からの俺の幼馴染。
「どういう意味だ? むしろ今の方がバカバカしくなくていいだろう。」
「空想とかして、描いてて面白かったじゃない。例えばあれとか、『ぼくのりそうの女の子』だっけ」
「そういうのは卒業したんだよ。お前は変わらないな」
幼稚園時代から絵を描くことが大好きだった俺はかっこいいモンスターとか、十年後の未来とかをこいつと一緒に妄想して、それを画用紙などに描きまくっていた。『ぼくのりそうの女の子』はその中でも自信作だったのだ。
しかし年を重ねるに連れ、それが一気にくだらないものに見えてしまう。特にあの出来事があってからーー。
「ところで京太。今日も、部活終わったら、おばさんの見舞い行くの?」
「もちろん。お前は墓参りだっけ?」
「そうね、お互い親がいないとさみしいわね」
「どこがだよ。うるせーのがいなくてせいせいするっての」
「週三も通ってるくせに、心配なんでしょ。」
強がった俺を見て、笑う幼馴染。
母さんは俺が中二のときから、近所の病院でずっと入院している。
何のことはない。女手一つで、ずっと新聞配達やホテルの清掃業などで、俺達の面倒を見てきた母さんは、過労で倒れてしまった。だから実質、今は一人暮らしだ。父親はいない。物心ついたときからいない。家族は母さんだけなので、現在家事をやらねばならない。
「私はね、京太」
ささらはふいに机からひょいと下りて、言葉を続ける。
「家族が一人でもいるって素敵なことだと思う。……私の家にも、誰か一人ぐらい、暮らしてくれたらいいんだけどね」
言い終えて、親友の白川 ( しらがわ )の席へ向かって行った。
ーーそうだ、親がいなくてせいせいするなんてこいつの前じゃ、禁則事項だったな。だって。
「ねぇねぇ、架空の生き物を召喚できるって知ってる?」
「聞いたことあるー! どんなだっけ」
ちょうど右斜め後ろの席で、女子二人が雑談をしていた。本人達はヒソヒソ話してるつもりでも、近くにいれば結構うるさい。
「なんか欲しい生き物を頭の中で唱えるとか、短冊に願い事を書いて出すとか」
最近、流行っている根も葉もない噂話だ。しかし、数日たてば新たな噂話で埋れ去ることだろう。
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