19 末恐ろしい女性たち
橋を渡って細い道を進んで森の中へ入って行く。しばらく行ったところを左に折れて道なき道を進めば久霧の郷へ辿り着くわけだが、今回向かう朽葉の隠れ家があるのは、道の途中で右に折れて鬱蒼とした森をぐんぐん進んだあたりにあった。
そこには、蓬郷の目撃証言通り、草木で上手くカモフラージュした、地下への入り口があった。
「ねえ、これさ、入ったら天井崩れて生き埋めとか、そういうベタな展開ないよね?」
念のため、桜子は入る前に聞いておく。葵がちょっと首を傾げて、
「そう簡単に崩れるほどの突貫工事ではないと思いますよ。まあ、いざという時はクロに全部まとめて吹っ飛ばしてもらえばいいんじゃないでしょうか?」
これから助けに行くはずの相手をさりげなく酷使する計画を立てていた。
「さーて、行くとしますか」
そう言って、紅月が先頭になって地下への階段を下りていく。忍がそれに続き、桜子が三番目を歩き、しんがりは葵だ。階段を下って行くにつれて西日の光は届かなくなっていくが、壁に取りつけられたランタンが煌々と光っていて、地下空間は明るかった。
やがて階段を下りきると、目の前にごつい岩が鎮座していた。巨大な岩を無造作に放置した、というような具合で、普通に開閉できるような扉にはなっていない。ただ自然のままの岩を置き去りにしただけに見える。
「妖術がかかっているようですね」
一目見て葵が告げた。
「正しい合言葉を告げると通れるというような仕掛けだと思います」
「え、じゃあ、ここ通れないの? いきなり通行止め?」
「一応敵のアジトですから、侵入者を阻む仕掛けくらいは仕方がないでしょう。そう簡単には入れてもらえないようです」
合言葉が解らないのでは、いったいどうすればいいのだろう。あわや岩の前で立ち往生かと思われた時、紅月と忍が二人そろって「馬鹿馬鹿しい」と言わんばかりに鼻を鳴らした。
「そんな、律儀に合言葉を唱えなくたって通れるだろうが」
「まったくだ、手っ取り早く行こうぜ」
何の気なしにそう言う。
そして、丙から貰ったばかりの腕輪を付けた右腕を掲げる。
「千年堂印の胡散臭い道具の、お手並み拝見だ」
赤い腕輪が光を放ち始める。否、腕輪自体がその形を失って光となっているのだ。光はやがて腕から離れて収束すると、紅月と忍、それぞれ手の中に収まって別の形を成す。ぱん、と唐突に光が弾けると、彼らの手の中には、手のひらサイズのボールのようなものが握られていた。
一応、痴漢・ストーカー撃退におすすめという説明だったから、普通なら相手に投げつけるカラーボールか何かだと想像するところだ。だが、彼女が例として挙げたラインナップは火炎放射器やら手榴弾やらで、桜子のものに至ってはバズーカだった。そして、二人が持つボールからは明らかに導火線らしきものが出ているのだ。
嫌な予感がしてきた。
「一応聞くけど、何の道具?」
すると、忍がにやっと笑いながら、ぱちんと指を弾く。そうやって生み出した鬼火が二人のボールの導火線らしきものに着火したのを確認してから言った。
「爆弾」
地下で爆弾を使う奴があるか――桜子がそう怒鳴ってやる前に、二人の単細胞は目の前の岩を爆破した。
「――戦闘開始前に自滅するかと思った」
がらがらという騒音をたてながらの岩の崩落がやみ、もうもうとした土煙が晴れてからの、桜子の第一声がそれだった。紅月と忍が躊躇いもなく爆弾を放り投げるのを見て、桜子は慌ててバックオーライ、壁から離れた。その直後に爆発が起こり、爆風に煽られて髪はばさばさに乱れるわスカートはめくれ上がるわ口の中には土が吹っ飛んできてじゃりじゃりするわで、とんだ目に遭った。紅月はといえば、さすがは妖怪、ちゃっかり妖力で結界的なものを張って平然としているし、忍は葵だけはきっちり守っているのだから酷い話だ。
「桜子、大丈夫ですか?」
忍に庇うように抱きしめられながら葵が心配してくれる。
