悪魔の音、3ー1
次の日の昼休み。
ついに来ました! 彼女と二人でご飯!
この時をどんなに楽しみにしていたことか・・・・・・。昨日と一昨日は邪魔されたからな。今日は楽しませてもらうぜ!
「そ、その・・・・・・恥ずかしいですね。改めてこのような・・・・・・」
桜が口を小さく動かして何かを言った。やばい、聞こえない。どうすんだこれ。
白泉に視線を送ると笑顔と一緒にサムズアップを送ってきた。お前黙れよ! ヘルプが欲しいんだよ、こっちは!
こんな時に限って日向は学食行ってるし。どうしようか?
「あー、えっと・・・・・・う、うん。そうだな!」
適当に合わせることにした。だってこんなの無理がある。いきなり二人は駄目だろ。桜は恥ずかしがり屋なんだから配慮してよ・・・・・・。
もしかして俺がやらなきゃいけないのか?
ああ! もうわっかんねぇ!
「そういえば・・・・・・そろそろゴールデンウィークか。連休だし日向がまた騒ぎ出しそうだな」
「桂木、ちょっと来い」
桜の言葉を遮って白泉が俺に手招きをした。せっかく無難な話題が出来たのに邪魔が入るとか・・・・・・。
「お前さ。彼女と二人の時に他の女の名前出すか? 普通」
「日向は幼馴染みだし大丈夫だろ。それに・・・・・・そんなこと気にする人いるのか?」
「いるだろ! お前はただでさえ女友達しかいないんだから気をつけろ。そんなんじゃ一気に振られるぞ」
白泉に注意をうけた。桜はそういう子じゃないんだけどな・・・・・・。まあ彼女になると考え方も変わるのかもしれないけど。
とりあえず席に戻って弁当を食べている桜を眺める。
やっぱり可愛いなぁ。顔真っ赤にして俯いてる。
「なんかさぁ、学校に犬が入ってきたらしいよ」
周りの生徒の会話が聞こえてきた。珍しいことだけど驚くことでもないな・・・・・・。
「しかもその犬魔法が使えるんだって」
いやそれ犬じゃないじゃん!
なんで珍しいねぇとか言ってるの!? どんだけ平和ボケしてるんだよ!
なんとなく・・・・・・昨日の鳥を思い出した。
あれと同じような動物・・・・・・だよな。魔法使えるってことは悪魔だってことは確定なんだから。
それが学校内に・・・・・・。
「桜・・・・・・弁当食べていいよ。ちょっと用が出来て食べられなくなったから」
「えっ? あの、それはどういう・・・・・・」
「ほんとにごめん!」
そう言って教室を飛び出した。
それは意外と簡単に見つかった。ていうか食堂にいました。生徒たちにご飯を貰ってた。いいのかよ、あれ。
どこの世界でも犬は犬なんだ・・・・・・。とか思っちゃうよね、こういうの見ると。
じりじりと詰め寄る俺に気づいたのか犬が唸りを上げる。男は駄目なのか。確実にオスだな。しかも発情期。
持ってきた礼装に炎を灯し構える。それを見た犬が吠えて飛びかかってきた!
それを刀で迎え撃つ。爪とつば競り合い火花を文字通り火花を散らす。
よし、今度は大丈夫だ。動ける。
犬の突進を躱して蹴りをぶち込む。吹っ飛ぶ犬の体に迫って刀を突き刺す!
「駄目! 止まって!」
刀は犬を掠めて壁に突き刺さった。そういえば学食にいるって言ってたな。
大声を出した人────日向の振り向いて言う。
「これ悪魔なんだけど。止めるの?」
「・・・・・・そうかもしれないけど。まだ誰も傷つけてないよ。優しい子かもしれないから」
俺は思いっきり襲われたんだけど・・・・・・。それはノーカンですか。
男限定で襲ってくる悪魔とかタチ悪いな。なんて羨ましいんだ! 俺も可愛い女の子にご飯貰いたい!
何馬鹿なこと考えてんだよ俺は。
犬は俺を睨んで戦闘態勢をとっている。口から炎が漏れてるんだけど。俺のこと殺す気満々だな。
これを見て戦うなって言われてもな。納得できるわけないんだよ!
