15.幼馴染
15.幼馴染
色々な手続きがあって、その日は学校に来ていた。
だから、A組の教室の前を通ったときに奈緒の声が聞こえてきて、思わず立ち止まってしまった。
午後六時を過ぎた校内には、もうほとんど誰もいないというのに。
その教室の中には、奈緒と、前に見たことのある菊池とかいう一年。
窓から射し込む重いほどの夕焼けが、どうしてもその二つの影を鮮明にしていた。
だから、奈緒とそいつが、ただの先輩後輩の会話をしているんじゃないって。
その艶やかな空間は、そんなくだらない話をしているんじゃないって。
もう、菊池が奈緒に気があることくらい、ずっと前に気付いていたのに。
盗み聞きは、良くない。
でも、聞かずにはいられなかった。
「菊池、くん?」
「相模先輩。少しだけ、いいですか?」
菊池の、奈緒の腕を掴む手が、やけに目につく。
奈緒に、触れるなよ。
「先輩」
「・・・なに?」
一瞬、菊池と目が合ったような気がした。
ガラス一枚を挟んだ、その短い距離で。
「先輩は、中村翔って人の恋人なんですか?」
挑むようなそいつの目に、今はどうしても勝てるような気がしなかった。
この先は、聞きたくないと思った。
でも奈緒は、さらりと言ってしまうんだよな。
「そんなわけ、ないじゃん。ただの、幼馴染だから」
わかってた。わかってたんだけどさ。
やっぱり、かなりキツいよ。
「じゃあ」
なあ、奈緒。
「俺と付き合ってください」
なんで俺とお前は幼馴染なんだろうな。
ヒグラシの声だけが、ただ、響いていた。
奈緒がどう答えるかなんて、知りたくなかったから。
俺は、そのあと走って学校から出た。
それはまるで逃げるようだったかもしれないと。
あとになって、かっこわるいなんて思ってみたり。
そのあと、道端で奈緒に呼び止められて、何も知りませんよって風に振舞った。
うまくいったかどうかは、わからないけど。
そのときに、後輩から預かったとかいう手紙を渡されて。
これが、奈緒の気持ちの全てを物語っているようで。
正直、ものすごくイライラした。
ほんとは、その日のうちに言っておきたいことがあったけど。
でも、なんだかもういいやって。
変な同情はしてほしくなかったし。
「しょ、中村くんの言いたいことって?!まだ聞いてないよ!」
「何言うか忘れちった」
ごまかすのなんて簡単。
言葉も。
俺自身の気持ちでさえも。
俺と奈緒はただの幼馴染で。
そう自分自身に言い聞かせたところで、この想いがどうにかなるわけじゃないってわかっているのに。
俺は幼馴染だから、この気持ちを諦めなきゃいけない。
なあ、奈緒。
なんで俺とお前は、幼馴染なんだろうな。