5.ベッド
5.ベッド
宮本たちが楽しそうに話しているのを聞きながら、ちらりちらりと奈緒の方を見る。
なんだか今日は顔色が悪い。
いつも一緒にいる桜井(加奈)や藤井(小百合)は何も気づかないのだろうか?
何度も何度も眉間を中指で押さえる奈緒。あれは大抵いつも体調が悪いときにする、小さい頃からの奈緒の癖だった。
大丈夫だろうかと、それからも何度か見ていると、男子が一人奈緒に近づいて行くのが分かった。
名前は知らないが、まあそこそこの奴であることは、こっからでも見て取れた。
誰だ、あれ。
心臓が少しだけ早くなる。
そいつに優しく笑顔をつくる奈緒。
そんな顔、他の奴に見せるなよ。
そいつのこと好きなのかよ。
なんだか無性に苛々してきた。
ふと目が合い奈緒が手を振ってきたが、笑顔で返すような気分じゃなくて、思い切り目をそらした。
そのときだった。
誰かの叫ぶ声が聞こえて、一気にグラウンドの空気が変わる。
見ると人だかりの真ん中に奈緒が倒れていた。
「奈緒?!」
「大丈夫?!奈緒!!」
桜井や藤井、それから他のクラスメイトたちの声が聞こえる。
「下手に動かさない方がいい」
「たしかに上条の言うとおりだ」
近づいてみると、さっきの男子と先生が話していた。
「上条、相模を保健室に連れて行ってくれるか」
「はい」
上条とかいう奴が、しゃがんで奈緒の体の下に手を差し入れようとする。
「俺が行く」
「え?」
突然出てきた俺に、少し不信な顔をする上条。
「僕一人で大丈夫だよ」
「いいから」
「でも」
「俺が行くっつってんだから、さっさとどけよ!」
つい大きな声になってしまった。
俺の声でその場がしんとなる。
倒れている奈緒を見る。
「ちっちぇえなあ」
頭と腰の下に手を入れ、持ち上げる。
その軽さと、女の子特有のあのやわらかさに、思わずどきりとする。
なんだか奈緒のことを上条に見て欲しくなくて、くるりと背を向け、俺はさっさと歩き出した。
保健室のドアには、不在とかかれたカードが掛けてあった。
どうしようか少し迷ったけれど、とにかく横にしてやろうと思い、そのまま保健室に入った。
奈緒をベッドの上に降ろし、布団を掛けてやる。
静かな時間だった。
横になって、幾分顔色が戻ってきた奈緒に、少しほっとする。
窓から射し込む光が当たって、奈緒の髪がとても綺麗に感じられて。
サラリとそれに触れてみた。
「奈緒」
もちろん、返事は無い。
「奈緒」
その続きは、言ってはいけないような気がした。
たとえ誰も聞いていないとしても。
言ってしまうと、たぶんもう止める事ができなくなるから。
「ん・・・」
ぴくりと奈緒の眉が動き、それからゆっくりと奈緒は目を覚ました。
「・・・わたし・・・」
「大丈夫か、奈緒」
「翔ちゃん・・・?」
まだ夢と現実の境目にいるような、そんな顔をしている。
「お前倒れたんだよ。みごとにボールが頭に当たって」
「ん」
どうやら思い出したらしい。
「ここまで・・・翔ちゃんが運んでくれたの?」
「まあな。かなり重かったし」
いつもみたいに言い返してくるだろうと思っていたのに、何も言ってこない奈緒。
どうしたんだよと思った途端、奈緒はいきなり泣き出した。
「おい、なに泣いてんだよ?!どこか痛いのか?」
久しぶりに見た奈緒の涙。
「翔ちゃん、私、何か嫌なことしちゃったかなあ」
奈緒がゆっくりと体を起こす。
「は?」
「体育の時間、翔ちゃん私のこと無視した」
「それは・・・そんなこと、ねえし」
「したもん」
「・・・」
「翔ちゃんに嫌われるの、私嫌だよお」
そんなこと言うなよ。
変に期待したくなる。
「翔ちゃん、翔ちゃん」
「ん」
「翔ちゃん、私のこと、嫌いにならないで」
そんな顔させたいわけじゃないのに。
奈緒の涙が見たいわけじゃないのに。
「・・・ならないよ。奈緒のこと、嫌いになんかならないから」
いつも笑っていて欲しいのに。
奈緒を泣かせてしまっているのは、俺の、奈緒のとは違う想いで。
今だって、ほんとは抱きしめたくてしょうがないんだ。
その小さな体を、自分のものにしてしまいたくてどうしようもないのに。
でも、俺は幼馴染だから。
ただ、手を優しく握った。
「ごめんな。奈緒」
もしかすると、いつかこの関係を壊してしまう日がくるかもしれない。
そしたら、やっぱりまた奈緒は泣くのかな。
ごめんな、奈緒。
奈緒のこと、好きでごめん。