第一章4 『乾杯』
背後に立つ水無月へと横目で視線を向けるとこちらを向いたまま目を少しだけ見開いて驚いていた。
先程のオレの叫び声に驚いたのだろう。
とりあえず、愛想良く笑顔で応じておくことにした。
「あれ?水無月さん寮に戻ったんじゃなかったの?」
同時に水無月の方へと体を向ける。
「ちょっとアナタに用があったから先に部屋を出て待ち伏せしてたのよ」
初対面の人間に用?
「用って何かな?」
「その前にその話し方と作り笑顔やめてくれない?上っ面感が凄いから」
早速バレたか……
そこまで作り笑顔は下手じゃないんだがな。
「……分かった。で、用は?」
作り笑顔をやめて声のトーンも下げ、いつも通りに戻して応じる。
「アナタの連絡先を教えてくれないかしら?」
「は?オレの?なんで?」
こいつすげぇな……
初対面の人間にここまでド直球に連絡先聞かれたの初めてだぞ。
というか、オレが他人から連絡先を聞かれたの自体これが人生初じゃないか?
なにそれ悲しい…
1人で勝手に気分を盛り下げていく。
「私と協力関係になって欲しいのよ。今後の試験で生き残れるように」
なるほど、代表になる為に連絡先を交換して協力関係になれと。
悪くない提案だ。
これが人生初の番号交換と思うと何故か癪だが、これから1年間1人だけで試験をクリアしていくのは流石に無理があるだろう。
もし、他人と協力するような試験が出たらそこで終わる可能性もある。
コイツと協力関係になっておくのは都合がいいかもな。
「…分かった。連絡先は教えよう。これから1年間協力関係になることも約束する」
「やけに素直ね」
「こちらとしてもこれからの試験の為に協力関係の人間は早めに作っておきたいと思っていたからな」
「じゃあ、LINK開いて」
「LINK?なんだそれ?」
「え?知らないの?スマホの無料SNSアプリ。最近の高校生なんかはほとんどこのアプリでチャットや電話をしてると思うのだけれど……」
「すまんがアプリとかあまりやらないんだ。どうやって入れるのかも分からんからやってくれないか?」
「今時の高校生でこんな人いるのね……。分かったわ。スマホ貸して」
オレに向かって右手を差し出してくる。
「そんなに珍しいかねぇ……」
愚痴を言いつつ、素直にスマホを渡す。
「悪いけど、少し時間かかるわよ?」
「それはいいんだが、移動しながらでもいいか?」
「移動ってどこか行くの?」
「自販機だよ。もう腹減って死にそうだ」
オレは2日間何も食べずに寝ていたんだ。
学校に来る途中でジュースを買って飲んだからといって男子高校生の腹が膨れるわけがない。
なんでもいいから腹に入れておきたいと思うのが普通だろう。
一度話を中断し、先程校長に連れられて歩いて来た道を引き返す。
途中に自販機が4台ほど並んでいたのが見えたからだ。
自販機には固形のバランス栄養食なんかも売っているはずだからそれで腹の足しにしよう。
後ろから両手に2台のスマホを持った水無月がアプリを入れる操作をしながらトボトボとついてくる。
「なぁ、1つ質問していいか?」
「アナタ質問大好きね。さっきも校長先生にいくつも質問していたし」
「あれは校長が出来る限り答えてくれると言ったからだ。アンタには1つだけだから安心しろ」
「まぁ、いいわ。どうぞ?」
オレ達は静かで2人しかいない廊下を歩きながら会話を再開した。
少しだけ間を開けてから質問をする。
「アンタは自分がなんでこの学校に選ばれたのか分かるのか?」
「ええ、分かるわ」
水無月はスマホを操作したまま淡々と答える。
「それってなにか聞いてもいいか?」
「もちろんいいわよ。別に何もやましいことなんてないもの」
「じゃあ、アンタが選ばれた理由ってなんだ?」
「私、中学2年生からの2年間ずっと全国模試トップだったわ。選ばれたのは多分そのおかげよ」
「……」
予想外の言葉に思考が完全停止し、動いていた足を止め、勢いよく体の方向を180度回転させて水無月の方へと振り返る。
「?……どうかしたの?」
オレが足を止めたのが気になったのか、水無月も足を止め、スマホの操作を中断して画面から顔を上げる。
「それマジか?」
「マジよ。嘘ついてもしょうがないでしょ」
「トップってことは1位?」
「そう」
「学校内1位とかではなく?」
「もちろん全国で1位」
「……」
マジかよ……
同い年の中で現在日本一の学力の持ち主が今、オレの目の前にいるの?
