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16.忘れ物


16.忘れ物


その日の晩は、なんだかよく眠れなくて。



朝起きて鏡の前に立つと、なんとも言えないような、疲れた顔をしていた。



「ぶっさいくな顔」



顔をばしゃりと洗って、朝食を食べる。



食欲なんて無かったけど。


むりやりトーストを口に押し込んだ。



「奈緒ちゃん、今日学校休みでしょ?」



洗濯物かごを抱きかかえてダイニングに入ってきた母が聞いてきた。



「え」



今日は土曜日で、何故か料理部は土日は部活をしないという決まりがあるらしく、学校に行く予定はなかった。



「うん、そうだけど」



たぶん、何か頼まれるな。



「じゃあ悪いんだけど、お父さんの会社まで、そこに置いてある封筒持って行ってあげてくれないかしら」



ほら来た。



お母さんが顎で示した小さな戸棚の上に、ちょこんと茶封筒が置いてあった。


大きさからして、たぶん何かの書類だろう。



「なに。お父さん忘れ物したの?」



「そうなのよ。さっき電話があってね。奈緒ちゃん、お願い」



私とお母さんは仲が良くて。



だから尚更断れない。



「わかった」



ほんとは外になんて出たくなかったけど。



ジーンズとTシャツに着替えて、封筒を片手に家を出た。





近くの商店街を通り過ぎ、喫茶店などが集まった駅前の道に出る。



夏で。


日差しがものすごく強かった。



だから、少し前を歩いているカップルが、翔ちゃんとモモちゃんだって。



そう気付くのに、少しだけ時間がかかった。



昨日、あの手紙の返事を、翔ちゃんはモモちゃんに返したんだ。



昨日のうちに。



私は、まだ菊池くんに返事をしていないけれど。



その答えがどうだったのかなんて、正直知りたくなかった。



知りたくなんて、なかったのに。



目の前を歩く二人の姿が。



翔ちゃんの腕に絡みつく、細く白いモモちゃんの腕が。



そして、とてもお似合いのその後姿が。



全てを私に物語っていた。



くるりと回れ右をして、会社までの行き方を変える。



あの二人に、会いたくなかった。



二人とも、きっと幸せそうな顔をしてるから。



おめでとうって言うって決めたけど。



やっぱりまだ、そんなに強くないよ。



まるで子供のように泣きながら、私は歩き続けて。



通り過ぎていく人たちが、不思議そうに私を見ていく。



でも、溢れる涙は止まらなくて。



心の奥がぎゅって痛くなる度に、またぽろぽろと頬を伝う。



翔ちゃん。



モモちゃんも、そう呼んでいるのかな。


そう思うと、もっともっと、心の奥が痛くなって。



――中村くん――



昨日の私の声がよみがえる。




もう、どうすることもできないのに。



私はまだ、こんなにも翔ちゃんのことが好きだなんて。





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