3.ぷよぷよ
3.ぷよぷよ
ドアのチャイムが鳴って、俺はいつもみたいに聞こえないふりして、たまには出て欲しいわとかなんとか言いながら、母さんがインターフォンのディスプレイの所まで歩いていくのが聞こえた。
どうせ新聞の勧誘かなんかだろうと思っていたから、母さんが「奈緒ちゃん」と言った時は思わずドキリとした。
それから少しして、奈緒ちゃんが来てくれたから出てあげてと母さんが言いに来た。
面倒くさいなあとか言いながらも、玄関へ向かう。
そんな俺を母さんは変な笑顔で見てくる。たぶん、この人には隠し事はできない。
ドアを開けると、ジーンズに淡い色のロングTシャツを着た奈緒が立っていた。
母さんが出てくると思っていたのだろう、俺の顔を見ると、奈緒は少し驚いたような顔をした。
ああ、それすらも可愛いとか思っちゃってるし。
おせんべえを俺に渡し、帰ろうとした奈緒を母さんの声が引き止める。
ナイス、母さん。
「あー、もし良かったら上がってけよ。散らかってるけど」
「え、いいの?」
こくりと頷く。
「じゃ、遠慮なく」
にっこり笑って、奈緒がうちの中へ入っていく。
その、前を行く小さな背中が、奈緒が女だと言うことをありありと俺に感じさせる。
相模奈緒。俺の幼馴染。
そして、
俺の好きな女。
「適当に座って」
「あ、うん」
部屋に入り、奈緒がボフリとベッドの上に座る。
「久しぶりだね、翔ちゃんの部屋入るの」
「そうか?」
「うん。中学生のとき以来だよ。二年ぶりくらい」
もうそんなになるのか、とか思いながら、頭の中で必死に最近の記憶を探る。
まあこの年の男の子ですから。とっても健全な男の子ですから。
やっぱりそういうモノは持っているわけで。
たしか、何本かはこの前宮本(友達)に貸してまだ返ってきていない。
他は、たぶんクロゼットの奥のほうに閉まってあるはず・・・。
よし、なんとか大丈夫。
その後母さんがジュースとクッキーを持ってきて、少しだけ奈緒を喋った後、またリビングの方へ戻っていった。
ん、ちょっと待てよ。
今、奈緒と二人きりじゃん。
ちらりと奈緒のほうを見る。まだ懐かしそうに部屋の中を見回していた。
何にも知らないような無垢な顔して(いや、もしかしたら本当に何も知らないのかもしれない)。
そういうの見たら、やっぱり俺は奈緒にとってはただの幼馴染なんだなって。
だから、二人きりでも、何にもすることできない。
「ゲームでもするか?」
「どんなのがあんの?」
「アクションがほとんどだな。あ、でもぷよぷよならお前もできるだろ」
「あ、今ちょっと馬鹿にしたでしょ」
「わかった?」
「ひっどおい。ぷよぷよでいい。絶対勝つんだから」
奈緒がゲーム弱いことくらい、もうずっと前から知ってる。
あと、アクションとか、暴力系なのが嫌いなのも。
ぷよぷよは、奈緒が唯一気に入ったゲームで。
だから、俺もぷよぷよが好きになって。
機械を出してきて、線をつなぐ。
さあ始めようとコントローラーを手にしたとき、俺の携帯が鳴った。
ごめんと断って、携帯を開く。
ディスプレイを見ると、この前から付き合い始めた女の子からだった。
「もしもし」
『もしもしぃ、アイだけどぉ』
「なに?」
『なんか、別れるとか意味分かんないメェルきてたんだけどぉ』
うん。送ったもん。
「意味はわかるでしょ。ごめんだけど、そういうことだから」
『え〜嫌だ嫌だ!こっち来て。会いたい。あって話したいよぉ!』
「話すも何も、」
『すぐ来てくれないと川に飛び込んで死んでやるんだから!』
「わかったよ。行くから。場所どこ」
今彼女のいる場所を聞いて電話を切る。
こういう、全身フェロモンでできてますみたいな女は正直好きじゃない。
皆の前ではあくまでも好きな風に装ってるけど。
「わりい、ちょっと行かなきゃ駄目んなった」
「そっか。女の子?」
「ん、まあな。」
「モテる男もたいへんだねえ。じゃ、私帰るわ」
「ごめんな」
「全然いいって。気にしないでよ」
二人揃って部屋を出る。
靴を履き、マンションの廊下へ出た。
別れ際も、奈緒は相変わらず笑顔で手を振った。
それがなんだか嫌で、そのあとは一度も振り返らずに一気に階段を駆け下りた。
俺と奈緒は幼馴染で。奈緒にとって俺は男じゃないっていうことくらい、表情とか見てたらわかる。
俺の気持ち知ったら、たぶん奈緒は困るから。
もう今までどおりに話すこともできないとか、やっぱりかなり辛いからさ。
だから、わざと他の女の子と沢山遊ぶ。
あたかも、奈緒には興味ありませんよおって。
ほんとはさ、奈緒以外の女なんて、どれも皆同じなんだよ。
何も感じない。
抱きたいとも、キスしたいとも思わない。
そう思うのは、やっぱり奈緒だけで。
その日に、アイとはやっぱり別れた。
そのかわりしっかりディナーを奢らされたけどね。