17.ワンピース
17.ワンピース
金井が見たいと言った映画が終わり、外に出る。
入った時はまだ明るかったのに、もう大分外は暗くなっていた。
おもしろかったと、金井はとても喜んでくれて。
素直に良い子だと思った。
昨日、あれから帰って手紙を見ると、まあお決まりの言葉と、メールアドレスが書かれていた。
無視するのもなんだし、適当にメールして、今日遊ぼうということになったのだ。
どうせあと少しの間だけなんだし。
「先輩、この後どこ行きます?」
言いながら、金井が腕を絡めてくる。
「もうそろそろ七時だけど、大丈夫?」
「はい!何時まででもOKでえす」
「じゃあ、ご飯食べに行こっか。近くに友達のバイトしてるイタリアンレストランあるから。パスタとか嫌いじゃない?」
「大好きです!」
嬉しそうに笑う金井。
ふわりと揺れる柔らかい髪と、睫毛の長い大きな目。
たぶん彼女は、他の男から羨まれるくらい可愛いと思う。
だから俺も。
今日くらい全て忘れて、楽しもうと決めてたのに。
この想いも。
菊池のことも。
そう思ってこうやってデートしに来たのに。
目を閉じると、腕に絡まるその温もりは、やはり奈緒のもので。
嬉しそうに笑う奈緒が、隣を歩いているような。
金井の着ている白いワンピースは、奈緒が着るときっとすごく似合うんだろうななんて。
朝から、そんなことばかり。
今、奈緒は何してるだろうか。
菊池への返事は、一体どうしたんだろう。
そんなこと考えても、どうしようもないというのに。
頭の中は、昨日のことでいっぱいで。
かすかに、苛立ちを覚えて。
たぶんこれが、嫉妬というやつなのだろう。
そんな自分に、ため息が出る。
「先輩?どうしたんですか?」
聞かれて我に返る。
「ん。なんでもない」
曖昧に笑顔を作ると、金井もつられたように優しく微笑んだ。
周りを見ると、もうカップルばかりだった。
「中村先輩」
「ん?」
「昨日先輩がメールくれたとき、かなりびっくりしました」
「そう?」
「はい。でも、すごく嬉しかったです」
金井の方を見ると、恥ずかしそうに下を向いていた。
「先輩」
金井が、さらに体をくっつけてくる。
「私、ずっと先輩のこと好きだったんですよ」
「昨日の手紙に書いてくれてたじゃん」
「直接言いたくなったんです」
「そっか」
「はい」
だんだんと歩くスピードが遅くなり、やがてぴたりと止まった。
「どした?」
「先輩」
ゆっくりと、金井が顔を上げる。
その頬は、かすかに紅く染まっているようで。
「本気なんです。中村先輩のこと」
「・・・」
「友達からでいい。だから」
絡まっていた腕は、いつのまにか離れていて。
「中村先輩・・・好き・・・どうしようもないくらい」
そう言う金井の声が、あまりにも切なげで。
何も答えず、向かい合う。
その小さな顎に手を掛け、くい、と持ち上げた。
金井の瞼が、自然と降りる。
俺も目を閉じて、そっと顔を近づけた。
――翔ちゃん――
ぱっと顔を離す。
驚いたような金井の顔。
頭の中でふいに響いた奈緒の声。
「ごめん・・・金井」
「え?」
ああ。こんなことなら、来なきゃよかった。
「お前じゃ、駄目だ」
「先輩?」
「俺」
いつか保健室で泣いた時の奈緒の顔が、頭に浮かんだ。
「奈緒のことが、好きなんだ」
自分の想いを、痛感しただけじゃねえか。