刀身の炎を水に変化させて振り下ろす。
だがそれは横から出てきた杖に弾かれた。
「魔法の無断使用は禁止。忘れたのかな? 覗き魔くん」
「呼び方くらい統一して欲しいですね。先生」
杖を肩に乗せて笑う先生に嘆息する。覗き魔って・・・・・・。確かにやったけど! 言い方に悪意を感じるよ!
「それと悪魔は倒さないといけないんじゃないですか?」
「子供の君が危険を犯してまで倒す敵じゃない。それにここで暴れたら無駄に被害が増えるだけだよ」
「確かにそうですけど・・・・・・」
でも放っとくのか? そっちの方が危ないだろ。
言っても無駄だと思うけどさ。
「僕は殺さなくてもいいと思ってる。なにも殺すだけが解決手段ではないからね」
先生が杖を消して犬の頭を撫でる。犬はそれを大人しく受けていた。襲わないのか!? 俺だけ!? いきなり嫌われるのかよ・・・・・・。
「飼うっていうんですか?」
「うん。悪魔を知るいい機会だと思うからね。それと女生徒にも人気があるみたいだから飼って損はないよ」
どういう意味ですかそれ。モテるってことですか?
周りの女子も飼うのに賛成してるみたいだ。なんか餌がどうのって言ってる。
「わかりました。お騒がせしてすいませんでした。俺は戻るんで失礼します」
食堂を出て教室に戻ろうとする俺を先生が呼び止めた。
「君は・・・・・・悪魔に恨みでもあるのかい? 殺したいように見えるけど」
「そんなものありませんよ。でも・・・・・・五年前みたいなことが起きるくらいなら殺した方がいいって思ってます」
それだけ答えて歩き出した。
「決めた。インキュバスを探す」
放課後。
俺は昨日と昼休みのことを考えて決意を口にした。あの犬にも善戦できたし俺でもなんとかなると思う。
足の遅い聖騎士はアテにならないからな。俺が解決してやる。
「お前なぁ、止めとけよ。悪魔に殺されるのがオチだぞ」
「大丈夫。なんとなくそんな気がするから。じゃあまた明日な」
軽く引き止めた白泉にそう言って教室を飛び出した。
大丈夫と言ったものの見つからないんじゃどうしようもない。
俺は駅前でため息をついていた。
この辺にいるって言っても見たことないやつを探すのは無謀だ。なんか手がかりがあると嬉しいんだけど・・・・・・。
しかたない。今日は帰ってニュースを見よう。情報収集だ。
諦めて立ち上がる俺の目に黒いネックレスをした女の人が映った。
そういえば・・・・・・黒い宝石がどうのって言ってた気がする。あと昨日退魔のペンダントを落としたんだった。
取りに行くか・・・・・・。
空は夕暮れ。時計は6時を指していた。
鳥の死体がない。当たり前か、処理されてるよな。普通なら。
残ってるのは・・・・・・血の跡だけだ。これじゃペンダントも見つかるわけないか。
やっぱり帰ろうか。とりあえずニュースだ。
この時俺は気づかなかった。普通なら気づくはずの違和感に。
ニュースを映すテレビには早乙女先輩の顔が映っていた。
専門家がインキュバスの正体だってデタラメを口にしている。
なんだこれ・・・・・・。どういうことだ? なんで早乙女先輩が悪魔になってる。
「まずこちらをご覧下さい」
専門家の声と共に画面が切り替わる。映し出されたのは昨日の鳥との戦いだ。ていうか俺が逃げ回ってる姿。それを火野村先輩が助けてくれた。
問題はその後だ。俺が去った後に早乙女先輩が火野村先輩の前に現れた。そして鳥の口からペンダントを取り出してポケットにしまい込んだ!
また画面は切り替わり専門家の顔が映し出された。
「この女子高生の会話まではわかりませんが。巨大な鳥は間違いなく悪魔。そしてそれが持っていたのはおそらく聖騎士が言っていた興奮剤。そこから考えられるのはペンダントを取った女子高生は悪魔である可能性がある!」
デタラメだ。こんなの嘘に決まってる! でも昨日早乙女先輩は黒いペンダントを持ってたのも事実。
話を聞きに行こう。そして嘘だって笑い飛ばすんだ。
俺は不安を吹き飛ばす為に走り出した。
『現在この番号は使われておりません・・・・・・』
携帯に繋がらない。もう9時だ。寝てるのかもしれない。いや高校生だぞ。それはありえない。なら・・・・・・。
「違う。悪魔なんかじゃないんだ。・・・・・・家だ。家に行こう!」
角を曲がり先輩の家へと向かう。
やけに聖騎士が多い。ニュースを見て命令が出されたんだ。このままじゃ間に合わない。
ああもう! こうなったらヤケクソだ!
