表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺様にゃんこの躾け方  作者: 黒いの
3 猫を助ける秋
53/104

5 特別の理由

 話を聞いた瞬間は、何も疑うことなくクロが被害者であると思った桜子であるが、実際のところは、彼は加害者側として公的機関にとっ捕まっている。予想の斜め上を行く現状に桜子は眉根を揉んだ。

「ええと、強盗ですって? いったいなんでそんな馬鹿な話になってるの。確かにあいつは少々性格はひねくれてるし素行不良だけれど、道理に外れるようなことをする奴じゃないでしょ。あ! それとももしかして、こないだ家に特攻してきた連中をぶっ飛ばしたのが拙かったの? でもあれは正当防衛だし、それにもしそのことで責められてるなら誤解よ、金的食らわせたのはクロじゃなくて私だから!」

「そんなことやってたんかい」

 桜子の向かいに胡坐をかいて坐る紅月は呆れた顔だ。初めて知る話だったらしい。どうやら余計なことを言ってしまったようだ。

「幸か不幸か、今回問題になってるのは嬢ちゃんの金的蹴りじゃない。事件が起きたのは昨日の午後二時ごろ。クロはその最有力容疑者……というか、白旗組は完全にクロが犯人だと決めてかかってる」

「とんだ無能ケーサツね」

 強盗だなんて、クロがそんな、罪に問われるようなことをするはずがない。まあ多少、力に物を言わせて相手をボコる時もあったが、それは決して理不尽な暴力ではないし、ほとんどは桜子を守るためのことだった。ゆえに、クロを犯人だと決めつけている警察は、そんなことありえないと確信する桜子にとっては、無能以外の何者でもなかった。

 当然紅月も同意してくれるものだと思ったが、予想に反して紅月は厳しい表情だ。

「それが、事態はなかなか難しい。俺もさっき、竜厳様の屋敷で詳しい事情を聞いてきたところなんだが」

「ということは、被害者は竜厳様なの?」

「いや、竜厳様のご息女、竜胆りんどう様だ」

 紅月が聞いてきた話によると、事件の概要はこうだ。

 昨日、竜厳の屋敷に侵入者があった。侵入経路は窓。ガラスを割って鍵を開けて中に入った。屋敷には警報システムが導入されていたから、その時点で屋敷の中には警報が鳴り響いた。だが、侵入者はそれに臆することなく屋敷を駆ける。異常事態に気づいた家人が侵入者を捕えようとするが、尽く返り討ち。

 そして侵入者は竜胆の私室に入り込む。サイレンに気づいていた竜胆は部屋の鍵をかけてじっと息をひそめていたが、侵入者はドアをぶち破って侵入した。そして、鋭い爪で竜胆に襲いかかった。竜胆は軽傷を負った。竜胆が怯んでいる間に、侵入者は竜胆が首からかけていた首飾りを引き千切って奪い去った。そして、家人たちの追撃をかわして逃げ果せた、ということらしい。

「……じゃあ、犯人の目的は、竜胆の首飾りだったのね? それ、そんなに高価な物なの?」

「奪われたのは孔雀石の首飾り。石自体はさほど高価ってわけじゃない。だがあれは、竜胆様が竜厳様から賜った、一族承認の証だった」

 一族承認の証の話は少し前にも聞いたことがある。長老が、誕生を祝し、また一族の一員であると認めるために贈る石のことだ。

「他人の承認の石を奪って、何か得があるの? まさか、それで竜胆が一族から外される、なんてことは……」

 そういうことなら、犯人は竜胆を陥れる目的で石を奪ったことになる。だが、紅月は首を横に振った。

「いや、そんなことにはならない。石を失ったことで、竜胆様がどうこう責められるようなことにはならない。石が戻ってくるのが一番だが、それが無理なら、竜厳様がまた承認の石を贈られるだろう」

「じゃあ、何のために奪われたのかしら。たいして高価なものでもないっていうなら、金銭目的でもないのよね? わざわざ屋敷に忍び込んで、犯人は石をたった一つだけ奪っていった……いったい何の目的で?」

「確かに承認の石は、それを与えられた本人以外にとっては、それほど価値があるものじゃない。だが、クロにとってはそうじゃない、っていうのが白旗組の考えらしい」

 そこで、桜子はぴんときた。

「まさか、百鬼夜行?」

 紅月は頷く。

「証石は百鬼夜行の通行証だ。六日後から始まる百鬼夜行に参加するためにクロが石を奪った――それが、白旗組の考えるシナリオだ」

「そんなのってないわ! 確かに他の人に、石を盗む動機はない、それは解ったわ。だけど、クロにだけはあるっていうのは強引だし、だいたいそれだけで犯人扱いなんておかしいわ!」

 そして、そこから先は紅月には言わなかったが、桜子はクロが百鬼夜行に興味がないことを知っている。

 ――だって、二人でお祭り、行ったもの。

 桜子がどうこういって、虎央にクロを認めさせることはできない。そんなことをしても意味がないのは解っている。だが、毎年百鬼夜行のたびに、自分だけ仲間外れであることをまざまざと思い知らされるなんてのは業腹だ。せめてその孤独を少しでも癒せないだろうかと考えた末に、桜子とクロは人間の世界の祭りに行ったのだ。

