表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

19.二人

19.二人


部屋の中の荷物が全て運び出され、トラックの荷台の中に詰め込まれていく。



タンスやらベッドやらで、作業は結構大変そうだったけれど。


なんとか無事に終ったらしい。



最後に小さめの本棚が詰め込まれ、バンと大きな音をたてて荷台の扉が閉められた。



「ありがとうございました」



父さんと母さんが引越し業者の人に頭を下げる。


業者の人たちはそれに笑顔で応えた後、トラックに乗り込みゆっくりと出発ていった。



目の前には父さんの白いセダンだけが残り、いきなり開放的に広くなる。



「さ、僕らも出発しようか」



言いながら父さんと母さんが車のドアを開けた。




マンションを見上げる。



生まれてから、今までずっと住んできたマンション。



視線の先には、奈緒の住んでいる部屋。



太陽の光が眩しくて、少しだけ霞んで見えるけれど。



その下の階に、俺の住んでいた部屋がある。



ここから見れば、本当に近い場所に俺と奈緒は住んでいたんだなあと思う。




ぽん。



何か足にぶつかったような気がして下を見ると、小さな赤いボールが転がっていて。



拾い上げるのと同時に、二人の小さな男の子と女の子が駆け寄ってきた。



「お兄ちゃん、ボール」



かえして、とでも言うように手をすっと伸ばしてくる男の子。



「車には気をつけろよ」



そう言ってボールを渡してやる。



「ありがとう」



今度は女の子が可愛らしい笑顔でお礼を言うと、二人はぱたぱたとどこかへ走っていった。




その小さな背中を眺めていると、とても懐かしい気がした。



俺と奈緒は、本当にあれくらい小さな時から一緒で。



奈緒は泣き虫で。



そのくせドジで。



道端で転んでは、よく泣いていたっけ。



手を差し伸べてやると、ありがとう、と安心したように笑って。



そのときの笑顔が。



あの、幼いころの思い出が。



今でもしっかりと、色あせることなく俺の中にある。



ずっと、幸せだった。



奈緒と笑って、普通に過ぎていく日々が。



でも、いつからなのか。



気付いたときには、この気持ちはもう、止めることができないくらいまで大きくなっていて。



奈緒を泣かせることになる。



そんなことは分かってたんだ。



だから絶対に知られちゃいけないって。



俺と奈緒は『幼馴染』という、最もなバランスを保っていたのに。



ごめんな、奈緒。



それを崩してしまったのは、たぶん俺なんだよな。




ゆっくりとマンションから車へ向きを変える。



中で申し訳なさそうな父さんと母さんの顔が見えて、困ったように笑った。




本当は、神戸なんかに行きたくない。



こんな形で、奈緒と離れなくちゃいけないなんて。



そんなの、本当はすごく嫌なんだ。



離れたくなんかない。


奈緒と、さよならしたくないんだよ。



でも、それは無理なことだから。



俺だけがここに残ることなんて、できないから。




後部座席のドアを開ける。



中からクーラーの冷気が流れ出る。




なあ、奈緒。



たぶんこれから先、俺たちは恋をする。



それはまだ知らない人とかもしれないし、もしかするともう知っている人とかもしれない。



でもきっと、お前以上に好きになれる人は、もういないよ。




「翔ちゃん!」



声がして、振り返る。



奈緒が、マンションの階段を降りて、俺の方へと走ってきていた。




これは伝えられなかったことだけど。



奈緒。




君は俺にとって、誰よりも大切な女の子だったんだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