悪魔の音、2ー2
それは・・・・・・小学校へと向かう途中のことだった。
見たことないくらい大きい鳥が飛んでいた。あれは・・・・・・悪魔か?
確認しなくてもわかるな。悪魔だ。
あんなの人間界に存在しないからね、普通。
「あれ・・・・・・悪魔じゃね?」
俺と同じように空を見上げてる男が呟いた。
それを聞いた周りの人たちが空を見て騒ぎ始める。
「えっ? ほんとだ!」
「嘘だろ! 聖騎士に連絡! 番号なんだっけ!?」
「そんなことより早く逃げようぜ! 食われちまう!」
逃げ始める人間の中俺は空を見上げていた。
俺の視線と鳥の視線がぶつかった気がした。
甲高い叫びを上げて鳥が襲ってきた。
それを転がるように避けて逃げる。
マジで狙ってきやがった! ちょっと目が合っただけなのに!
周りの人間を啄みながら突進してくる鳥をなんとか躱して細い路地に逃げ込む。
そのデカい羽のせいで追ってこれない鳥は路地に頭を突っ込んで吠えている。
「ははは! ざまあみろ!」
鳥に中指を立てて煽る。
どうせ入ってこれないんだ。何をしたって大丈夫だ。
というわけでもう少し────
「悔しかったらこっちまで来てみろよ」
尻を叩いて威嚇する。
なんか楽しい! 動物煽るの楽しいぞ!
・・・・・・っと、そうだ。聖騎士に連絡しなきゃ。
携帯は・・・・・・ポケットに入れたんだよな。
ポケットをまさぐって携帯を取り出す。その時に先生から貰った退魔のペンダントを落としてしまった!
ペンダントは鳥の目の前まで滑っていき鳥の口に銜えられて鈍く光っている。
「嘘だろ。退魔の役割果たしてないじゃん」
なんだよあの先生、やっぱり胡散臭かったな。
文句を言いながらじりじりと鳥に近づいて手を伸ばす。
食われないように・・・・・・慎重に・・・・・・。
よし、もう少し・・・・・・。これで届く!
「グギャアアアァァァァ!」
「うわあぁぁぁぁ!」
鳥の叫びにビビって一気に距離を取る。
死ぬ・・・・・・。これは死ぬ。誰か助けて。
そもそもあれを大事にする理由がないと思うんだ。だって偽物だし、貰い物だから大事にしなきゃいけないと思うんだけど。
正直いらないんだよね。
鳥は口からこぼれ落ちたペンダントを見つめたり口で動かしたりして遊んでる。
よし、今のうちに帰ろう。
ミシッ!
「えっ?」
路地の奥へと向かう俺の後ろから何かが崩れる音がした。
振り返ると鳥が俺を睨んで暴れていた。
嘘でしょ・・・・・・、嘘だよな? 嘘だと言ってくれ!
コンクリの建物に大きな亀裂が入って崩れ始める。
「はっはは・・・・・・。煽ってごめんなさい!」
「グギャアアアァァァァ!」
逃げ回る俺を鳥が叫びを上げて追ってくる。
死ぬ! これ死ぬ! 誰か・・・・・・助けてくれ!
路地を抜けて広い道に出た。
鳥は高く飛び上がり急降下を始めた。
それを某狩ゲーの緊急回避のように飛んで躱す。
瓦礫が砕けて砂煙が舞う。
俺はもう・・・・・・乾いた笑いしか出来なかった。だってこんなの・・・・・・どうしろって言うんだよ。
逃げることすら満足に出来ないのにどうやって生き残ればいいんだ。
体が恐怖で震えて立ち上がれない。
迫ってくる鳥に瓦礫を投げつけて抵抗する。それを意に介さず鋭いクチバシが振り下ろされた。
咄嗟に鞄を前に突き出してガードする。
鞄は引き裂かれて中身が散乱する。
手元に転がった礼装を握りしめて立ち上がって構える。
緊急事態だから・・・・・・許されるはずだ。
心を落ち着かせて鳥と対峙する。
少しでいい。聖騎士が来るまでの少しの間死ななければいいんだ。
生きる術は授業で学んだ。
少しなら・・・・・・戦える!
