第一章3 『ようこそ我が校へ』
「やぁ、長谷川 夕夜君だね?」
男はオレの名前を口にした。
その白髪の男は優しそうな顔つきをしていたが、鋭く細い目はこちらを見定めている。
考えが読めない不思議な雰囲気がある人だった。
「そうですけど、アナタは?」
「私はこの学校の校長だ」
校長なら都合がいい。
色々と話が聞けるかもしれないな。
「校長ですか。ちょっと今の状況がよくわかってないんで、色々と教えてもらえませんか?」
「分かった。キミは早く来たから特別にできる限り説明しよう。立ち話もなんだし場所を変えようか」
校長は手招きしながら体育館の外に出た。
そのまま校長のあとを追ってオレも体育館を後にする。
「とりあえず、ようこそ我が校へ。キミは今日入学の新入生だよね?」
「多分、そうですけど……」
「多分?」
「起きたらここにいたんで、ここが入学予定だった学校なのか分からないんですよ。てか、オレが起きたあの部屋何なんですか?自宅のアパートの部屋そっくりでしたけど」
「あー、あの部屋かい?あの部屋……というかあの部屋があった建物は学生寮だよ。キミ達学生の為に部屋を自宅そっくりにしたんだ。家具とかは全部キミ達の住んでいた自宅から持ち出して部屋に移した」
「なんてことしてるんすか……普通に不法侵入と窃盗で訴えられますよ」
「はっはっはっ!」
「いや、笑って誤魔化せないでしょ」
結局、この話は有耶無耶になってしまった。
校長はそのまま移動しながら話を始めた。
少し歩いて、学園内にある別の建物へと入っていく。
静かで冷ややかな廊下にオレと校長の足音と話し声だけが響く。
「そういえば校長として聞いておきたいんだが、キミはなんでこの学校に入学することにしたんだい?」
「学校側の方から入ってくれって言ってきたんじゃないですか」
「そうなんだけど……最終的に行くか決めるのはキミだろ?それとも、キミは入ってくれって言われたから入ったのかい?」
「まぁ、それも無くはないんですけどね」
オレはこの学校に推薦入学という形で入学している。
学校側から入ってくれと言われたのだ。
この学校については、オレを勧誘する為に家に来た学校側の人間から色々と話を聞いた。
その人の話を聞く限り、この学校はかなり特殊だ。
なぜなら、ここは将来日本を背負う人間を選んで育成する学校なのだから。
今から6年前の2020年、アメリカ・中国・イギリス・ドイツ・日本の5カ国間でとあることが決まった。
それは、それぞれの国全体のレベルを上げるために将来日本を背負うような人間を毎年、各国から男女15名ずつ、計30名を選出し、国ごとのクラス対抗戦で競い合い、お互いの能力を高め合う『競争』の理念の元、高度な教育を国の代表達に施すという事らしい。
それでその教育を施すために作られたのがこの学校らしいのだ。
オレはその代表候補に、まだ13歳だった中学1年の頃選ばれたという訳だ。
勧誘に来た人間の説明によると、この学校に通う生徒は誰一人例外なく、全て推薦入学という形で学校側から選ばれて入学しているらしい。
つまり、この学校の全学生はオレと同じように入ってくれと言われて入学している。
だから、オレだけが特別扱いという訳では無い。
受験は無く、選ばれなければ入学することすら出来ない。
まぁ、日本代表を育成する学校なのだから当たり前といえば当たり前なのだが……
さらに、生徒の学費は全免除、学内の施設はかなり充実しており、基本なんでも揃っている。学生に何不自由なく学校生活を送らせてくれるというのだから物凄い高待遇だ。
その代わり、全寮制で卒業まで学園からは出られないということだったけど、これだけ優遇された生活が送れるのなら些細な問題だと思った。
まぁ、寮があんな馬鹿でかいマンションだとは思わんかったけど……
施設充実とか言ってるけどほぼ1つの街じゃねぇか。
説明不足すぎるだろあの勧誘に来た人!