刀を発生させて標識を断ち切る。
激しい音を立てて倒れる標識に何人かの聖騎士の意識がこっちに向いた!
素早く刀を消して被害者を装う。
「なんだこれ! なんでいきなり倒れたんだ!?」
我ながら酷い棒読み。だが聖騎士は無警戒に近づいてきた。
「大丈夫ですか? これも悪魔の仕業かもしれません。出来るだけ早く帰宅してください」
「はい・・・・・・。そりゃどうも!」
アッパーを決めて昏倒させる。
虚を突かれて固まる周りの聖騎士の股間を蹴りあげる。
気絶した聖騎士の服を借りて変装する。
これなら堂々と走れる。
股間を押さえてうずくまる聖騎士の上に気絶して裸の聖騎士を乗せて動きを封じる。
「仕事を邪魔してすいません。でもあの人は俺の大切な人なんで」
そう言って駆け出した。
暫くして他の聖騎士に追いついた。もう少しで家に着く。聖騎士の前に着かなきゃ意味がない。というわけで────
「もう少しだけ寝ててください」
目の前の聖騎士を刀の峰で打つ。
体勢を崩して数人を巻き込んで倒れ込む聖騎士を超えて走る。
人間界で魔法が使えるようになってまだ2年。いくら聖騎士でも下っ端くらいなら俺でも勝てる。
あと3人。
そうだな・・・・・・。あれで行くか。
走るスピードを上げて3人に叫ぶ。
「報告します! 悪魔は南西方向に逃げたという目撃証言が出ました。即座にそちらに向かうように!」
「「了解!」」
口を揃えて返事をする3人は足並みを揃えて南西に向かった。
「残念嘘でした。見えない悪魔を探して頑張ってください」
「ホント馬鹿ッスよね、あいつら。だからいつまでも下っ端何だっつうの」
若い男が隣を走っていた。
口ぶりからして聖騎士だ。でも聖騎士の服装をしていない。制服くらい着ろよ・・・・・・。
「あなたは?」
「菊白仁。今年入った新人ッス。よろしくッス。一般市民!」
「うわっと!」
体を屈めて振られた何かを躱す。
西洋剣・・・・・・? いきなり攻撃してくるか! 普通!?
・・・・・・人のこと言えないけど。
「不意を突いたつもりなんスけどよく逃げられたッスね」
「目には自身があるんだよ。他は駄目だけどな!」
「あっ! 逃げた! ちょっ! 普通戦うッスよ!」
追っかけてくる菊白と名乗った聖騎士を振り切って先輩の家に着いた。
インターホンを押しても反応がない。鍵は・・・・・・開いてるみたいだ。
「先輩入りますよ。文句言わないでくださいね」
中は真っ暗だった。1階には・・・・・・いないか。おっ! 脱衣場発見!
