11.『奈緒』
11.『奈緒』
地球は別に、私を中心に回っているわけでは決してなくて。
だからもちろん、次の日はいつもと変わらず普通にやってきた。
学校に行くと、加奈と小百合が大丈夫だった?と心配そうに聞いてきたから、大丈夫と言って曖昧に笑った。
昨日の晩は、来ないメールをずっと待ってて、ほとんど寝ていない。
二人は相変わらず申し訳なさそうな顔をしていたけど、敢えてそれ以上はなにも言ってこなかった。
お昼休み、お茶を買いに中庭の自販機のところへ歩いていく途中、翔ちゃんに会った。
一瞬目が合ったけれど、何て言っていいのかわからず思わず視線をそらしてしまった。
はあ。
私の馬鹿。余計感じ悪くなるだけじゃん。
「自販行くんだろ?早くした方がいいぜ。かなり並んでる」
え?
ぱっと顔を上げる。
そこには、いつもと変わらない、おどけたような翔ちゃんの顔。
昨日のこと、もう許してくれたんだ。
なんだかすごくほっとした。
もう前みたいに喋れなくなっちゃうのかなとか、かなり怖かったから。
「え?そうなの?」
「バスケ部が休憩に入ったからな」
「そっか!じゃあ早くしなくちゃ売り切れちゃうかも」
「もうそろそろ他の部活も休憩に入るぞ」
「うわ、ほんとだ。ありがと。じゃ、そろそろ行くね」
「おう」
軽く手を振って翔ちゃんの横を通り過ぎる。
「あ、そうだ、相模」
・・・あれ?
後ろを、振り返る。
「ん、どした?」
「今、相模って・・・?」
「あー呼んだけど。」
「え、な、んで?翔ちゃ」
「俺たちって、別に名前で呼び合うような仲じゃないじゃん?」
「え、でも今までは」
「ほかの女の子と付き合ったりするとき、色々不便なんだよね。だからさ、相模もこれから俺のこと苗字で呼べよ」
なに、それ。
「昨日のこと、やっぱり怒ってるの?私は翔ちゃ」
「中村」
訂正され、ぐっと黙る。
もう、名前で呼び合うことすら、許されないの?
「じゃ、そういうことだから」
翔ちゃんは手をひらりと振ると、目もあわせずに私の横を通り過ぎて行った。
私は、そこを動くことができなくて。
お財布をただ握り締めていた。
「ミホってさ、また中村とヨリ戻したの?」
中村という名前に、思わず顔を上げる。
そこには、少し前に翔ちゃんと付き合っていたミホちゃんと、その友達がいて。
「ん〜ヨリ戻したってわけじゃないんだけどねえ。でも、名前で呼んで良いって言ってもらえたから、前よりちょっと進歩かもお」
え?
よく内容が分からない。
「そういえば、前中村と付き合ってたときは、絶対苗字でしか呼び合ってなかったもんね。あれなんで?」
「なんかあ、『俺のこと名前で呼ぶのは、特別な奴だけだから』、とか言われちゃってえ。そのときはちょっとショックだったなあ」
ミホちゃんとその友達は、その後も楽しそうに喋りながら校舎内に戻っていった。
『俺のこと名前で呼ぶのは、特別な奴だけだから』
そんなこと、ひとつも言ってくれなかったじゃん。
そんなこと、全然知らなかったもん。
私って、翔ちゃんにとって『特別』だったの?
翔ちゃん。翔ちゃん。
もう私には、そう呼ぶ資格はないのだけれど。
翔ちゃん。翔ちゃん。
もう、ごめんねも伝えられないのね。
翔ちゃんにとって、私がどういう存在だったかは今もわからない。
でも、私と翔ちゃんは幼馴染で。
それは、ほんとは、とっても大切なことだったんだね。
好きだなんて、もういいの。
私だけを見てて欲しいなんて言わない。
だから、もしも願いが届くなら。
もう一度だけ、奈緒って呼んで。