以上の条件だけでもこの学校に選ばれたのに入らない者はほぼ皆無だろう。
だが、オレがこの学校に通うのを決めたのは説明の最後に言われたことだった。
「この学校って日本代表になって、国対抗の『競争』で5カ国中成績トップを取って卒業したクラスは望みを1人につき1つ叶えてくれるんですよね?」
「そうだね」
この学校は、国の代表になり、国ごとの『競争』で成績トップを取って卒業すれば、その国のクラス計30名の代表者達には国側が1人ひとつだけ望みを叶えてくれるらしいのだ。
オレはそれに引かれてこの学校に通うことを決めた。
「オレ、叶えたい望みがあるんですよ。その望みってこの学校に来ないと叶いそうにないんで通うことにしました」
「ついでにその望みってなんだい?」
「言わないといけないですか…」
「いや、話したくないことなら言わなくていいよ。ただの私の興味本位だしね」
ちょうど話し終えたタイミングで、前を歩いている校長は足を止めた。
「さぁ、ここだ」
目の前には校長室と札に書かれた立派な木製の扉があった。
校長は扉のドアノブに手をかける。
扉が軋むような音を立てて開いた。
校長の後に続いてオレも木製の扉をくぐる。
部屋の中にはガラス張りのケースにトロフィーや盾などが飾ってあり、応接用の黒い椅子とガラス製の机、校長用の立派な椅子と木製の机なんかがある。
いかにも校長室という部屋だ。
部屋全体を眺めていると、部屋の中に一人の少女がいるのが視界に入った。
応接用の黒い椅子に黒髪ロングの大人しそうな女生徒が学校指定の制服を着て座っている。
この学校に来て、初めて見た学生だ。
顔が整っていて、今までオレが見てきた人の中でもトップクラスの美少女だった。
部屋に入ったオレの方をじっと見てくる。
「えーと、校長誰ですか?」
「あの子は君と同じで今日入学予定の水無月 千冬さん。キミと同じで学校の方に来たから先に連れてきたんだよ」
「水無月さん、この子は長谷川 夕夜君。キミと同じ新入生だ」
校長がお互いを紹介してくれた。
オレと同じ新入生ということは同い年か。
とりあえず、挨拶はしておこう。
「よ、よろしく」
「…」
水無月と呼ばれた少女は視線をこちらに向けたまま何も話さない。
えー、挨拶したのに無視ですか……てか、ずっとこっち見てるけど聞こえてるのか?
水無月とオレは、何故かお互いに睨み合う形になってしまった。
無言で妙な空気が流れる。
気まずいどうしよう……
なにこれ……オレのせいなの?
初対面なのに挨拶なんてしたオレが悪いの?
なぜだか、オレが悪いように思えてくる。
空気を察したのか、校長がすかさずヘルプに入ってくれた。
「まぁ、そこに掛けたまえ」
校長は水無月の隣にある椅子に座るよう促す。
「じゃあ、御言葉に甘えて失礼します」
「そんな堅くならなくてもいいよ?楽にいこう楽に」
「はぁ……分かりました」
「じゃあ、早速2人とも何から聞きたい?キミ達2人は早く来たからね。特別にできる限り答えてあげよう」
水無月は話す様子が無かったので先にオレから質問させてもらうことにした。
「とりあえず、ここはどこなんです?」
「ここは太平洋に浮かぶ人工島で、これからキミ達が通うことになる学校さ」
「やっぱり、島なのか。どれ位の規模なんです?」
「あそこに地図があるだろう?」
横にある壁の方を指さしながら言う。
そこには島の地図らしきものが載っていた。
中央に大きな島が一つあり、その島を中心に6方向に小さな6つの小島がほぼ等間隔にあり、橋らしきものが中央の島へのびていた。
まるで雪の六花のような形をしている。
校長は椅子から立ち上がって地図に近づき、小島の1つを指さす。
「現在位置はここだ」
「中央の大きな島は沖縄本島の半分くらいの面積かな。周りの小さな島々はさらにその半分程度だと思ってくれていいよ」
結構でかいな……学校が島にあるって時点で驚きなのに……
これを人の力で作るってどれだけの時間と金がかかったんだよ。
国の力すげーな。
「じゃあ、これからのキミたちの学校生活について簡単にざっと説明するね」
「キミ達には今いるこの小島にある学校に1年間だけ通ってもらう。その1年間で日本代表計30名を決めるふるい落としを行う。勝ち残った代表者30名には2年目から2年間中央の島にある本校へ通うことになる。だから、今日からキミたちが通うこの学校は本校へ行くための予選会場みたいなものなのさ。ついでに言っておくと、予選って言うからには脱落者は当然出る。今日入ってくるキミたち新入生は全員で200名いる。その中で、本校へ行ける代表は計30名だけ。狭き門だけど、これも何かの縁だしキミたち2人には是非とも勝ち残ってもらいたいね」
校長はこちらに歩いてきて、先程座っていた椅子にまた腰掛ける。
「つまり、日本代表になりそうな人間を学校側……というか国側が選んでこの島の学校に集めた。ここまでが今までに起こったこと。これからオレ達はこの学校に入学して1年間のふるい落としを行い、本校に通うことが出来る日本代表を決めるってことですか?」
「その通り。理解が早くて助かるよ」
「さっき言ってましたけど、代表者になれなかった脱落者ってどうなるんです?」
「脱落者は残念ながら退学になるよ。ふるい落としの1年間の中で試験を複数回行う。その各試験の結果が低い順で毎回何人か脱落していくシステムになっている。脱落者はこの学校から……というか、この島から出ていくことになる。全ての試験をクリアした上位30名が晴れて日本代表になれるのさ。退学者にはこの島の位置がバレないように来た時みたいに眠ってもらって家に返すことになるね。編入の手続きなんかはこちらでやってあげるからそのへんは安心してもらっていいよ」
眠らせたのって位置バレを防ぐためだったのか。
あの眠らせ方だと、普通に拉致だろ……さらに島への監禁……大丈夫なのか……?