 桜子の自己満足だったのかもしれない、だが、少しでもあの夜に意味があったと信じたい桜子としては、クロが百鬼夜行のために他人の石を盗んだなどという話を信じるわけにはいかないのだ。

「何度も言うけれど、クロは道理に外れることはしないわ。何にも罪のない竜胆を傷つけて石を奪うなんて、彼のすることじゃない」

「俺だって、クロとの付き合いは長いから、クロのことは解ってるつもりだ。こんなのはあいつのやり方じゃない。けれど、白旗組は動機だけじゃない、物証を手に入れてる」

「やってもいない犯罪の物証なんて、あるはずないわ」

「俺もそう思った。けれど、竜厳様の屋敷に行って俺もその証拠とやらを確認してきた。状況はかなりやばい。竜厳様の屋敷の防犯カメラに、クロの姿がしっかり映ってたんだ」


 桜子はそれを見ていないが、実際に見てきた紅月としては難しい心境なのだろう。信じられない、だが信じないわけにもいかない状況に、困惑しているだろう。

「竜厳様の屋敷にはよく泥棒が入るんでな。門番を置いたのはほんの数日だけで、その後は警報システムと防犯カメラを設置している。侵入者があればすぐにとっ捕まえられるってわけだ。警報が鳴った時点で家人たちは侵入者を追い回したが、相手は予想以上の強者で、結果竜胆様への暴行、石の強奪をみすみす許した上にまんまと逃げられちまった。だが、家人たちは犯人の顔を見ていた。竜胆様も含め、全員そろってクロだったと証言した。しかも、各所に設置されていた防犯カメラの映像をチェックしたところ、逃走するクロがばっちり映ってたってわけだ」

 苦々しげな顔で説明する紅月。予想した以上に不利すぎる状況に、桜子はそっと歯噛みする。

 正直、侮っていた。どうせ警察とかいう連中も、クロに対する偏見とか、差別とか、そういう気持ちがあるから、たいした証拠もナシに犯人だと決めつけているだけだろう、すぐに冤罪だと証明できるだろうと、思っていた。

 だが、被害者たちの証言が全員一致しているというのは予想外だし、防犯カメラという誤魔化しようのない物証があがっているのは当然想定していなかった。まさかクロのことが嫌いだからといって、竜厳の屋敷の者達が口裏を合わせるようなことはあるまいし、人間の世界の見様見真似で防犯カメラを使っている妖怪たちに、映像の細工などできるとも思えない。

 これだけ不利な証拠が揃っていれば、白旗組がクロを疑うのは当然のこと。たとえクロが一族の爪弾き者ではないにしても、ここまで疑わしい奴を放っておいては、その方が不当だろう。白旗組を非難することは、できないようだ。

 だが、桜子は警察でもなんでもない。クロの友達という立場だからこそ、胸を張って言える。

 そんな証拠知ったこっちゃない、クロはそんなことしない、と。

 そうはいっても、桜子がクロを信頼しているというだけで、他の者に対しても同じようにクロを信じろというのは無理な話だ。かくなる上は、真犯人をあげるしかない。

 そこまで考えて、桜子は苦笑する。四月、猫と狗の争いを収めるためにも、桜子は警察でも探偵でもないのに、事件の真犯人探しをした。しかも、それは半ば強制的にやるよう命じられたことだったし、自信なんかなかったし、安請け合いしたことを後悔もした。だが今は、なんとしてでもやってやるという使命感があった。こんな風に思う日が来るとは、あの時は思いもしなかった。

「私はクロを信じる。今回の事件、クロは多分誰かに嵌められたんだわ。警察が当てにできないなら、私が真犯人を見つけ出す。それで万事解決、でしょ?」

 そう同意を求めると、紅月は呆気にとられたように目を見開き、やがて苦笑した。

「嬢ちゃんは迷わないんだな。俺なんか、あいつとの付き合いの時間だけはやたらと長いってのに、たぶんあいつを心から信頼できてないのかもしれない。だから、証拠を見せつけられてこんなに戸惑ってる。けど、嬢ちゃんは、会って一年も経たないクロのことを信頼できるんだな」

「そうね……自分でも不思議なのよ、どうしてこんなに信じられるのか。クロよりももっと付き合いの長い友達は他にもいるの、けれど、他の友達のために私はここまでできるだろうかって考えると……ちょっと怪しいな。そういう意味では、私にとってクロは特別な友達なんだと思う」

 最悪な出会い方をして、すれ違いまくってた黒猫を、どうしてここまで特別に思えるのだろうかと、自問してみる。

 理由はいろいろ、あると思う。

 母が友達と認めた大切な黒猫だから。

 飼い猫になると宣言してくれたから。

 口が悪くって生意気で、自己中で俺様な性悪――そんな仮面の下にある、不器用で優しい素顔を見せてもらえたから。

 理由は、いろいろ。

「私だけは、クロの味方でいてほしいって、言ったのは紅月じゃない。ここで私が信じてやらなきゃ、あいつはいよいよ人間不信になっちゃうわよ。見かけによらず、繊細なんだから」

 そう言って悪戯っぽく笑ってみせると、「違いないや」と紅月はふっと微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