震える足に鞭打って走る。
水平に薙ぎ払った俺の一撃は鳥の体によって砕かれた。
即座に刀を作り直して追撃の一撃!
それさえも無惨に砕け散る。
再度振り下ろされるクチバシ! それは礼装を砕き腕を切り裂いた。
「うっ・・・・・・」
飛び散る鮮血と襲い掛かる鋭い痛みに苦悶の声を漏らす。
痛てぇ。バカみたいに痛てぇ!
腕を押さえる俺に鳥のトドメの一撃が振るわれる。それが当たる直前────不思議な力感覚に襲われた。
時間が遅く感じるような、時間だけじゃない俺の目に見える全ての動きがスローに見える。
横に飛んで鳥の攻撃を避ける。
俺は何も変わってない。ということは俺の動体視力が上がった?
わからないけど・・・・・・これなら逃げられる。
攻撃を避け続けて逃げ回る。聖騎士が来るまで我慢だ。
後ろに飛んで鳥から離れる。すると誰かにぶつかってしまった。
後ろを覗くと赤い髪の女性が倒れていた。
「火野村先輩・・・・・・」
「春・・・・・・なんでここに? 小学校に迎えに行くって────ってあれは・・・・・・!」
火野村先輩が鳥を見て驚愕の声を上げた。驚きますよね、いきなりあんなの見たら。しかも運が悪いことに逃げられなくなった。
火野村先輩を守りつつあの鳥と戦わなきゃいけない。この人を置いて逃げるなんてしたくないから。
先輩は周りを見渡して言った。
「なにこれ・・・・・・? 酷いわね。あの子がやったの?」
先輩の声は低く冷たいものだった。
それに戸惑いながら頷いて答える。
「はい。ちょっと余計なことをしたみたいで」
煽らなきゃ良かった。
今は心の底から後悔してますよ。お尻ペンペンなんてやったから怒ったんだ。きっとそうだ、そうに決まってる。
先輩は立ち上がって俺の手から刀を抜き取って刀身を発生させた。
「先輩?」
俺の声に先輩は答えない。
その場から音が消える。そう錯覚するくらい静かになった。
音もなく鳥に近づく先輩。そして────一瞬にして鳥の首をはねた。
転がった鳥の首は一瞬俺を睨んで光を消した。
強っ! 礼装の使い方完璧じゃないですか! 今朝知らないって言ってませんでした!?
火野村先輩が俺の疑問に気づいたのか俺を見て微笑んだ。
「早乙女さんに教えてもらったのよ。思ったより簡単だったわね」
「そうですか。それは良かったです」
簡単ですか・・・・・・。それを扱うために俺は5ヶ月使ったんですよね・・・・・・。
なんとなく劣等感に苛まれる。これが天才か・・・・・・。探せば見つかるもんだね。
さてと・・・・・・鳥も死んだことだし白を迎えに行くか。
教科書も拾わなきゃ。鞄も壊れたんだった・・・・・・。買い直さないと。
先のことを考えるだけでため息が出てきた。
とにかく今は・・・・・・白を迎えに行こう。
「じゃあ失礼します。時間が無いんで」
鳥の首を見つめてる先輩に一礼してその場を後にした。
「というわけで鞄を買いに行くぞ」
小学校で白のランドセルに教科書を詰めつつ言った。
うわっ全部入らないぞ! しかも重い! これ持って歩くのか・・・・・・。
「じゃあお菓子も買おうよ! チョコ食べたいなぁ」
腕を引っ張ってねだる白に苦笑しつつ財布を覗く。まだ所持金に余裕はある。なら偶にくらいわがままを聞いてもいいよな。
「しょうがないな。1個だけだぞ」
白にそう答えて周りを軽く見る。
なんか・・・・・・今朝方見たような人がいるような気が・・・・・・。気にしたら駄目だ。
「しかたない。走るか!」
「おー! 早く行って早くお菓子を買おう!」
「いやそういうことじゃないけど。まあいいか」
白を抱えてその場から逃げ去った。
鞄を買い、夜ご飯の材料を買う頃には既に日は暮れていた。
そんな中両手に荷物を抱えてランドセルを背負う俺。完全に変態だ。
白はもうチョコを食べ始めていてご満悦だ。夜ご飯もしっかり食べてくれよ。
それにしても重い。あと精神的にキツい。ランドセル背負ってる高校生ってどうなの? 完全に見ちゃいけない奴だよね。
ため息をつきつつ歩いてると視界の端に見知った人物────早乙女先輩らしき人を見た。
なんか様子がおかしい。黒い宝石を見てニヤニヤしてる。
「早乙女先輩、こんにちは。どうかしたんですか?」
お世話になった先輩を無視するわけにもいかず声をかけた。すると先輩はビクッと体を震わせてこっちを見た。
「桂木くん。こんにちは。どうかしたの? こんな所で」
「俺は家が近くなんで通っただけです。先輩は珍しいですね。この辺じゃないですよね、家」
「え、ええ。スーパーに用があったの。私だって料理くらいするからね」
先輩が腰に手を当てて胸を張る。
おお! おっきなおっぱいが更に大きく見える。最高だな!
