第一話
特に明確な目標があるわけではなく、田舎での生活しか知らずに一生を終えるのはなんかちょっと嫌だ、やはり一度は東京で暮らしておくべきだろうって、ほんとにそのくらいの軽い気持ちで受験した東京の大学の、第一志望は見事に落ち、行く気の無かった滑り止めからは合格通知を受け取った。行く気が無かったとはいえ、そもそも軽い気持ちで始めた東京行き大作戦だ。別にどっちに行ったって構わないと言えば構わない。この際、東京に行けるのであればそれはそれだ。
僕には付き合って半年ほど経つ彼女がいる。その子とは一年ほど前に、通っていた予備校の自習室で知り合った。もう今となっては覚えていないけれど、消しゴムを貸してとか、そんなくだらないことを話したことがきっかけだったと思う。
僕らは徐々に仲良くなっていったけれど、いつも特に会う約束をしているわけではなかったから、今日もいるといいなって僕はそう思いながら毎日予備校に向かい、自習室のドアを開けていた。
僕がその子に対して好意を持っていたのは間違いない。ただ、好きという気持ちは僕にはまだ難しすぎた。もちろん予備校に行ってその子がいると嬉しかったし、いないとがっかりした。けれど、家に帰ってからもその子のことを考えて、夜な夜な悶々とし、まくら相手にキスの練習をしていたかと問われれば、そんなことは(ほとんど)なかったし、男友達とおっぱいの大きさについて議論をする方がよっぽど有意義で楽しかった。
知り合って半年ほど経った夏休みのある日、その日は夜更けから台風が上陸するということで午後には風がかなり強まっていた。こんな日に予備校の自習室へ行く人などいないだろう。いるわけがない。もしいたとしたらそんな奴は馬鹿だ。そう、僕は馬鹿だ。
僕は強い風に押し戻されながらもなんとか予備校に辿り着き、自習室の扉を開けた。そこには馬鹿がもう一人だけいた。
「あれ…来たんだ…」
そう言ってその子は恥ずかしそうに下を向いた。
「こんな日に君が来るわけないって、そう思ってたんだけど、でも、もし、来てくれたらその時は言おうって思ってた」
それを聞いた僕の心臓は、お湯だと思って風呂に飛び込んだら冷水だったかのように早く大きく鳴り始め、そして僕の顔はみるみる紅潮していった。
この状況はあれだ、漫画で読んだことがある。完全に告白される一歩手前だ。僕は今から告白されるのだ!ついに来た!誰か写真撮って!いやでもちょっと待て。こういうのってなんかよくわからないけど男からした方がいいんじゃないか。いやしかし、まだ告白と決まったわけじゃないし、別に好きってわけじゃないし。っていうか、ここで制止して僕から言って、何言ってんのこいつ?みたいな顔をされたらもう生きていけない!腹を切るしかない!介錯を!だれか介錯を!!
「わたしと付き合ってください」
真顔で阿呆なことをぐだぐだと考えている僕をまっすぐに見て果敢にそう言った彼女に対し
「ラ、ラジャー」
パニクった僕の愚かな返答たるや。