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7.花火


7.花火


帯が、少し苦しいな、なんて思う。



テストが終って、一旦家に帰った。



待ち合わせ十分前にやっと浴衣を着終わって、急いで川原の土手の方へ向かう。



広い川に面したそこは、もう沢山の夜店が並んでいた。



カランコロンカランコロン



ぞうりが軽やかな音をたてるが、履いている足は、実はものすごく痛い。



やっぱりジーンズとTシャツにしとけばよかったかな。



そんなことを思っているうちに、待ち合わせ場所の階段の所に着いた。



翔ちゃんはもう来ていて。



浴衣ではなかったけれど。


あっさりと着こなしたブルーのワイシャツがやけに似合ってて。



「おせえよ」



言葉とは正反対の優しい笑顔。



たぶん私はいま、ものすごく赤くなってる。



「遅くなってごめんね」



下を向いてもごもご言う。



こんな顔見られたら、きっとからかわれるに決まってるもん。



「浴衣」



「あ、うん。慣れてなくて。これ着てたら遅くなった」



「ふうん」



言いながら、翔ちゃんが私の髪をさらりと撫でる。



少し驚いて、ぱっと上を向く。



「いいじゃん。似合ってる」



それは、女の子に向ける言葉のようで。



甘く私を痺れさせる。



麻酔のように。


つい、酔わされてしまいそうになった。



「な、なに言ってんの!どうせ他の女の子にも、同じようなこと言ってるんでしょ」



ぷい、と翔ちゃんに背を向ける。



私にだけ、なんてあり得ないから。



「ささやかなリップサービスだよ。ありがたく受け取れ」



ほらね。



ああ、もう。なんで翔ちゃんみたいなの好きになっちゃったんだろ。



「馬鹿なこと言ってないで。私カキ氷食べたいんだから」



一人で歩き出す。



顔を、見られたくなかった。



今は、たぶん泣きそうな顔をしてるから。



「はいはい」



相変わらず笑いながらついてくる翔ちゃんに、心の中で「バカヤロオ」と呟いてやった。





カキ氷を食べた後、ゆっくりと色々な屋台をまわった。



焼きそばも食べたし、海老せんも買った。



翔ちゃんは、昔のアニメのお面を買って、頭につけて喜んでいた。



でも、どの時も、決して恋人のように手を繋ぐことはなくて。


だけど私は、ものすごく幸せだったんだよ。




「あれえ、中村くんじゃん!!」


「あ、ほんとだ〜」




知らない声が翔ちゃんを呼び止める。



振り向くと、少し派手な女の人が二人。



「よお。久しぶり」



「久しぶり〜!元気だったあ?」



「まあな」



誰だろう、この人たち。



私がそんな顔をしていたのだろう、



「あ、あたし中村くんのモトカノでえす」



目が合った片方の女の人が笑いながら言った。



それを聞いて、大体予測はできていたけれど、やっぱり複雑な気持ちになる。



「中村くん、その子だれ?」



「え、ああ。奈緒っていうの」



「中村くんの新しい彼女とか?」



『彼女』という言葉に、少しドキリとする。



「あ〜違う違う。ただの幼馴染だから」



「あは!だよね〜。だって全然中村くんのタイプじゃないし!」


「たしかにい!」



ギャハハと大きな声で笑うモトカノとその友達。



そのときは、翔ちゃんのことを見ることなんてできなかった。



「私、帰る」



こんな所にいたくないよ。



「え、奈緒?!」



走り出した私に、翔ちゃんたちの驚いた声が聞こえた。



それでも私は止まらなかった。




カランコロンカランコロンカランコロン



うまく走れない。


浴衣なんか、着てくるんじゃなかった。



カランコロンカランコロンカランコロン



どんなに頑張ったって、私はあの人たちみたいに大人っぽくなんてなれないのに。



どこかで、今日だけは、翔ちゃんは私だけを見ててくれるかもしれないって思ってた自分がいて。



カランコロンカランコロンカランコロン



せめて今日だけは、二人でいたかったよ。



幼馴染だってことを忘れて。




「奈緒!待てよ!」



さっきの場所からそんなに離れていない場所で、翔ちゃんが私の腕を掴んだ。



「どうしたんだよ、急に」



「放してよ」



「言ってくれなきゃわかんないだろ」



「放してってば!」



思い切り腕を振り、翔ちゃんの手を振りほどく。



「なんでも・・・ないから・・・」



「なんでもないわけないだろ」



翔ちゃんが、困ったように一つため息を吐いて、顔を覆っていた私の腕を、再び掴んだ。



「お前泣いてんじゃん」



まばたきをする度に、ぽろぽろと涙が頬を伝う。



一度溢れ出したそれは、もうどうしようもなくて。



「翔ちゃんは、何もわかってないよ」


「なんのこと、」



ピューーー



「翔ちゃん、私は翔ちゃんのこと・・・!」



ドーーーーン!



夜空に打ち上げられた、真っ赤な花火。


その大きな音に遮られて、私の言葉は結局誰にも伝わることはなかった。



私と翔ちゃんは、そのいきなりの大輪に、ただただ夜空を見上げていることしかできなかった。



私の想いは、花火にさえも隠されて。


やっぱり伝えるべきじゃないんだって。



そう思うと、なんだか笑えた。



「奈緒・・・?」



「ううん。翔ちゃん。なんでもないの」



いろんな色の光が、私と翔ちゃんの顔を照らす。



相変わらず涙は止まらなかったけれど。




夜空には沢山の花が咲き乱れていた。






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