集合場所を早朝の浜辺にしたのも人が少なくて連れ去りやすいからか。
「脱落する気なんてないんで最後のは別にどうでもいいですよ」
「おっ!強気だねぇ。その意気だよ」
校長はニコニコと嬉しそうに笑ってから、話を再開した。
「ざっと学校の説明はこんなものかな。ほかの事は学校生活を送っていけば粗方分かってくると思うよ。なにか他に質問はあるかい?」
色々と疑問に思っていたことは解消された。
けれど、あと2つほど聞きたいことがある。
「勧誘された時から思ってたことなんですけど、なんでオレなんかが代表候補に選ばれたんですか?学校に行かずに家に引きこもってたオレみたいな人間、この学校に選ばれるような理由がないと思うんですけど」
「今から約5年前、キミが小学5年生の時の7月15日。これで思い出したかい?」
校長は面白そうに口元を緩めながらオレの顔を覗き込んでくる。
「なるほど……分かりました」
あのことか……できれば忘れたいことなんだけどな。
この学校に来るために、あの出来事が役立つとは運が良かった。
「この事についてはキミもあまり触れて欲しくないだろうし、置いておくことにしよう。ごめんね。他に質問はあるかい?」
水無月が何も話していないのが気になり、横目で彼女を見ると、ただ何もせずオレと校長の話を聞いているようだった。
「水無月さんは何か質問ある?さっきから黙りっぱなしだけど」
オレばかりが話しているのも悪いと思ったので適当に水無月に話を振ってみる。
「私はアナタが来る前に色々と聞いたからもういいわ。どうぞ続けて?」
初対面の人に対する初台詞がそれですか…
冷たいなぁ、オレ早速嫌われたのか?
もしそうだったら、大して何もしてないのに理不尽すぎやしませんかね…
また妙な無言の空気になりそうになったのをオレが話を続けて、ギリギリで回避する。
最後の質問だ。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて。さっき、体育館に大量のパイプ椅子が並んでましたけど入学式ですか?」
「そうだよ」
「何時からなんです?」
「えーと、今は6時20分で入学式は8時からだから、あと1時間半くらい余裕があるね。時間までは好きにしていていいよ?一旦、キミ達が起きた寮の部屋に戻るのもいいし、このまま私と話しているのもいい。どうする?」
そんなに時間があるのか。
どうしよう……
考えていると水無月がいきなり立ち上がって口を開いた。
「じゃあ、私は一旦部屋に戻ってもいいでしょうか?学校にいてもやることなんて無いですし」
「もちろんいいよ。念の為、忠告しておくけど入学式には遅刻しないようにね」
「分かりました」
そう言うと、すぐに校長室から出ていってしまった。
「夕夜君、キミはどうするんだい?」
んー、どうしようか…部屋に帰っても今から寝れるわけないし、特にやることもないからなぁ。
「そうですね……学校の敷地内を見て回ってもいいですか?」
「もちろん構わないよ。私はこれから少しやることがあるから案内なんかはできないけど、好きに見て回るだけなら勝手にするといい」
「じゃあ、そうします」
「質問はもうよかったかい?」
「とりあえず今はいいです。ありがとうございました」
「夕夜君も入学式には遅れないようにね」
「分かりました」
校長へ一礼し、オレも校長室を後にする。
扉を閉めると一気に気が楽になった。
「ふー、やっぱ先生との会話ってなんか固っ苦しくて、苦手なんだよなぁ」
今思うと、人と話したのって約3年ぶりだったな…
「あの、少しいいかしら?」
「うぉあっ!?」
そんなことを思っていると背後からいきなり声をかけられた。
いきなり背後から声かけるなよ!今日2回目だぞ!
心の中で少しキレてから声の主の方へと顔を向ける。
そこには先程部屋を出ていったはずの水無月がいた。