魔法使いによる正しい杖の使い方
私の名前はユリート、特別授業の講師だ。
本日は諸君に正しい魔法の杖の使い方についての講義をしよう。
まずは基本的なことからだ。
魔法の杖とは『魔法使い』が『魔法』を使うために用いる道具である。
この杖がなければ魔法使いは魔法を使うことができ無い。
なぜなら、杖がなければ体内にある魔力を魔法として使うことができないからだ。
ならば、杖さえあれば誰でも魔法が使えるのか?
答えは「否」だ。
魔力は魔法使いに限らず人間ならば必ず体内に宿している。
しかし、ほとんどの人間は必要最低限の少量の魔力しか有しておらず、魔力の保有量は生涯を通じて変わることはない。
例えば平均的な魔法使いが1000の魔力を持っていたとした場合、他の人間は1~10程度の魔力しかもっていない。
魔法を使うためには一定量の魔力が必要だ。
先ほどの例えを用いるならば、必要魔力量が最低の『微風』の魔法だと、10の魔力が必要になる。
さて、ここで疑問が生じる
魔力の保有量が10の人間であれば『微風』の魔法を使えるのではないのか?
残念だが使えない。
なぜならば、この魔力量の10は『微風』として発動した瞬間のものだからだ。
最初に説明した通り魔法の杖は体内の魔力を魔法に変換するモノであると説明した。
実は杖を通じて魔力を魔法に変換する際に杖による抵抗があるため、余分に魔力を使わなければならないのだ。
つまり、杖から放出された魔法の魔力量に加えて、体内にある魔力を魔法に変換する際に杖の抵抗によって消費される魔力量の合計が魔法を行使した際に体内から使用される魔力量となるのである。
余談ではあるが、魔力がどの段階で魔法に変換されているのかはまだ分かっていない。
体内の魔力が杖に通じた瞬間に魔法に変わるのか?
魔法が杖から放出された時なのか?
それとも、魔法の杖を手に持った瞬間から体内の魔力は魔法化しているのか?
まだまだ研究は続けられている。
もしかしたら諸君の中にこの研究を志す者がいるかもしれない。
その時は魔法の発展のために精進してほしい。
さて、基本的なことに関しては復習もかねて簡単に説明した。
ここからは杖の扱いについての講義を始めていくが、ただ私の話を聞くだけではつまらないだろう。
なので実戦を交えての杖の扱いについての話をしていこう。
この講義室では少し狭いな。
諸君、自分の杖をもって実戦場に行こうか。
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魔法戦闘学
最近新たに魔法科の授業カリキュラムの中に組み込まれた学問だ。
なぜこれまでのにカリキュラムにはなかったのか。
簡単なことだ。
最近までそんな学問などなかったのだ。
ユリート・ロジカ
この男が学問を開設した男であり、今現在講師として講義を行っている。
僕は興味本位でこの講義に参加してみたが、この講師はなんだか胡散臭い。
まず見た目。
茶色い恰好をしている。
本来ならば魔法使いは黒、白、灰色のローブを着ている。
ローブの色はその魔法使いの得意な魔法系統を示している。
黒は攻撃系の魔法、白は回復や補助系の魔法、灰はデバフ系の魔法をそれぞれ示している。
だがあの男は茶色だ。
どんな魔法を使うのかも想像できない、そもそも魔法が使えるのか?
まあ、講師としてここにいる以上魔法は使えるとは思うが・・・そもそもローブではない。
あの男が来ているのはローブではなく革鎧だ。
鎧系統の装備について僕は詳しいわけではないがこれだけはわかる。
魔法使いが身に着けるべき装備ではない。
確かに、魔法使いもローブの下に鎧系統の装備を身に着けることはある。
しかし、それは胸当てなどの最低限度の装備だ、それも金属製のもの。
革鎧は斥候などの身軽さを必要とする前衛職の者が装備するものであって、後衛での戦闘を主とする魔法使いがすべき装備ではない。
端的に言えば、あの男は魔法使いらしくない。
それ以前にあの男は本当に魔法使いなのかどうかも疑わしい。
本を読めば理解できそうなことをさも得意に喋っているだけではないか。
それになんだよ、杖の使い方って?
ただ杖に魔力を込めて、魔法を放つ。
これ以上に何があるんだ。
杖の握り方でも教えるつもりなのか?
そんなことを教えて何の意味があるんだ?
あぁ、なんで僕はこんなところに来てしまったのだろう?
