9.ノート
9.ノート
チャイムが鳴って、賑やかになって、これはいつもの昼下がり。
コンビニで買ってきたパンに噛り付きながら、加奈は機嫌が悪かった。
「昨日はN高っていうから皆紳士なんだろうなあっとか思ってたのに、結局頭の中はそこらへんのピーマンと同じだったわよ!」
昨日のあの合コンの帰り、加奈と小百合もやっぱりホテルに誘われたらしい。
「思いっきり急所蹴飛ばしてやったわよ!ね、加奈」
「当ったり前よ。出会ってすぐとか有り得ないもん」
話を聞いていて感心しちゃう。やっぱり女の子も自分の身は自分で守れないといけない時代だもんね。
「奈緒も誘われたんでしょ?」
「あ、うん」
「奈緒、大丈夫だった?奈緒なんて特に弱そうだし、しかも一人だったじゃない、あの時」
「よく無事だったわねえ」
「実はね、たまたま翔ちゃんが通りかかって、助けてくれたの」
翔ちゃんが現れたとき、ものすごくホッとしたのを覚えてる。
「中村くんが?」
「うん」
「うっそ!超かっこいいじゃん、それ」
興奮気味の小百合。
実際、かなりかっこよかったもん。
「奈緒と中村くんってたしか幼馴染だったよね?」
「そうだよ」
「いいな〜あんなかっこいいのと幼馴染で〜」
「そうかな」
曖昧に笑う。
私は小百合たちの方が羨ましいよ。
翔ちゃんにとっての、女の子、でいられるでしょ?
「てか、奈緒と中村くんって付き合ってないの?」
「え?!」
いきなり何言い出すんだか。
「つつつ付き合ってるわけないじゃん。幼馴染だよ?」
変な噂が流れて、もしも私の気持ちが何らかの形で翔ちゃんに知られてしまったら。
もう、一緒にいられなくなる。
「でもさ、奈緒は中村くんのこと好きじゃん?」
「そ、そりゃ普通に幼馴染だし?嫌いじゃないよ」
早くこの話題終れ。
「違うくて。奈緒は中村くんのこと、男の子として、好きなんだよねってこと」
「ち、ち、違うし!勘違いだって」
お願い。
これは、私だけの気持ちなのに。
「嘘ー、絶対好きだって」
「ちが」
「奈緒は中村くん一筋だも」
「翔ちゃんなんて好きじゃないよ!!」
思わず大きな声を出してしまった。
唖然とする小百合。
「な、奈緒。ごめん、ちょっとからかいすぎ」
「あ・・・中村くん・・・」
「え」
しまったというような顔をする加奈の視線の先を振り返る。
翔ちゃんが、立ってた。
「翔ちゃ」
「これ、借りてたノート。返すから。さんきゅな」
ノートを机の上に置き、翔ちゃんが足早に教室を出て行く。
「翔ちゃん待って!翔ちゃん!」
どんなに呼んでも、振り向いてくれないことは分かってた。
でも、追いかけることなんてできなくて。
「奈緒・・・ごめん・・・」
「ごめん・・・」
「・・・二人が、悪いんじゃないよ・・・」
だって、結局自分を守るために言っちゃった言葉でしょ?
本気で好きだなんて知られたら、嫌われちゃうって。
でもさ、なんで?
好きって言わないかわりに、きっと、もっと翔ちゃんを傷つけた。
「あのさ、こんなときにナンなんだけど、中村くん、昨日たまたま通りかかったんじゃないと思う・・・」
「え?」
何言ってんの?小百合。
「うちらが店を出るより二時間くらい前に、もうバイトあがってたもん」
「奈緒?!」
気がついたら走り出してた。一つ下の階の翔ちゃんのクラスまで。
―― え。うそだあ・・・ ――
―― ほんとだって。私たちがまだ楽しくやってたとき、私服に着替えた中村君が出て行くの、私見たんだ ――
ドアを勢い良く開けると、反対側の枠に思い切り当たってすごい音がした。一瞬教室の中がしんと静まり返る。
翔ちゃんは、机に突っ伏して寝ていた。
「翔ちゃん、翔ちゃん!」
袖を何度か引っ張ると、ゆっくりと頭が持ち上がる。
私と目が合った瞬間、翔ちゃんは眉間に深い皴を入れてすごく不愉快な顔をした。
「・・・なに」
「翔ちゃん、昨日私のこと待っててくれたの?」
「・・・」
「ほんとは、バイト結構前に終ってたんでしょ?私全然知らなか」
「なに、勘違いしてんの?」
翔ちゃんの目が、スッと細くなる。
まるで私を嘲るかのように。
「バイトは確かに早く終ったけど、別にお前を待ってたわけじゃない」
「・・・」
「昨晩お前が誘われてたところに、ほかの奴と行ってたんだよ」
私が誘われていたところ。
昨日の晩、私が連れて行かれそうになった、ああいう場所。
「たかが幼馴染を、わざわざ心配して待つわけないじゃん」
ああ、もう。なにやってんだろ、私。
変に期待しちゃって。
一人でテンパって。
私はただの幼馴染ってこと、忘れたわけじゃなかったんだよ?
自分の教室に戻ったとき、私の顔を見た加奈と小百合が駆け寄ってきて、二人に抱きしめられながら、声を殺して少しだけ泣いた。