14.夕焼け
14.夕焼け
あの後菊池くんは、返事はそんなに急がなくていいからと言って、先に教室を出て行った。
半分空が暗くなった頃に、私も学校を出た。
門の扉は、半分はもう閉まっていて、たぶん私が最後の生徒なんだろうな、なんて思う。
だから、帰り道に翔ちゃんの背中を見つけたときは、かなりドキリとしてしまった。
肩から大きなスポーツバッグをかけて一人で歩いている翔ちゃんは、やっぱり私がずっと好きだった翔ちゃんで。
薄暗い夕焼けに、白いカッターシャツも少しだけ溶けてしまっているようだった。
ねえ。
この光景は、少し前と何も変わらないのに。
もう、翔ちゃんと呼んでも、振り向いてはくれないんでしょ。
鞄の端に入れてあった、モモちゃんからの手紙を取り出す。
渡さなきゃ。
モモちゃんからのラブレター。
渡したくない。
でも、
渡さなきゃいけない。
翔ちゃんのそばにいたいから。
絶対にこの気持ちを知られちゃいけない。
「中村くん!」
タイミングなんて考えないで、ただ足をふんばって呼んだ。
違和感なく聞こえる、その自然な呼び名が、なんだかものすごく寂しかった。
「あ、相模。よう」
「ごめんね、呼び止めちゃって」
「いや、俺も丁度相模に言いたいことあったし」
「私も。私も中村くんに言わなきゃいけないことあるの」
背中の後ろで、少しだけ手紙を握り締める。
「そうなの?じゃあ相模先に言えよ」
「え、いいよ。中村くん先にどうぞ」
「いいから言えって」
優しく笑う翔ちゃん。
やっぱり好きだな。私。
翔ちゃんのこと、好きだよ。
「・・・じゃあ、これ」
モモちゃんからの手紙を突き出す。
一瞬、翔ちゃんの眉間にしわが寄った。
「なに、これ」
「後輩の、金井桃香って子から。・・・渡してって頼まれたの」
「・・・」
翔ちゃんは、何も言わなかった。
少しの間、沈黙が訪れる。
ねえ、こんなの受け取れないって言って。
ラブレターなんて読む気ないって、そう言ってよ。
「・・・わかった。わざわざサンキュな」
そう言って、翔ちゃんはモモちゃんからの手紙を受け取り、そっとポケットの中にしまった。
それはまるで幻のようで。
夢の一欠片のように、私にはどうしても信じることのできない光景だった。
「それだけ?じゃあ、俺帰るわ」
くるりと私に背を向ける翔ちゃん。
「しょ、中村くんの言いたいことって?!まだ聞いてないよ!」
でも翔ちゃんは、私の声に振り返ることなく、
「何言うか忘れちった」
そう言って、あの日のように手をひらりと振って、ゆっくりと、佇んだままの私から離れていった。
小さくなっていく翔ちゃんの背中が、ぼやりとオレンジ色にかすんでいく。
あーあ。渡しちゃった。
もう、何やってるんだろ、私。
さっさと翔ちゃんなんて諦めればいいじゃん。
翔ちゃんじゃなくたって、菊池くんは、ちゃんと私のことを見ていてくれる。
そうすれば、こんなに苦しむこともないのに。
でもね、こんなにも涙が止まらないのは。
やっぱり、それが翔ちゃんだからなんだって。
「好きだよ。翔ちゃん」
ずっと先の、もうほとんど見えないその小さな後姿に、私はぽつりと呟いた。