「いちおーね……二人とも、帰ったら覚えてなさいよ」
「ははっ、これくらいで何目くじら立ててんだって。覚悟決めとけ、姫さん。こっから先はもっと苦労するぜ」
「ふん、いいわよ、若いうちの苦労は買ってでもしろって昔から言うんだから」
そうはいっても、この格言を残した昔の人とて、まさかこんなとんでもない苦労を想定していたわけではあるまいが。
入り口の難関を強引な方法で突破すると、桜子たちは敵の奇襲を警戒しながら奥へ進んだ。岩の扉の先は通路になっていて、両脇の壁は岩肌が剥き出しになっているわけではなく、灰色の石を積み上げて整備してあるようだ。とりあえず、そう簡単に崩落するような突貫工事には見えないので、桜子はひとまず安堵の溜息を漏らした。
そちらの懸念が薄らぐと、桜子の頭の中では別の不安が湧いてくる。
「ねえ、こんな騒がしく正面から突入したら、敵には当然侵入がばれてるわよね」
「そりゃそうだろ」
あっけらかんと忍が言う。
「闇討ちに気を付けろよ、姫さん」
「一番騒がしくした原因が何をぬけぬけと……」
軽い苛立ちを覚えないでもなかったが、爆破に代わる穏便な突入方法を思いついたわけでもないので、桜子は怒りを収めることにする。
やがて、通路の先に扉が見えてきた。こちらは特段術がかかっているわけでも鍵がかかっているわけでもない普通の扉だったようだ。だが、特に必要もないはずなのに、先頭を行く紅月が当たり前のように蹴破って扉を破壊した。敵地の扉は足蹴にしなければいけない決まりでもあるのかもしれない。
その先は、学校の教室二つ分くらいの広さはありそうな開けた空間になっていて、しかし、何かの部屋というには、調度品も何もない、ただのスペースでしかなかった。その中央に、白い女、雛魅が悠然と待ち構えていた。前回会った時はワンピースを着ていた彼女だが、今は真白い着物を着ている。動きづらそうで戦闘には向かなさそうな格好だが、戦意と殺意は充分に感じられた。
「ふふ……騒がしいと思ったら、やはりあなた方でしたか」
一応敵の襲撃を受けている側のはずなのだが、雛魅はそうとは思えないほど愉快そうに言う。そんな彼女に、桜子は、
「下っ端ガールに用はないのよ。クロはどこにいるの? ついでに朽葉はどこ?」
曲がりなりにも敵の親玉である妖怪をついで呼ばわりしながらガンを飛ばしてやると、雛魅は肩を竦めた。
「教える義理はありませんわ。まあ、どこにいるとしても、あなたがたがこの部屋から出ることはできませんが」
そう言うや否や、雛魅は両腕を広げ、長く垂れ下がる振袖をぶわりと煽ぐ。瞬間、凍えそうなほどの冷気が放たれた。ぬくぬくのはずの上着の隙間から入り込んできて肌を撫で回す冷風に、桜子はぶるりと震えながら怒鳴る。
「さっぶ! ただでさえクソ寒い十二月にどうしてそういう傍迷惑な妖術を使うの!」
「私は雪女ですもの。季節を問わず、愛と冷気だけがお友達ですわ」
「なにその哀しい交友関係!」
「あなたたち全員、まとめて私がお相手しましょう」
こんな奴の相手をまともにしていたら凍死する。面倒な相手は積極的に回避していくことをたった今から信条にしようと決めた桜子は冷気から逃れるために雛魅と距離を取ろうとする。が、意に反して足が動かなかった。見ると、いつの間にか両脚が氷で覆われ床に縫いつけられている。気づけば他の全員同じ状況で動きを封じられていた。
「こんなところまでのこのこやってきたことを後悔しながら凍死してください」
にっこり笑って恐ろしいことをのたまう雛魅に、このままでは冗談でなく凍死してしまうではないかと戦慄する。
「――この程度で凍死させるなどとは、随分とぶちあげたことをおっしゃいますわね」
と、頼もしい声が聞こえたのは、その直後だった。