ヤバい……変な汗が……
「ねぇ、アナタ大丈夫?顔色が悪いし、こんなに涼しいのに汗も出てるけど体調でも悪いの?」
「いや……大丈夫だ……。心配するな……」
ヤバい。
とんでもない奴と協力関係になっちまった……
いや、協力者としてはこれ以上無いレベルで優秀だからここは喜ぶべきなんだろうか……
そういえばさっき、中学2年からの2年間って言ってたよな?
「なぁ、中学1年の時は何位だったんだ?」
「惜しくも2位だったわ。あれは人生の汚点よ」
「それでも十分スゲーじゃねぇかよ……」
全国2位を汚点と言うとは…
流石に引いてしまった。
再びオレは自販機へと歩き出すと、水無月も歩き出し、スマホの操作を再開した。
スマホを操作しながら次は水無月から話しかけてくる。
「じゃあ、次は私のターン。同じ質問をするけどアナタがこの学校に選ばれた理由はなに?」
「言わなくちゃいけないか?」
「私は答えたのだから出来る限り答えて欲しいわね」
「んー、黙秘でいいか?」
「そんなに言うのが嫌なの?」
「あぁ、……言いたくない」
「じゃあ、私が当ててあげましょうか?」
「その全国1位の頭を使ってか?流石に無理だろ」
「頭なんてほとんど使わなくても分かるわよ?少し前の記憶を思い出すだけだもの」
「思い出す?」
「夏川 千紗都」
水無月はその名前をぼそりと口にした。
またオレは足を止めて後ろにいる水無月へとゆっくり振り返る。
同時に水無月もまた足を止めてスマホの画面から顔を上げ、こちらを真っ直ぐに見る。
少しの間だけ睨み合った。
「なんでその名前を知っている」
「だって、私の親友の名前だもの。知っていて当然よ」
「じゃあ、オレのことも知ってるのか?」
「ええ、小学時代のアナタなら実際に見たこともあるわ。アナタだって私を見たことあるはずよ?同じ小学校だったから」
「……記憶にないな」
「まぁ、あなたは本ばかり読んでいて周りに興味無さそうだったものね」
本当にコイツはオレのことを知っているようだな。
「だから、アナタに協力してもらいたいのよ。分かるでしょ?この意味」
「……分かった。それなら協力せざる負えないな」
「話が早くて助かるわ」
オレは右手を水無月へと差し出す。
「じゃあ、改めてよろしく。水無月 千冬。アンタとは長い付き合いになりそうだ」
水無月はオレの差し出した手を握らず、代わりに先程渡したスマホを返してくる。
「こちらこそよろしく。長谷川 夕夜君。アプリ入れて、友達登録しておいたから。あと一応、私の電話番号も登録しておいたわ」
「あぁ、サンキューな」
水無月はなにか面白がるような笑顔を向けてきた。
本当によく分からない女だな……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
会話を終了し、オレと水無月は少しの間、無言で廊下を歩いて自販機の前に到着した。
オレは制服のズボンのポケットから財布を取り出し、千円札を入れ、プレーン味の固形のバランス栄養食を2箱と微糖の缶コーヒーを2本購入する。
出てきたお釣りを財布へとしまい、購入したものを取り出す。
「ほら、これやるよ」
固形のバランス栄養食と缶コーヒーを1つずつ水無月へと渡す。
「え?くれるの?」
「お前も腹減ってるだろ?今回は入学祝いってことで奢ってやる」
「安価なお祝いね」
「うるせぇ。文句言うなら返せ」
「ふふっ、いいえ。お祝いなら有難く頂くわ」
水無月は嬉しそうに顔をほころばせていた。
校長室にいた時とは、まるで別人のようだ。
それを見ているとなんだかこちらまで嬉しくなってくる。
「……あっそ」
照れくさくなり、顔を背けながら聞こえるか分からないほどの声量で呟く。
同じタイミングで缶コーヒーのプルタブを開ける。
「では、オレ達のこれから1年間の学校生活へ乾杯!」
「乾杯!」
お互いの手に持っていた缶コーヒーをぶつけ合い、アルミ製の缶独特の甲高い音が廊下に響いた。