19.二人
19.二人
部屋の中の荷物が全て運び出され、トラックの荷台の中に詰め込まれていく。
タンスやらベッドやらで、作業は結構大変そうだったけれど。
なんとか無事に終ったらしい。
最後に小さめの本棚が詰め込まれ、バンと大きな音をたてて荷台の扉が閉められた。
「ありがとうございました」
父さんと母さんが引越し業者の人に頭を下げる。
業者の人たちはそれに笑顔で応えた後、トラックに乗り込みゆっくりと出発ていった。
目の前には父さんの白いセダンだけが残り、いきなり開放的に広くなる。
「さ、僕らも出発しようか」
言いながら父さんと母さんが車のドアを開けた。
マンションを見上げる。
生まれてから、今までずっと住んできたマンション。
視線の先には、奈緒の住んでいる部屋。
太陽の光が眩しくて、少しだけ霞んで見えるけれど。
その下の階に、俺の住んでいた部屋がある。
ここから見れば、本当に近い場所に俺と奈緒は住んでいたんだなあと思う。
ぽん。
何か足にぶつかったような気がして下を見ると、小さな赤いボールが転がっていて。
拾い上げるのと同時に、二人の小さな男の子と女の子が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、ボール」
かえして、とでも言うように手をすっと伸ばしてくる男の子。
「車には気をつけろよ」
そう言ってボールを渡してやる。
「ありがとう」
今度は女の子が可愛らしい笑顔でお礼を言うと、二人はぱたぱたとどこかへ走っていった。
その小さな背中を眺めていると、とても懐かしい気がした。
俺と奈緒は、本当にあれくらい小さな時から一緒で。
奈緒は泣き虫で。
そのくせドジで。
道端で転んでは、よく泣いていたっけ。
手を差し伸べてやると、ありがとう、と安心したように笑って。
そのときの笑顔が。
あの、幼いころの思い出が。
今でもしっかりと、色あせることなく俺の中にある。
ずっと、幸せだった。
奈緒と笑って、普通に過ぎていく日々が。
でも、いつからなのか。
気付いたときには、この気持ちはもう、止めることができないくらいまで大きくなっていて。
奈緒を泣かせることになる。
そんなことは分かってたんだ。
だから絶対に知られちゃいけないって。
俺と奈緒は『幼馴染』という、最もなバランスを保っていたのに。
ごめんな、奈緒。
それを崩してしまったのは、たぶん俺なんだよな。
ゆっくりとマンションから車へ向きを変える。
中で申し訳なさそうな父さんと母さんの顔が見えて、困ったように笑った。
本当は、神戸なんかに行きたくない。
こんな形で、奈緒と離れなくちゃいけないなんて。
そんなの、本当はすごく嫌なんだ。
離れたくなんかない。
奈緒と、さよならしたくないんだよ。
でも、それは無理なことだから。
俺だけがここに残ることなんて、できないから。
後部座席のドアを開ける。
中からクーラーの冷気が流れ出る。
なあ、奈緒。
たぶんこれから先、俺たちは恋をする。
それはまだ知らない人とかもしれないし、もしかするともう知っている人とかもしれない。
でもきっと、お前以上に好きになれる人は、もういないよ。
「翔ちゃん!」
声がして、振り返る。
奈緒が、マンションの階段を降りて、俺の方へと走ってきていた。
これは伝えられなかったことだけど。
奈緒。
君は俺にとって、誰よりも大切な女の子だったんだ。