視界を赤く揺らめく火炎が覆い尽くした。凍死の次は焼死か、と身構えたのも一瞬だった。その炎は桜子たちの周りを取り囲み熱を放ってはいるものの、触れることはできないし、火傷することもないし、当然焼け死ぬこともない。ただ周囲の温度を上げて、足元の氷を溶かしていった。
葵の鬼火だ。以前忍も、熱を持ってはいるが焼けることのない鬼火を見せてくれたが、それとは随分規模の違う巨大な鬼火。動きを封じていた氷を溶かしきると、鬼火は次第に勢いを小さくしていった。
視界が晴れると、悠然と微笑む葵と、不機嫌そうな雛魅が視線をぶつけていた。火花がばちばちと盛大に散っているように見えるのは、決して桜子の気のせいではないはずだ。
「みなさん、ここは私に任せて先に行ってくださいな」
葵はこの上なく格好いい言葉を放ってから、少しだけ悪戯っぽく笑って「一度でいいからこの手の台詞を言ってみたかったのです」と付け足した。
「ここのところ、忍なんぞに守られてばかりなのが業腹だと思っていたのです」
「なんぞ」呼ばわりされた忍がかすかにショックを受けたような顔をしているが誰も慰めなかった。
「そういうわけですから、この見るからに性格の悪そうな雪女の相手は私がします。桜子たちは先に行ってください」
「でも、葵、一人じゃ……」
「私は大丈夫です。早くクロのところに行ってあげてください」
桜子はなおも躊躇っていたが、ショックから回復した忍が肩を叩いて桜子を促した。
「葵なら大丈夫だ。俺たちは先を急ぐぞ」
そう請け合ってくれたところで、迷いを振り捨てた。
「葵……必ず追いついてきてね」
「え? 私、戦いが終わったらここでのんびり休憩してるつもりだったんですけど追いつかないといけませんか?」
「ええええ」
本気とも冗談ともつかない台詞を最後に、桜子は忍と紅月に半ば引きずられるようにして先へ進むことになった。脇を通り過ぎる桜子たちを、雛魅はなぜか笑いながら見ただけで、足止めしようとはしなかった。そのことに嫌な予感を覚えないでもなかったが、今更後戻りもできなかった。
雛魅を素通りして、奥の扉をまたしてもお約束のように蹴破って、桜子たちは部屋を出た。
★★★
「ここは任せて先に行け、というのは、私たちからしてみればお約束みたいなものですが、あなたがそれに律儀に付き合う必要はないはずなのですけれど。なにか企んでいらっしゃいます?」
桜子たちが無事に先に進んだのを見届けると、葵は雛魅に向かってそう尋ねた。雛魅はくすりと微笑むと、
「いえ、まあ、全員お相手します、などと大言壮語はしましたが、実を言えば四人を相手にするのは面倒だと思っていたのです。先に行ってくれるというのなら、先にいる私の仲間に丸投げするのもアリでしょう。だいたい、今、時間外ですし、サービス残業なんて御免こうむりますわ」
「今時、時間外手当も出ないなんて、とんだブラック企業ですね」
「それに、ちょっとした約束もしてあるんですよ。桜鬼が先に行く場合は積極的に見逃して差し上げるように、と」
雛魅が一層笑みを深くして、とても邪悪に告げる。
「だって、桜鬼を殺すのは彼の役目ですもの」
「……どうあっても、血なまぐさい殺し合いを演じさせたいようですね。ですが、そう上手くいくでしょうか? 簡単に掌の上で踊ってくれるほど、可愛らしい方たちではありませんよ」
悪意に満ちたシナリオなどぶち破ってくれる――葵はそう信じている。
――私たちを悪夢のような運命から救ってくださった、あなたたちなら。
先に行った桜子たちの無事を祈りながら、葵は、今は目の前の敵に集中しようと意識を切り替える。
「では、少々お付き合いいただきましょうか」
「望むところですわ」
雛魅の周りからは強烈な冷気が、そして葵の周りからは苛烈な熱気が放たれた。
各々の武器をぶつけ合いながら、朗々と名乗りを上げる。
「『黄金の日暮れ』雪女郎、雛魅。氷漬けにしてあげますわ」
「鬼津那の郷、赤鬼家十八代目当主、葵。消し炭にしてさしあげます」




