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俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
3 猫を助ける秋
71/104

23 いつか訪れる対決まで

 その後の後始末。

 久霧の郷を襲った前代未聞の乱闘騒ぎは、正気に戻った天満が積極的に収拾にあたり、混乱はその日のうちに収まった。

 大雑把に言ってしまえば、誰もかれもがとばっちりを食ったというのが今回の事件だといえよう。宵音という妖が天満を操り果林を唆し、空湖を手駒に使って、クロを陥れて桜子を誘き寄せて、最終的には緋桜が施した天満の両目の封印を解いて災厄をまき散らし、久霧の郷をぶっ潰そうとしたわけだ。桜子は自分のせいで巻き添えになったクロに謝るし、天満は自らの未熟のせいで桜子を巻き込んでしまったことを平身低頭して謝罪しまくるし、天満を止められず無関係な者たちを傷つけてしまったと空湖は酷く後悔しながら謝りどおしだし、唯一あっけらかんとしているのが、自分だけは何も悪くないと自信を持って断言できる完全なる被害者のクロで、調子に乗って「謝る気があるならその空っぽの頭を地面にこすり付けてみろ」などと言い出す始末である。自称第三者の紅月と忍が、もういいじゃないかと適当なことを言うが、お前たちが郷の狐たちを強引にぶっ飛ばしたことはまた別の話だぞ、ということになって天満は渋い顔。なまじ桜子の方は狐たちを傷つけずに無力化したというのがあるから、躊躇なく武力行使してくれた二人の立場は微妙である。

 結局、完全なる第三者で唯一の良心的存在・葵が、「全部宵音と朽葉に責任を押しつけてしまえばいいのでは」と言い出して、そのようになった。

 だいたい黒幕が姿を晦ましているのに、いいように踊らされてた者達で恐縮しあってるのも馬鹿馬鹿しい。自分たちは敵同士ではなく被害者の会のメンバーじゃないか、ということで、話は落ち着いた。

 そうすると残る問題は、桜子の当初の目的であった、クロの潔白を証明するということ。空湖は自分が罪を告白してしかるべき罰を受けるというが、それはあんまり可哀相である。満身創痍の化け狐たちをほっぽって空湖が郷を離れるのも不安が残る。そのため、忍がこんな提案をした。

「しゃあねえから、俺が証人になって全部事情話して、クロの疑いを晴らしてやるよ。それでいいんじゃねえの?」

「それでなんとかなる?」

「勿論、なにせ俺はクロと違って信頼感があるからな!」

「まぁ、曲がりなりにも鬼の当主だもんね」

「いや待て俺は納得いかない。馬鹿鬼に借りを作るなんて御免だ」

「つまんない意地張るな」

 プライドの高い同士で不毛な争いが始まりそうになるのを、やはり葵が「でしたらその役目は私が務めます」と一言で収めた。

「では桜子さんに、これを預けておきます」

 そう言って空湖が桜子の手に握らせたのは、美しく煌く翡翠の石。竜胆から奪われた石である。

「郷の方が落ち着いたら、この石の持ち主の方の元へは、必ずお詫びに伺います。そう、お伝えください」

「了解」

 こうして、野牙里の郷で起きた強盗事件、そこからつながる久霧の郷での事件は、ひとまず一件落着したのである。

 だが、この事件の背後で動いていた宵音という妖怪と、彼女と行動を共にしていた裏切りの猫が行方を晦ましてしまったままであることを考えれば、本当に全てが解決したわけではないことは、明らかだ。

 おそらく彼らとは、またどこかで会うことになるだろうと、桜子は直感していた。だが、それは今ではない。今はひとまず、事件が一応の解決をみたことを喜んでおこう。

 彼らとの対決はきっと、まだ先の話なのだろう。


★★★


「――修学旅行?」

 ところは変わって、野牙里の郷。

 葵の尽力で、無事に潔白が認められて釈放され、ついでに脱獄の件も水に流して貰えたクロは、何日かぶりに自邸に戻ってきた。そこに桜子もお邪魔した。

 そして、今回の件を振り返り、桜子がそもそもこちらの世界にやってきた理由をクロに話す段になって、すっかり忘れかけていた、「桜子、高校一大イベント修学旅行をぶっちする事件」が蒸し返され、それをクロが知ることとなった。

 話を聞いたクロは迷いなく、

「お前アホだろ」

 と言い切った。

「あのねえ、私だっていろいろ考えて、やっぱりこれはあなたを放っておけないなと思ったわけよ。勿論、クロのせいだとは言わないわ、だってそもそもクロがおかしな目に遭ったのは私が原因なわけだし」

「お前が罠に嵌められたのだって狐どものせいで……って、やめた、この話を始めると無駄に長くなって最終的にこの場にいない黒幕の責任に終始するから不毛だ」

「ほんと、まどろっこしい話だったわ」

「人のことを掌の上で踊らせて楽しむ性格の悪い奴が絡むと、無駄に話がややこしくなるから始末に負えない」

 その性格の悪い奴とは、要するに朽葉という名の黒猫のことを言っているのだろうな、と桜子は思う。だが、そう語るクロの表情には屈託やら懸念やらの色は見えない。いつものように、気取らない、飄々とした、つかみどころのない感じの態度だ。思いがけない邂逅の時こそ、思わずといったふうに無防備に感情を露わにした表情を見せたようだが、そうでなければ、そうやすやすと本音は悟らせないということなのだろう。

 いつもと変わりないように見える、クロ。

 不敵に微笑んでみたり、憮然としてみたり――けれどその裏に、何を隠しているのか。あの化け猫へのどんな想いを潜ませているのか。決して桜子に悟らせようとはしない。

 それでも、いい。

 一つや二つ、隠し事があってもいい。本音を何もかもさらけ出してくれなくてもいい。

 それでもクロが大切な友達であることは変わりないのだ。

 ただ、少しだけ、怖いことがある。

 クロの前に姿を現した裏切りの猫、朽葉。きっとまた、会うことになるだろう、化け猫。

 彼と再び相見えた時、クロがどういった行動に出るのか――彼に対する本心についてはちっとも見せようとしないから、桜子には想像ができなかった。

 因縁の相手に出会った時の顔をしていた、と葵が言っていた。葵がそうはっきりと言うからには、ただならぬ顔をしていたのだろう。

 思えば、クロの口から、彼と同じ金色の瞳を持つ化け猫のことをどう思っているのか、一言も聞いたことがなかったと、桜子は今更ながら気づいた。

 この先、何が起きるのか――桜子には解らない。



 こうして、その年の秋は少々騒がしく、そして心のどこかにひそやかな胸騒ぎを残したまま、過ぎ去って行った。

 やがて、妖の世界に、冬が来る。

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