10.キラキラミニィ
10.キラキラミニィ
『翔ちゃん』
いつから、こうやって呼んでたっけ。
『奈緒』
そう呼ばれるのは、もう当たり前だと思ってた。
翔ちゃんと私は、もう気がついたときには一緒に遊んでた。
同じマンションだということもあったんだと思う。
親同士も仲が良くて。家族ぐるみの付き合いってやつ?
でもそれは、漫画なんかにあるような、将来結婚しようねっていう仲では決してなくて。
真夏の太陽の下で、夏休みは毎日一緒に遊んだ。
私は小さな頃からどんくさくて。
いつも前をいく翔ちゃんの背中を必死で追いかけてた。
一生懸命走っているときに、何も無いのによくこけていた。
その度に、前を歩いていた翔ちゃんは私のところまで戻ってきてくれて、
「大丈夫か?奈緒」
そう言って、すっと手を差し伸べてくれた。
そのときの翔ちゃんの手は、汗でちょっぴり湿っていたけど、私にはそれがなにより優しく感じられたんだよ。
あの後、翔ちゃんとは一度も顔をあわせることは無かった。
そのまま家に帰って。
明日学校行きたくないなって思って。
でもやっぱり気になって、早く会って、しっかり謝りたいとも思ったり。
――翔ちゃんなんて好きじゃないよ!!――
頭の中によみがえる、私の声。
翔ちゃん。
そんなの、嘘なんだよ。
私の本当の気持ちは、もう翔ちゃんから離れられないっていうのに。
でも、そんなこと、翔ちゃんが気付くはずも無くて。
――昨晩お前が誘われてたところに、ほかの奴と行ってたんだよ――
目眩が、しそうになる。
――たかが幼馴染を、わざわざ心配して待つわけないじゃん――
そんなこと、もう分かってたつもりなのに。
どうしよう。
すごく苦しいよ。
携帯を開く。
ディスプレイの中で、ムカツクくらい輝いているミニィちゃんが、瞬きをしながらこっちを見つめている。
アドレスのボタンを押して、翔ちゃんのメールアドレスを引っ張り出してくる。
Eメール作成のところにカーソルを合わせて決定ボタンを押す。
なんて打とう。
言いたいことは沢山ある。
でもその大半が言ってはいけないことで。
結局、今日はごめんね、とだけ入力してから送信した。
携帯を閉じながらため息を吐いて、ベッドの上に寝転がる。
電気の光が直に目に入る。
蛍光灯の光はきらい。
あまりにも白すぎて、すこし青いようにも感じられて、なんだか怖いから。
目を閉じても、わずかな光は瞼を通り越して私を突き刺してくる。
しばらくしてから「ご飯よ」とお母さんの呼ぶ声がして、電気を消して部屋を出た。
携帯は持っていかない。
充電器に立てて、それはわずかな光を放っていた。
ご飯を食べている間、メールがきてるだろうかと気になって、やはり持って来ればよかったと少しだけ後悔して。
でもその晩、翔ちゃんからの返事は、とうとう返ってくることはなかった。