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幸福な夢

作者: 道草屋

焼けるように熱い大地を駆ける。


どこまでも続く赤土と、雲一つない空。


背後から風が追い抜いていく。滑り落ちる汗の埃っぽい味を飲み下し、また酸素を求めて喘いだ。



もうどれだけの時間こうしているか。照りつける太陽は傾くことを拒み、地平線は微動だにしない。ともすればその場で足踏みしているような感覚に襲われる。


視線を足元に投げ下ろす。

腰からにゅっと伸びた二本の脚が絶えず前後しているが、その下の地面が独りでに動いているような──雪降る空を見上げ、あたかも自分が空へと登っているような──不思議な感覚に陥った。



自分の立っている場所が分からなくなる……。



一瞬の恐怖を、がむしゃらに手足をばたつかせて無理矢理振り切った。


喉は渇れた。唾も出ない。

そのくせ汗は止めどなく流れ出る。

肺腑に張り巡らされた毛細血管のすべてが干からび、枯れ木の根のようになったのではなかろうか。

呼気と共に体内の水が確実に失われていくが、抗う術はない。


熱い、辛い、苦しい、まるで地獄だ。


それでも、走ることをやめられない。

止まった瞬間に見るものまた地獄だと、分かっていた。


終わりの見えない拷問──。


しかしそれも、けたたましいサイレンによって崩壊した。







目を覚ましたベッドの上、枕元の目覚まし時計を黙らせて、しかしすぐに布団の中へ身を沈めた。


随分と寒い。

窓を見やれば雪が降っていた。冬も半ばだ。

そろそろ来ると思っていたが、朝の冷え込みに加えて、手酷い悪戯あるいは拷問かと思うほど、部屋のなかは冷えきっていた。


揉む手に吹き掛ける息は、さすがに白くはなかったが、指だけでなく、顔も腕も足も、どこもかしこも、今まで日に当たったことを感じさせぬほどに青白い。


小麦色に肌を焼き、燦々と降り注ぐ陽の下で走り回ったのは、遠い昔のことだ。


ベッドサイドにひっそりと佇む車椅子を視界から排除し、枯れ枝のごとき姿となった己の足を撫でた。


自分が花のように可憐な少女であるなら、微笑の似合う美しい少年であるなら、脚の不自由な身であったとしても、同情と、一種の好感を持って、誰かが外に連れ出してくれたのかもしれない。


だが、歳を食い歯も抜け、白髪になったしわくちゃの老人の手を取る者など、どこにいるだろうか。



目を閉じればまた、赤土の大地に立てるのではないか。いつか逢瀬を重ねたあの人が旅立った土地に……。



願いは虚しく、閉ざした先にあったのは一寸先も捉えられぬ闇であった。


渇れたはずの涙が一筋、音もなくシーツに染みを作る。







私にとってあの夢は、確かに幸福だったのだ。


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