もっとメジャーな講義にすればよかった。
薬草学とか、魔方陣構成文字学とか、魔法歴史学とかいろいろあったのに興味本位でこんな講義を選んでしまったことを僕は本気で後悔している。
この講義に半年も参加しなければならないのか。
そんなことを思っていると・・・
「諸君、自分の杖をもって実戦場に行こうか」
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この講義の最終的な目標は魔法人形を相手取っての戦闘が可能になることにある。
ここに一体の魔法人形がある。
この人形は前衛職としての行動ができるように魔方陣が刻みこまれている。
しかし、この魔法人形はあくまでも剣士系前衛職との連携を訓練するために作られているため、実際の剣士よりは能力が劣っている。
もちろん、この剣士以外にも、弓士、魔法使い、僧侶、盾士、斥候など様々な種類の魔法人形を用意している。
今回はこの人形と諸君らにそれぞれ一対一で戦ってもらう。
だが、いきなり諸君らに戦闘を始めろというわけではない。
最初に私がいくつか見本を見せよう。
その後、基本的なことを実践を交えて講義していく。
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そういうとあの講師は懐からおもむろに杖を取り出した。
白くてシンプルな形の長さは30㎝程度の杖だ。
あの杖は杖の中でも小さい部類に入る大きさだ。
魔法を習い始めた子供が使う初心者用の杖だ。
あんな杖でいったい何ができる。
初心者用の杖は普通の杖と比べて放たれる魔法の威力と射程距離が半分以下になる。
質の良い杖になれば魔法の威力は高まるが、射程距離は短くなる。
そもそも、後衛職である魔法使いはわざわざ射程の短くなるような杖は使わない。
威力と射程は杖の大きさに比例する。
しかし、杖が大きければ大きいほどいいというわけではない。
杖が大きくなった分重さも増える。
だから、持ち運べる大きさと重さを考えに入れつつ、一定の魔法の威力と射程を保たなくてはならない。
体格にもよるが大抵の場合1m半程度の杖が一般的なものとなる。
つまり、あの男は魔法使いとしての利点である少なくとも射程をなくしているのだ。
前衛職と比べれば紙も同然の防御力しか持たない魔法使いにとって、距離とは自分を守るための壁なのだ。
それをあの男は捨てている。
正気の沙汰ではない。
そう思っていると、あの男は杖を持った右手と何も持っていない左手を胸の前に持ってきた。
そして、その場で左右に揺れ始めた。
いや、蠢いているといった方がいいだろうか。
なんだ、あの動きは?
男の両腕に蠢きが伝わっているかのようにユラユラ、グネグネと動いている。
なんと気味の悪い動きだ。
ただ、気味が悪いだけではない。
怖いのだ。
お腹の辺りがザワザワとする
あの蠢きから何が始まるのか全く見当がつかない。
男は木製の片手剣を構えた魔法人形と5メートルの間隔を保ってその場でユラユラと蠢いている。
最初に動いたのは魔法人形だ。
5メートルあったあの男との間合いを一気に詰めて、片手剣の間合いに入った瞬間人形は剣を振り上げた。
男はまだ蠢いている。
人形は剣を振り下ろす。
男はまだ蠢いている。
振り下ろされた人形の剣が男に当たる。
その瞬間
男は
人形の後ろに回り込んでいた。
僕がそう認識したときには、人形の首は落ちていた。
何が起こったのかわからなかった。
本当に一瞬の出来事だった。
何をした!?
あの男は一体何をしたのだ!?
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さてまずは武器を持った相手に対する戦い方を見せた。
では、次に魔法使いを相手としたときの戦い方を見せよう。
ただ、先ほどのように人形を相手にしたのでは面白くない。
なので、諸君の中から一人魔法使い役を頼もう。
安心するといい、私から攻撃することはない。
その証拠に私は杖は使わない。
では、立候補したいものは?