「そうなんですか? 意外ですね。てっきり家事はできないのかと思ってました」
「できるわよ。これでも高3だからね、私は」
先輩とそんな話をしてると白が不満げに言った。
「もう帰りたい」
「ちょっと待っててくれ。今話してるから」
「うん。でもこの人・・・・・・やっぱりなんでもない」
白が言葉を飲み込んで俯いてしまう。
気分悪いのか? チョコを食べたから? さすがにそれはないか。
「妹さんも気分悪いみたいだし今日は帰ったら? 家族は大事にしなきゃダメだよ」
白を見て微笑んで言う早乙女先輩。白のわがままを聞いてくれて・・・・・・。ほんとにすいません。
白には後で注意しとかないと。人と話してる時は少し我慢してくれってな。
「わかりました。じゃあまた明日」
早乙女先輩に一礼して白と一緒に家に帰った。
「インキュバスという悪魔は・・・・・・」
ニュースは朝と一緒でインキュバスの話題一色だ。他のニュースを映し出しても少ししか触れないで直ぐに悪魔の話に戻ってしまう。
「まだ近くにいる可能性か・・・・・・」
さっき専門家の人が言っていた言葉を呟く。
正直言ってることがわからない。だって淫魔は人を喰らい尽くすまでその場を動かないとか言ってるんだぜ。意味わからねぇよ。
「今インキュバスは黒い宝石が付いたペンダントを探しているという情報が入りました。似たような物を所持している人は注意してください」
画面が切り替わりアナウンサーが注意を促した。
黒い宝石か。そういえば・・・・・・そんなの貰ったような気がする。
確か・・・・・・鳥に食われて・・・・・・。ああ! 返してもらってない!
まあいいか。きっと大丈夫だ。
また画面が切り替わり専門家のものへと変わる。
生放送だったんだろう。話題は黒い宝石のものへと変化していった。
「悪魔の使う闇の魔法に関係があると思います。例えば・・・・・・魔法の強化とか」
「人間の礼装にそんな効果があるとは思えない! もっと別の可能性を考えるべきだ!」
話し合いは激化していく。
それを止めたのは白い服の男性だった。
「おそらくですが、その黒い宝石は興奮剤のような作用があると考えられます。それを何処で入手したのかは不明ですが、昔から人間界には悪魔と契約するなんて考えがあったんです。別段おかしいことではないでしょう」
静かに威厳のある声で紡がれた言葉は話し合いの場を静まらせた。
モニョモニョと口を動かして反論する専門家。
だがそれは男────聖騎士には届くことはなかった。
悪魔への対策組織、聖騎士教会は役立たずとは言われてるけどしっかりと考えてるみたいだ。
詳しいことはわからないらしいけどね。
時間はもう10時を過ぎていた。
もう寝ようか。
寝る寸前に頭に浮かんだのは黒い宝石を持っていた早乙女先輩の姿だった。