おっと今は駄目だ。我慢我慢。
二階に上がって早乙女先輩の部屋に入る。
部屋は真っ暗だけど人がいるのはわかる。気配っていうのか? そういうのがする。
「桂木くんって家に来たの2回目だっけ?」
早乙女先輩の声が聞こえた。やっぱりいるんだ。
考えを悟られないように答える。
「はい。前来た時は大変でしたよね。お茶を零したりして」
思い出したくない思い出だ。女子の部屋に入って緊張するなんて。
姿の見えない早乙女先輩は妖艶に笑う。
「ふふ。あの時は楽しかったわ。初々しくて可愛かったから」
「今でも結構緊張する時ありますよ。先輩が微笑むだけでドキドキしますから」
「本当に嘘が下手だね、桂木くんは」
「もう少し上手くなればモテますかね?」
少しだけ間が空いて目の前で紅い瞳が揺らいだ。
暗闇でも見えるくらい近くにいる。
そして首に腕らしき物を絡めて言った。
「無理だよ。君は絶対に無理」
「じゃあ救いようがないじゃないですか。なんか、こう、モテる秘訣とかないんですか?」
「君は・・・・・・誰にも告白されないよ。そして誰にもさせないから」
「えっ? それってどういう────」
強く抱き寄せられて口を塞がれた。
何かわからないけど柔らかい。そしてあったかい。
蕩けそうなくらい甘い匂いにくらくらする。
「君は・・・・・・私だけ見ていればいいの。幼馴染みも全部投げ捨てて私と永遠を誓いましょう」
「永遠って・・・・・・どういうことですか? まさかけっ・・・・・・」
「悪魔になるの。君は私の物になって一生を私と過ごすの。素敵でしょ?」
結婚なんて甘い考えは軽く打ち破られた。ペットって・・・・・・。悪魔って条件がなければ好条件なのに。惜しい。
って煩悩はどうでもいいんだ! 今・・・・・・悪魔になるって。
絞り出すように家に来た目的を果たす。
「早乙女先輩は・・・・・・悪魔じゃないですよね? だって先輩は」
俺に魔法を教えてくれた。一緒にご飯を食べた。沢山話した。だから違うって信じたかった。でも────
「悪魔だよ。サキュバスの悪魔。最近噂になってるね」
俺の考えは容易く打ち砕かれた。それを否定するように叫ぶ。
「違う! だって1年間ずっと一緒にいたじゃないですか! 悪魔だなんて・・・・・・」
「これで信じられる? 礼装を使わないで魔法を使えるよ」
先輩の手から出た炎が先輩の顔を照らす。
黒い髪と紅い瞳。俺の知る早乙女先輩は・・・・・・そこにいなかった。
息を呑む俺に早乙女先輩は続ける。
「サキュバスって淫魔なのは聞いたでしょ? だから・・・・・・君の精が欲しいな。ねぇ、しよ?」
先輩の指が俺の体をなぞってズボンへと移動する。
抵抗しようにも体が動かない。
こんなの・・・・・・こんなの。
「違います。俺が信じた早乙女先輩は・・・・・・あなたじゃない」
「エッチなことは嫌い? それを進んでする女の子も?」
「そうじゃない。でも・・・・・・早乙女先輩はそんなことしない」
早乙女先輩は笑ってて、いつも引っ張ってくれて、俺の憧れだった。だからこんなの違う。
「俺は────!」
『あー。悪魔、今すぐ出てこい。逃げ場はないぞ。それとそれを逃がそうとした人間もだ。出てこないと強行突破をする。意味はわかるな?』
外から声が響いた。聖騎士だ! 散らばった奴と転ばせた奴が着いたのか! もう時間が無い・・・・・・。
声を聞いた早乙女先輩は諦めたようにため息をついて窓を開けた。
「じゃあね。今度は・・・・・・会いに行くから。その時にゆっくり話そうね」
羽を広げる早乙女先輩を掴んで止める。
「逃がさない! あなたが偽者だろうが本物だろうが早乙女先輩なら助けるって決めた!」
「なっ! 貴方・・・・・・何言ってるの!? さっき違うって」
「そんなのどうでもいい! ここで聖騎士に盗られるよりマシだ。俺が匿う。俺の家に来い。悪魔」
羽を掴む腕に力を込める。よくわからないけど今まで無いくらい力が溢れてくる。それこそ悪魔を押さえつけられるくらいに。
「逃げる方法なんてないくせに。よくそんなこと言えるね。相変わらず考えなしっていうか無鉄砲っていうか・・・・・・」
「うるさいです。相手が強行突破してくるならこっちも同じ手を使えばいいだけの話ですから」
「いや無茶だよ。しょうがないな。じゃあしっかり捕まっててね」
早乙女先輩に抱かれてお姫様抱っこみたいな形になった。その状態で早乙女先輩が羽を広げて空を飛ぶ!
「えっ? ちょっ! ごめんなさい! 無理です! 落ちる! 落ちますからぁぁ!」
「暴れないの。まったくしょうがないな。はい」
また口を塞がれた。さっきと同じ柔らかくてあったかい感触。これって・・・・・・キスだったのか!
離そうとすると手で頭を押さえられた。それによって背中を支える手がなくなり・・・・・・。
俺の声にならない叫びが夜の闇に響き渡った。