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「さてまずは武器を持った・・・」
驚愕していた僕の感情は男の声によってハッっと戻った。
落ち着け。
落ち着けば何でもない。
簡単なことじゃないか。
あの男は白の魔法使いだと考えればすべて説明がつく。
回復と補助が得意な白の魔法使い。
あの男は自身の体におそらくは俊敏性を向上させる補助魔法を使ったのだ。
それによって振り下ろされた剣を避け、魔法人形の後ろに回り込んだのだ。
そして、攻撃魔法によって人形の首を落とした。
使われた魔法は目に見えなかったことからおそらく『烈風』だろう。
しかし、本来の『烈風』ならば体に切り傷を与える程度の力しかなく、首を切断することなどできない。
黒の魔法使いならばできないことはないが、あの男は白の魔法使いだ。
白の魔法使いでなければ振り下ろされた剣を回避できるほどの補助魔法は使えない。
さらに、あの男が使っているのは威力の弱い魔法しか出ない短い杖だ。
しかし、もしあれが最高品質の杖であったならば話は別だ。
極限まで高められた威力の『烈風』ならば首を切断することも可能なのだろう。
振り下ろされた剣を体に触れる瞬間に回避できるほどの補助魔法も可能なのだろう。
だがその代わりに射程距離を大幅に削ってしまった。
だから近距離、いや、ほぼゼロ距離から魔法を放たなければならなかった。
その弱点をあの男は逆手に取った。
本来ならば後方支援でしか活躍できない魔法使いがまさか接近戦を試みるとは思わない。
そこに油断が生じる。
その油断を利用してあの男は人形の後ろに回り込み首を落としたのだ。
面白い戦い方をする男だ。
この講義を受けたのは間違いだと思っていた。
だが、そんなことはない。
面白いじゃないか。
「なので、諸君の中から一人魔法使い役を頼もう」
おお、実際に体験できるのか。
面白い。
「安心するといい。私からは攻撃することはない」
当たり前だ。
あんな魔法を食らったら間違いなく死ぬ。
「その証拠に・・・」
衝撃を受けたのはその後だ。
「私は杖を使わない」
そういうとあの男は懐に杖をしまい。
両手を上げてヒラヒラと手を振った。
「では、立候補したいものは?」
その言葉を聞いて僕は手を挙げた。
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協力してくれてありがとう。
実際に模擬戦を始める前に簡単なルールを決めておこう。
お互いに無用な怪我はしたくないだろう。
一つ、君は杖を使い、私は使わない。
一つ、君はどんな魔法を使ってもいい。
一つ、君の勝利条件は私に魔法を当てること。
一つ、私の勝利条件は君の肩にタッチすること。
こんなところでどうだろう。
不安そうな顔をしているね。
だけど安心しなさい。
勝つのは私だ。
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ルールを聞いたとき困惑よりも、なめられていると感じた。
特に、あの男が『杖を使わない』といったことだ。
杖とは魔法使いを魔法使いたらしめるものだ。
杖を持たないものは魔法使いではない。
ただの人だ。
能力だけで言えば魔法を使えない分普通の人よりも劣っているかもしれない。
つまり、これは「魔法使い対魔法使い」ではなく、「魔法使い対人」の模擬戦なのだ。
いや、模擬戦とは言えない。
結果は一方的なものになるだろう。
「準備はいいかな」
僕は頷く。
「じゃあ、始めようか」
男は人形と戦った時のように体をユラユラと蠢かせ始めた。
あの動きだ。
離れてみていた時も不安感を感じたが、目の前で見ると不安とともに恐怖も自分の中から滲んでくる。
僕は杖を構えた。
男は動かない。
なぜだ。
「お先にどうぞ」
蠢きながら男はそう言った。
確信した。
こいつは僕をなめている。
嘗め切っている。
ただの学生だと思っているのか?
この男は今の自分がだだの人よりも弱いという自覚があるのか?
模擬戦だからと言って高を括っているのではないか?
高を括る?
そうだ。
つまりあの男は油断している。
なら、強烈な一撃を与えればあの男の鼻を明かせる。
僕は杖に魔力を込めて
『斬空』
『斬空』、あの男が人形との対戦の時に放った『烈風』より2段階上位の魔法だ。
『烈風』は相手に切り傷を与える程度の威力だが、『斬空』は岩ですら紙のように真っ二つにすることができる威力を持つ。
そんな魔法が当たれば相手も無事では済まない。
しかし、この魔法は威力が強いだけではない。
調整ができるのだ。
威力を大幅に減らし、その分放たれる魔法の速度を上昇させる。
今回の模擬戦のルールで僕の勝利条件はあの男に魔法を当てるだけでいい。
つまり、目に見えない魔法を超高速で打ち出せば僕はあの男に勝てるのだ。
勝てる。
僕の勝ちだ。
そう思っていた。
男は魔法を半身になって避けていた。
ありえない。
音速の不可視の魔法をどうやって避ける?
いや、魔法が当たって半身になったのか?
それもあり得ない。
威力を抑えたとはいえ、音速の魔法がかすった程度でも吹っ飛ぶ威力は残っている。
それに
あの男はさっきいた場所よりも近づいていないか?
『斬空』
僕は男に狙いを定め再び魔法を放った。
しかし、また避けられた。
そのうえで近づかれている。
そう思っていると男は蠢きながらこっちに近づいてきている。
怖い
得体のしれないものが近寄っている。
怖い、怖い
得体のしれないものが蠢いている。
怖い、怖い、怖い
何なんだ。
怖い、怖い、怖い怖い怖い
あれは一体
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
何なんだ!?
『斬空っ!』『斬空ッ!』!『斬空うぅぅぅぅっ!!』
恐怖のあまり何度も、何度も、何度も、何度も魔法を放った。
そのたびに男はヌラヌラと魔法を躱しつつ、確実に近づいてきた。
そして
誰かに肩を触れられた。
「私の勝ちだね」
ぼくはそのこえをきいたしゅんかん・・・
書き終えて思いました。
杖の使い方はいつ教えた?
杖の使い方についてはこの模擬戦の後に教えたという設定
ということにしてください。
あとは読者に投げます。